第十五話 魔女と大聖女
……あ、なんか嫌な予感がする。
そう思った瞬間父の口から出た言葉。
「エドワード公爵家の希薄な跡取り事情を鑑みて、早速子作りに励むとは、さすが私の娘だ! しっかりと役目を果たしなさい」
――あ、やっぱそうだ。 どうやら私のおふざけが過ぎちゃったみたい……。
時々、私の中に現れる悪戯心は魔女だった頃からの悪い癖だ。
『――っんもう! お義父様ったら!! そんなすぐに出来るわけ無いじゃありませんか! ん〜。でも、公爵様のお願いとあれば、しょうがないですよねー。じゃあ……』
今朝の自分のやらかした台詞が頭痛のように頭の中で響く。
因みにヴィルドレット様はというと、まるで他人事かのように窓の外に目を向け、知らんふりを決め込んでいる。
もぉ〜!! なんで何も言わないよぉ〜。
お義父様に対しては全く湧き立たない気恥ずかしさも、実の父親ともなれば全く話は変わってくる。
かぁーっと真っ赤に染まっていく顔を隠すように、両手で覆い、下を向き、「……ゔぅ〜〜」と、うめき声が漏れる。
「父君。今夜も2人は頑張るとの事らしいぞ」
晴れやかなお義父様の声が私に更なる追い打ちをかければ――
『今夜も頑張りましょうか! ね? ヴィルドレット様――』
今朝の愚かな台詞が頭の中で響くまでがセットだ。
「それは素晴らしい!さすがは私の娘だ!」
……お父様? 何がどう、さすがなの?
「私達が孫の顔を拝めるのも、そう遠くは無いと思われるぞ! いやはや、『若い』とは何とも心強い!これからのエドワード家はこれで安泰だ!……っと、こんな事を言ってはハンナにプレッシャーを与えてしまうな……私とした事が。 私は子の性別を強く問うつもりは無いぞ?だから安心して子作りに励みなさい!2人とも」
「確かに連日の房事は若いですな! あははは!!」
「あははは」じゃないよ。お父様ぁ〜。 そして、私の肩をポンポンしないでっ!
恥ずかしさが極限まで達した私は、真っ赤な顔を上げて真実を話すべく口を開こうとしたが――
「おっ!着いたようだな!」
丁度間が悪いタイミングで、目的地である教会に到着してしまった。
外からドアが開かれ、丁寧なお辞儀をしながら下車を促すルイスさん。
「到着致しました。 くれぐれも足元にお気を付け下さいませ」
私とヴィルドレット様はドア側に座っていた為、必然的にまず私達が先に降りなければならない。
ヴィルドレット様はサッと降りてから私へ振り向き、手を伸ばした。
結局私は、情事が盛んな娘という誤解を実父に与えたまま弁解する間を失い、項垂れながらヴィルドレット様の手を取った。
「いい気味だな」
降りた直後、耳元でこう囁かれ、私は咄嗟にヴィルドレット様を睨むが、その顔はざまぁみろ的な余裕ある表情で、更には「フン」と、鼻を鳴らされる始末。
それに対して私が悔しい表情でしか返せなかった事はもはや言うまでもない。
ゔぅぅ〜。
白を基調とした教会は今日のこの美しい青空によく映えている。
建物の外には領民の他にも馴染みある顔ぶれが揃っていた。
「まぁ、素敵! あんなに小さかったハンナが、こうして花嫁衣装を纏っているのを見ると、とても感慨深いわ」
「全く、兄である俺より先に結婚しやがって……でも、とても綺麗だ。 ハンナ。幸せにな」
「ありがとう!お母様、お兄様!私はスカーレット家に生まれてとても幸せでした」
前世、家族らしい存在といえばクロしか居なかった。比べて今世は、優しい家族に恵まれ、その時点で私はとても幸せ者だったんだという事を改めて思う。
その他にも親戚一同に、懇意にしている貴族令嬢、近所に住む同じ下級貴族の幼馴染まで。今世の私を取り巻く大勢の人達から盛大な祝福を受け、私はヴィルドレット様のエスコートの下、建物の中へと入っていく。
広さはエドワード家屋敷の大広間くらいだろうか。教会としては一般的な広さだろう。
これまでのお祝いムードから一転、教会の中は静寂に包まれ、内装は白を基調としていて、とても神秘的な雰囲気だ。
入り口から見て10メートル程先に白髪の神父が立ち、その背後には神々しいまでの壁画が描かれている。
私とヴィルドレット様は静寂の中を真っ直ぐに神父目掛け歩を進める。
今、教会内に居るのは神父と私達のみだ。
これから家族さえ立ち会えない厳格な儀式をこの場所で行うのだが、その内容は至ってシンプル。要は永遠の愛を誓い合うのだ。
この神々しいまでに美しく描かれた『大聖女イリアス』の壁画の前で。
壁画には2人の女が対峙している様が描かれている。
右側に大聖女イリアス――長く美しい桃色髪を靡かせ魔法の杖を手に持ち、その先から神々しい光が放たれている。
一方、それと向かい合う形で、左側に描かれているのは黒いローブを身に纏い、深く被ったフードの縁から短めの銀髪だという事だけが確認できる女の姿。そして、その手にも魔法の杖が握られている。
――破滅の魔女シャルナ。
そう。この壁画の中で大聖女イリアスと対峙しているのは、前世の私だ。
私は壁画を見据えながらヴィルドレット様と共に神父の前で立ち止まった。
「それではこれより縁結びの儀を執り行いたいと存じます。よろしいですかな?」
「はい」
「あぁ」
神父の言葉に返事をすると、神父は軽く頷きそのままクルっと反転、壁画のほうを向いた。
「魔女を討ち滅ぼし大聖女イリアスよ。其方が齎した安寧は今日まで続き、ここにまた2人の男女が愛を芽吹かせ、結ばれようとしている。
願わくば、この2人に聖なる加護を頂きたく存ずる」
破滅の魔女シャルナ(私)を討伐した大聖女イリアスは文字通り神のように崇められ、今こうして人々が平和に過ごせているのも大聖女イリアスが破滅の魔女(私)を倒したお陰で、大聖女イリアス無くして今の世はあり得ない。と、されているらしい。彼女が神として崇められる所以はそれだ。
壁画へ向かっていた神父はこちらへ向き直り、私を見た。
「それではまず、新婦様より大聖女イリアスへ向かって、誓いの言葉を述べて下さい」
縁結びの儀の核心はこれだ。神格化した大聖女イリアスの前で愛を誓う。
前世で命を奪われた相手の前で、ヴィルドレット様との永遠の愛を誓うとは何とも皮肉な事だ。
生きているだけで辛いと感じてしまう程、不幸な前世だった。
孤独感に苛まれ『幸せ』に只々憧れるだけの日々を延々と過ごす事は耐え難く辛かった。
でも、だからといって死にたいと思った事は無かった。クロが居てくれた時はもちろん。クロが死んだ後も、幸せを夢見ながらひたむきに生きていた。
私を殺したイリアスに対して「辛い人生を終わらせてくれてありがとう」だなんて事は全く思わないし、憎い。
不本意ではあるけど、この儀式が秩序ならそれに従うしかない。ここで拒めば、この結婚そのものを拒んだと受け取られるに違いないから。
私は壁画のイリアスの方へ体を向けた。
「私は夫となるヴィルドレット・エドワード様を生涯掛けて愛する事をここに誓います」
神父は私からヴィルドレット様へ視線を移した。
「では、次に新郎様」
ヴィルドレット様も私と同じくイリアスの方へ――って――
はい!?
「あ、あの……ヴィルドレット様!?」
あろう事か、ヴィルドレット様は左側、破滅の魔女シャルナ(私)の方へ体を向けたのだ。
「新郎殿、そちらは魔女ですぞ?」
神父は、ただの間違いだろうと、慌てる事なくそれを正したが、
「魔女。俺は君から受けた呪いにこれまで屈する事しか出来なかった。しかし、俺はようやくそれに抗う決心が出来た。俺は……ハンナと結婚するよ」
???
ヴィルドレット様の言葉の全てが理解不能で、神父も私も呆気に取られる。
「あ、あの、ヴィルドレット何を言っておられるのですか? それに……」
私から受けた呪いって、一体何?
結局多くの謎はそのまま分からないまま私達の結婚式は無事?に終わった。




