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第十八話 私これでも20歳よ!?

 エドワード公爵家へやって来て今日で3日目。

 初日に顔合わせ、その次の日には結婚式と目が回るほどに慌ただしかった為、息つく暇もなかった。


 そこで今日一日を休養日として過ごす事になった私は朝食後、ヴィルドレット様と別れ、自分の部屋へと戻って来た。


 開けられた窓から心地よい陽光とそよ風が室内へ立ち込め、白いレースカーテンが靡いている。


「すごく気持ちの良い朝」


 今の気持ちをそのまま口にし、私は柔らかく沈み込む天蓋付きの寝台の端に腰を据え、辺りを見渡した。


 正式にヴィルドレット様の妻となった私に充てられた部屋は無駄な物が無く、広くすっきりとした印象だ。

 箪笥、化粧机、姿鏡、と必要最低限の物だけが綺麗に配置され、掃除も隅々まで行き届いているようだ。


「私、これからここで暮らすんだ……まだ、なんだか実感が湧かないなぁ」


 今、部屋に居るのは私一人。独り言は魔女の頃からの癖だ。


 そして、ここへ来てから初めての一人の時間に私は「ふぅ」と一息つく。

 すると、肩の力だけ抜くつもりだったはずが、体全体からどっと一気に力が抜け、私は寝台に座ったそのままの状態から後方へと大の字に倒れた。 想像以上に疲れてるなぁ、私。


 キレイにベッドメイキングされた掛け布団によって私の体はふわりと包まれ、そして、そのまま天蓋の天井を見つめながらこの約2日間での出来事、ヴィルドレット様とのやり取りを思い返す。


 初めて顔を合わせた時の私へ対する冷たい眼差しと無愛想な態度に心を痛めた事。しかしその一方で、その麗しい容姿に目を奪われどきりと胸を高ならせた事。

 いつからか、ヴィルドレット様が私へ向ける視線に熱を帯び始めた事。それに気付いた時の胸の高鳴りは尋常じゃなく、自分で自分を落ち着かせる事にとても苦労した事。私の悪戯心が発動した時に見せてくれるヴィルドレット様の困った顔、それがとても愛おしいと感じた事。


 私はヴィルドレット様を心から愛している。

 しかし、ヴィルドレット様に対する想いが募れば募る程、私の心は辛くなる。


 絶対に手放したくない。


 ヴィルドレット様の心が欲しい。私だけを見て欲しい。「愛してる」と言って欲しい。


 私が抱く一抹の不安。


 もしかしたら、ヴィルドレット様の中で何かが根深く息づいているのかもしれない。それが人を愛せない事への元凶で、これまで結婚を拒み続けてきた原因……なのかもしれない。


 私はその不安を払拭するように首を振る。


 ――いや、違う。大丈夫だ。 だって、ヴィルドレット様は言ってくれた。

 

 『君の事をもっと知りたいと思うし、君の事を本気で愛したいと思っている。 だから、もう少しだけ待ってくれ――』


 昨夜、初夜に言ってくれたヴィルドレット様の言葉を思い出して、また改めて嬉しくなる。

 しかし、すぐにまた不安が押し寄せる。


 ……私はヴィルドレット様の中に居る誰かに打ち勝つ事ができるのかな?


「――感傷にばかり浸っていてもしょうがないよね」


 何も、辛い事だけでは無い。今の私はどちらかといえばむしろ幸せだ。

 そう思って昨日の結婚式の時の事を思い巡らせようとした時、


 ――コンコン


「お休みのところ申し訳ございません。少しお時間よろしいでしょうか?」


 扉がノックされ、ルイスの声が扉越しに聞こえた。


「はい」


「失礼致します」


 扉を開け、ルイスを迎え入れるとその背後にもう一人侍女が居てその侍女もルイスの後に続くように入室した。


「お嬢様の身の回りのお世話をする専属侍女の紹介をしようかと思いまして」


 結婚式後ルイスの私へ対する呼称は『ハンナ様』から『お嬢様』になっている。

 細かい事のようだが、こういったところから結婚した事への実感がふつふつと湧き上がってくる。


「専属侍女ですか……」


 さすがは公爵家と目を見開く私へ、ルイスはニッコリ笑みを浮かべた後、視線を侍女へ移し、右手の動作で自己紹介をするよう促した。


「リズと申します。何でもお申し付け下さいませ」


 落ち着いた口調と共に綺麗なお辞儀をしたリズは私よりも少し年上と思われる。たぶん21、2歳くらいだろうか。


 綺麗な顔立ちでクリーム色の髪は高い位置で結われている。体型はスラっしていて女性にしては長身の部類に入ると思う。

 全体的に大人な女性といった印象で、まさに私がなりたい女性像そのものだ。

 そう思うとなんだか緊張してしまって、私はぎこちないお辞儀で返した。


 「よ、よろしくお願いします」


 余裕ある佇まいのリズと、対照的な私。そんな様子にリズは、くすりと小さな笑みを零した。


 嘲笑されたと思い込み、むっとした表情を浮かべる私にリズは慌てて釈明した。


「お嬢様のあまりの可愛らしいご様子に思わず侮った態度をとってしまいました。大変失礼しました。お詫び申し上げます」


「いいえ。私もおとなげない態度をとってすみませんでした。これからよろしくお願いします」


 和解したところで、私は年の近い侍女が専属となってくれた事に何だか姉が出来たようで嬉しくなった。


「私、実はリズさんの事をお姉ちゃんが出来た!みたいに勝手に喜んじゃってるんです」


「大変恐縮ながらもそう思って頂けてわたくしも嬉しく存じます。ですが、わたしくしはお嬢様の従者の立場ですのでそういったお気持ちにお応え出来ない事をお許しください。あと、わたくしのような者の呼称にさん付けは要りません」


 リズの言葉にルイスが続けた。


「あくまで私共はエドワード家に仕える存在です。貴族は体裁を重んじます。当家のような公爵家ならば尚の事。ですので、リズ同様、私に対しての呼称にもさん付けされる事はお控え下さい」


 これも、ヴィルドレット様の妻としての教養の一貫だろうと折り合いをつけ、彼等の言う事に従う。


「分かりました。私はヴィルドレット様の妻としてまだまだ未熟です。エドワード家の事についても何も分かりません。ルイスやリズに教えて欲しい事もたくさんあります。こんな私だけれどもよろしくお願いしますね」


「かしこまりました」


 2人が同時に頭を下げ、その後ルイスだけ退室した。


「お嬢様は引き続きお休みになられてて下さい」


 そう言うとリズは私が実家から持ってきた荷物が入ったカバンを持ってきて中身を取り出し、それを部屋に整えていく。


「ところでリズって、歳は幾つなの?」


 私は寝台に座りながらリズに声を掛けた。


「18でございます」


「…………」


 まさかの2歳年下だった事に私は言葉を失う。


 私はおもむろに姿鏡の前に立ち、映る己の幼い容姿に深く溜息をつく。


「ねぇ、リズ――」


「はい?」


「私って幾つに見える?」


 それまで作業の手を止めずに私の質問に答えていたリズは初めて作業の手を止め、吟味するように私を頭からつま先まで見た後、こう告げた。


「16いや、15歳ですか?」


 それはいくらなんでも言い過ぎだ。これまでに言われてきた中でも最も幼く見られたのは実年齢より3歳下までだ。


「ひどい! 私これでも20歳よ!?(正確にはもうすぐ20歳。実際はまだ19歳だ。)4歳も年下に見られるなて初めての事よ!」


 泣きそうになりながら言う私にリズは小首を傾げながら不思議そうにこう切り返した。


「若く見られる事に何かご不満でも?」


「私はリズみたく大人っぽい女性に憧れるわ」


「わたくしは、あのお坊ちゃまと……ヴィルドレット様と結婚さなれたお嬢様の事が羨ましいです」


「…………」


 リズの困ったような哀しい笑顔と言葉を受けて、私はリズの抱く恋心を悟った。

 

 リズのヴィルドレット様を想う気持ちはきっと本物で、でも、その立場上それは決して叶わないものとして己の胸に仕舞い込んでいるのだろう。


「も、申し訳ございません。 今のはお忘れ下さいませ」


「いや、いいのよ。気にしないで」


 リズは再び作業の手を動かし、私は寝台に腰掛ける。


 なんとも重く、気まずい空気感に耐えかねた私は先程朝食後に少し気になった事をリズに聞いてみた。


「ねぇ、リズ」


「はい、何でしょう?」


「お義父様とヴィルドレット様って、何と言うか……普段あまり怒ったりしないよね?」


「えぇ、そうですね。比較的穏やかな方々と思うておりますが、それが何か?」


「いや、さっきもの凄く恐い顔でお義父様とヴィルドレット様が見合っていたから」


 2人のあまりの悍ましい表情に思わず脚がすくんだ程だ。

 リズは作業の手を止め、私の方へ向き直り、目を伏せながら答えた。


「もしかすると、それはシンシア様の事についてかもしれませんね」

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