第十六話 聖女の本性(冒頭ハンナ・途中からアリス視点)
400年前、たった一人の魔法使いによって立て続けに3カ国が滅ぼされた。
――たった一人で国を滅ぼす事が出来るのは魔女しか居ない――
事実、私は女神様の使徒として、当時戦争に積極的だった国を滅ぼすという使命を受けていたし、実際、それだけの力を有していた。でも、私はそれを実行に移してはいない。
私が二重人格か何かで、私の意識外で、もう一人の私が勝手に暴走した、とかでない限り私が国を滅ぼしたという事実は無いはずだ。
それに、そもそも私の存在を人間が知り得るはずは無かった。
何故なら私は人目に晒される事の無い山奥でずっと孤独に暮らしていたのだから。
それなのに、私の容姿的特徴は何故か人々に伝わっていて、いつの間にか『破滅の魔女』なんて物騒な通り名で呼ばれ、例の国滅ぼしの件は私の仕業とされていた。そして、私は『大聖女イリアス』によって討伐された。
不可解な点が多い前世での私の最期。でも、その真相は未だには分からないままだ。
◎
魔術の才に恵まれ、聖女に選出された私ことアリスは、平民出身ながらフェリクス・ハーデン第一王子に見初められ、婚約者となった。
ここだけの話、私は欲望の塊だ。私は誰よりも幸せになりたいし、誰よりも上に立ちたい。欲しいものも全て手に入れたい。
その為に手段は選ばないし、私が幸せになる為に邪魔になる存在は全て排除する……っと、いけない、いけない。聖女である私がこんな汚い言葉を並べるなんて。とはいえ、私だって人間。
持っているのよ? 聖女の私でも例外なく、嫉妬心や嗜虐心といった人間らしいドロドロとした心を。
人間である以上、多少なりの穢れがあるのは致し方ない事。
最小の穢れに対して最大の清らかさを併せ持つ事が私が聖女である所以。
でも、そんな清らかな心と美貌を兼ね備えた聖女の私の身分は平民。 こんな事があって良いと思う? 良くないよね?
この貴族中心の世知辛い世の中で、平民出身の私が幸せを掴む為に、綺麗事なんて言ってられないと思うの。
私は貴族じゃないし、貧しい平民に生まれた時点で不利なんだから、その差を埋める為の行動が多少なりとも卑劣だったり、猟奇的だったとしてもそれは仕方のない事。 ね? そうでしょう?
だから私は私の欲望を満たす為に頑張ったの。すごく努力したの。
お陰で今の私は幸せだわ。
まぁ、すこーしだけ過激なやり口だったかもしれないけれど、平民出身の私が貴族令嬢相手に手加減は無用だと思うの。 ね? そう思わなくて?
ふふふ。 それにしても、あの女の最期……いつ思い出しても笑えるわ。
『私は絶対にあなたを許さないっ!! 何が聖女よ!!あなたは化け物よ!! いつか絶対に地獄へ落ち――』
ふふ……あはははは!
無様な最期だったわ!あの女――フェリクス王子の元婚約者の地に落ちた生首が今でも私の脳裏に焼き付いているわ!
可哀想に。でも悪いのはあの女よ。
私が欲した男……フェリクス王子の隣りで幸せそうにしていたのだから万死に値して当然の事。
私より幸せな女なんて絶対に許さない!!
――あ。そうだ。 それと私は化け物なんかじゃないから。
だって私はこんなにも美しくて何より聖女なんですもの。
更に言ってしまえば、私の前世はあの『大聖女イリアス』なのよ? 皆が神と崇める存在、それが私で、私が神なの!
そんな私が平民で終わっていいわけ無いじゃない。そうでしょ?
私は誰よりも美しく、誰よりも優れ、誰よりも高貴な存在なの。
あぁ、またあの時みたいに世界中から称賛されるようになりたいわ。
その節は私の踏み台になってくれてどうもありがとね。
――破滅の魔女、シャルナちゃん。
◎
私は今、フェリクス王子からのお呼び立てで王城を訪れている。
「君の訪れを今か今かと待ち侘びていたところだよ。アリス」
「わたくしもですわ。フェリクス様」
フェリクス王子は顔を見るや否や私を抱き寄せ、キスをした。
「僕は君を選んで正解だったよ。君のように可憐で美しい女性は世界中どこを探しても見つからないだろう」
「まぁ、フェリクス様ったらお上手ですこと」
「その気品溢れる佇まいに言葉使い、そしてその美貌。とても平民の出とは思えない。君は本当に完璧だ」
今の私の身分はまだ平民だ。こんな貴族令嬢みたいな言葉使いは元々していない。
「わたくしのような者にそのような身に余るお言葉、勿体なく存じます」
「更には慎ましく、謙虚ときた。君こそまさに『聖女』だ。こんな君に嫌がらせをしていたシンシアはやはり処刑して正解だったようだ」
シンシア――フェリクス王子の元婚約者だ。
「シンシア様の処刑に立ち会うのはとても辛かったですわ。しかし、わたくしは聖女。ひたすら祈り続け、目を背く事無く、彼女の最期をしっかりと見届けましたわ。思い出しただけで涙が……」
嘘だけど。涙を堪えるどころか笑いを堪えるのに必死だったわ!
「虐められて尚、シンシアの事で心を痛め、涙まで流せる君は本当に優しい心の持ち主なんだな。 やはり君の前世は大聖女イリアスで間違いないようだ」
……よし、よし。 単純な男で助かるわ。
正直、私が大聖女イリアスの生まれ変わりである事に疑念を抱く者は多い。 なにせ、魔力以外で証明出来るものが無いのだから。
フェリクス王子においても半信半疑といったところだろう。
しかし、今の演技で落ちた。 前世が大聖女イリアスである事をフェリクス第一王子に信じ込ませられたのはかなり大きい。
この調子で行けば、再び前世頃のような栄光を、きっと今世でも手に入れられるはず。ただ、その道のりはまだまだ険しいだろうけれど。
今世でもまた、破滅の魔女みたく恰好の踏み台が現れてくれないかしらねぇ。
「それはそうと、フェリクス様。今日はどういったご用件で?」
「あぁ、そうだったな。目の前の君に夢中になって忘れていたよ」
「まぁ」
私に見惚れない男なんて居ないわ。
「僕の新しい婚約者である君のお披露目パーティーを開こうと思ってね」
「まぁ! わたくしのような平民にはもったいないご厚意、大変嬉しく存じます。」
「それと、僕達の結婚式の話も進めていこう。絶対に結婚しないと思っていた、あのヴィルドレットが結婚したらしいからね。僕も負けてはいられない」
「え……なんですって!? あの、ヴィルドレット様が結婚なさったですって!?」
私はフェリクス王子の言葉の前半部分には全く触れず、後半部分にだけ噛みついたような反応を示した。
「……あ、あぁ。」
私の剣幕に押されてたじろぐフェリクス王子。
「いつですか!? 誰と!?」
「……今日、ちょうど今結婚式を挙げているところだろう」
ここへ来る途中、エドワード領の方角から盛大な歓声が上がっていたのはそれか。
「ですから、誰と!?」
「……ハンナ・スカーレットという男爵令嬢らしいが……」
私が本当に、最も欲した男は王国一の美丈夫と謳われるヴィルドレット様だ!
しかし、ヴィルドレット様は生涯未婚を公言していたはず。だから仕方なく次点候補のフェリクス王子と婚約した。
一体どこの小娘が、ヴィルドレット様を射止めたというの!?
私より幸せな女なんて絶対に認めない!許さない!!
ハンナ・スカーレットとか言ったわね。今に見ておきなさい。あんたのその場所は私のものよ。




