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第十三話 昨夜の真相(ヴィルドレット視点)

 ――これは俺とハンナが結婚の決意を固めた直後の話。




「本当に良いのか? 俺で」


「えぇ。私達は明日予定通り結婚します。そして、私はヴィルドレット様を心からお慕い致します。ヴィルドレット様の心の中にどれだけ私が棲みつく事が出来るかは分かりませんが、そうなれるように努力します」


「そうか……」


 相槌を簡単に済ませ、思いを巡らせる。


 これから先どんな事があろうと俺の中の魔女が消える事は無いだろう。

 そういった確信めいたものを持っている以上、俺はハンナの心意気に応えれるような威勢のいい言葉は返せない。しかし、ハンナの俺に対する献身的な言葉が嬉しいのもまた事実。


 魔女しか居なかったはずの俺の心には、今やハンナの存在も居て、しかし、その二つの存在は共存の道を選ばず、かといってぶつかり合うでもなく、互いに共鳴し合い、絡み合い、まるで元々一つの存在だったかのように重なり合っていく。 


 ……つまり、何が言いたいかというと……とにかく、不思議で意味が分からない現象が俺の心中で起きているという事。


 一体俺はどうしたいのか、自分でもよく分からない。


「それはそうと、ヴィルドレット様?」


 名を呼ばれ、視線をハンナへと向けると、


「?」


 疑問顔の俺に膨れ顔のハンナがその先を続けた。


「女の子に向かって、部屋へ行っても良いか?だなんて、軽はずみな事言っちゃだめですよ?おかげで、私はハラハラさせられたんですからね!?」


 ハンナの言う通り、俺のあの一言は周囲に大変な誤解を生じさせ、特にハンナは俺に対して怒るのは当然だろう。


「……すまなかった」


 姿勢を正し、頭を下げ、誠心誠意の謝罪をしたまでは良かったが、その後を何と言って良いか分からず、詰まらせながらも俺の口から出てきたのは、


「……こんな事を聞くのもなんだが、俺は一体どうすればいい?」 


 あろう事かこの後の展開をハンナへ委ねる、この上無く無責任で卑怯な言葉だった。


 ただ、弁解させて欲しいのは、どうする事が一番ハンナの女としての尊厳を傷付けずに済むかを塾考した結果、分からない事は聞くしかない、という結論に至ったわけで……。


 未だ魔女への想いを心に持つ俺はハンナと男女の関係になるわけにはいかない。

 それは俺が、というよりかはハンナの立場で考えた意味合いが強い。俺の心の全てを知ったとしたらハンナとて、俺のような男はお断りだろうと思う。

 

 今は亡き、400年前の『破滅の魔女』に恋焦がれる男――と、聞けば大抵の女は苦い笑みを浮かべながら顔を歪めるはずだ。まるで変態を見るような目で。

 

 とはいえ、一度覚悟を決めたであろうハンナの女心を蔑ろにするわけにもいかない……。それこそハンナにとってこの上ない恥辱的な事。彼女にそんな思いをさせたくない。

 いずれにしろ、いくらかっこ悪くても、卑怯でも、俺はハンナの望む形を知った上で、それに沿おうと思ったのだ。

 

 しかし俺の愚かなる一言に対して、やはりハンナは呆れたような表情で溜息を吐いた。


「……それ、私に聞きますか?」


 そう言って、更にもう一つ、今度は大きく溜息を吐いて、


「……ヴィルドレット様が私に対して『愛してる』と、胸を張って言えるようになった時に、さっきの言葉の責任を果たして下さい」


 と続けた。


 俺が困惑している事はおそらくハンナにバレバレで、それを見かねてか、助け舟とばかりに落とし所を示してきた。

 

「……あぁ、そうだな」


 俺はハンナの出した助け舟に乗っかる形で同意の姿勢を取った。これで何とか収拾がついたと思う。


 それにしても……ハンナには失礼な事をしてしまった。


 女としての尊厳を傷つけ、恥辱な思いもさせた。更には戸惑う俺へのフォローまでさせ、男として本当に情けないと思う。


 それに引き換えハンナは、たった今の俺のフォローにしても、ハンナと初めて顔を合わせた直後に起こった父と俺との険悪な雰囲気を和やかに変えてみせたりと、ハンナの人間力には感心させられてばかりだ。

 きっとハンナは良妻になる。父の言う通り俺の妻にはもったいないだろう。

 そして、俺の中の魔女の存在さえ無ければ俺はハンナのような妻を持ちたいと心から思うに違いないだろう。


「それはそうと、お義父様やルイスさんは、今私達が勤しんでいる事を期待させちゃってますよね?」


「……まぁ、そうだな。それより、その言い方どうにかならないか?」


 『勤しんでいる』――この如何にもな言い回しを咎めるも、


「無理ですね。オブラートに包んだような物言いは苦手ですので。 私、語彙力に難が有りますので」 


 と、真顔で一蹴。素っ気ない言い草でそう切り捨てると、今度は瞬時にその真顔からキラリと輝く表情に切り替えた。


「そんな事よりも今の話の続きですが――、だったらいっその事そういう事にしちゃいませんか?」


 話の路線を強引に戻され、ハンナに何かを主張されるも、内容があまりに簡潔で俺の理解が追いつかない。


「何がだ?」


 俺は疑問符を浮べる。すると、


「このまま朝まで2人でこの部屋で過ごすんですよ!」


 これは名案!とばかりに手を打ち、うんうん、と頷きながら自画自賛といった表情を浮かべるハンナ。


 こちらの気も知らずによくもそんな無邪気な笑顔を……と内心でぼやく。 自分が今何を言っているのか分かっているのだろうか?


 しかし、ハンナが浮べる無邪気でキラキラとした笑顔はやはり魔女に似て――いや。まるで魔女からの誘惑に、動揺と男としての性が同時に去来する。

 しかし、それでも相手は魔女では無い。別人だという事実を知った上でなんとか理性を保ちながら必死に繕う。

 

「この部屋で2人で朝まで過ごすって……俺は寝るぞ?」


 油断すれば崩れてしまいそうな表情筋を叱咤。力を込めて必死にぶっきらぼうを装う。――違うと、魔女では無いと、必死に抗う。


「えぇー……」


 落胆の声を上げるハンナに俺は素朴な疑問を投げ掛ける。


「一体、俺にどうしろと?」


「朝までお話しましょう!」


 ハンナのその答えにカクッと肩の力が抜けた。


 『私は誰かと話をしてる時が一番幸せです』


 そういえばそうだった、と昼食時のハンナの言葉からその事を思い出した。


「俺は口下手だ!断る! おやすみ」


 この感じ、俺の心を弄ぶかのようなところまで魔女にそっくりだ。

 俺のあの、胸の高鳴りは何だったんだ。 返してくれ!


「なんか、怒ってます?」


 素っ頓狂な顔で小首傾げるハンナに対し、俺は低い声で一言「いや」とだけ否定して椅子に浅く座り、背もたれに体重を預けた状態で腕を組んで目を瞑った。


「幾らなんでもそこで寝るのは……このベッド、すごく大きいので、密着せずともここで一緒に寝れると思うのですが……」


 ハンナの困ったような声に俺は目を瞑ったまま一瞬頬をヒクつかせた。


 幾ら前世が猫でも、今の俺は人間で、男だ。

 魔女を重ね、魔女として見ていた条件付きではあるが、ハンナに対して欲情する自分を知ってしまった以上、同じベッドで寝るなど、そんな生き地獄お断りだ。さすがに何も無いまま朝を迎える保証は出来ない。


「いや、いい。大丈夫だ。 それと、覚えておけ。男は狼だ。不用意な事を言って相手をその気にさせて困るのは自分だ」


「ふーん。狼ねー。 狼にもなれなかった人が何言ってるんですか?」


「うっ……」


 ハンナの少し声のトーンが下がった鋭い切り返しに返す言葉が見当たらない。


「それと、不用意な事言って人をその気にさせて困ったのってヴィルドレット様ご自身の事ですよね? その気にさせられて、梯子を外された方の気持ちをご存知なんですか?」


 それはお互い様だと胸の内で熱くなる。

 俺とて男。ここまで言われては引き下がれない。


「分かった。そこまで言うのなら……」


 そう言って俺は椅子から立ち、ベッドに腰掛けるハンナの顔に己の顔を近づける。しかし、


「――――」


 ハンナは俺から顔を背けた。


「私を――女を嘗めないで下さい」


「――――」

 

 怒りが込められたような声でそう言われ、俺は無言のまま力無くゆっくりと元いた椅子へ腰掛けた。


 心境としてはとても複雑で、様々な感情が絡み合っている。


 羞恥心、苛立ち、屈辱感、喪失感、悲壮感、怒り……その他諸々。


 なるほど、これか。 さっきのハンナは気丈に振る舞いながらもこんな恥辱的な思いをしていたのか。


 ハンナへ対して怒りが込み上げるも、そもそもは俺が悪かった事。

 そして何より、ハンナの心は俺に下にあると、俺の心次第でハンナを好きにできると、そう思っていた。 彼女の言う通りだ。俺は彼女を、嘗めていたのだ。 それが今分かった。


「私は、ヴィルドレット様の事がずっと前から好きでした。いつも遠目から憧れるだけだったので本当は、嬉しいんです。でも……これは私の、女としての意地です。ごめんなさい」


 彼女の気高さに初めて魔女を重ねずして心揺さぶられた気がする。


「いや、君を見くびった俺が悪い。 君の言う通り俺は君の事を嘗めていたようだ。すまなかった」


 俺の謝罪にハンナは逆に申し訳なさそうに言う。


「でも……私が、ヴィルドレット様の事をお慕いしたいと思っているのは今も変わっていません。 ですから、その……」


 今のハンナの様子からして、おそらく自分の言った事を悔いているのだろう。

 しかし、彼女は何一つ間違ってはいない。むしろ、芯のある強く素晴らしい女性だと改めて思う。


 こちらの反応が気になるのか、ハンナは顔色を窺うように上目遣いで俺の顔を見ている。

 そんなハンナへ俺は、


「あぁ。分かっている。君のその気持ちは素直に、嬉しく思う……」


 と、固い表情はそこまで。そこからは「ふっ」その表情を崩し、柔らかな笑みに変えた。


「まったく、君には敵わないな。 やはり、君は俺の妻にはもったいないと思うぞ?」


 俺がそう言うとハンナはむっとした顔で睨んできた。


「この期に及んで婚約破棄ですか? そんなの絶対に許しませんからね。そんな事したら一生恨みます。いや、死んでも恨みます」


「はは……。 それ勘弁願いたいな。君を敵にまわすのは神を敵にまわすより恐い」


「それ、どういう意味ですか? 貶してるですか?」


 むっと、更に俺を睨むハンナ。俺は両手を振りながら苦笑いを浮べる。


「いや、違う。その逆だ」


 ここでハンナの顔にいつもの笑みが戻る。


「でも、これでおあいこですね!」


「あぁ、そうだな」


 互いに同じだけ傷つけ合い、傷つき合い、恥ずかしい思いも同じだけした。

 まさか、自分から誰かに口付けを迫る事があるなんて思ってもみなかった。 そして、それを拒否される事も。

 ここまで羞恥の念に駆られるのは当然初めてで、穴があったら入りたいとはまさにこの事だろうと思う。

 しかし、それはハンナも同じだと、そう思える事が俺にとっての唯一の救い。それも同じ。だから互いに笑い合える。誰にも見せられない一面をお互いに見てしまったから距離が縮まる。


「じゃあ、朝まで語り明かしましょうか! 私達は明日から夫婦となるのです!お互いにお互いの事を知り尽くしましょう!」


「いや、朝までは勘弁してくれ……」


 程なくしてハンナは夢の世界へ落ちていった。


 あれだけ意気揚々と凄んでいたくせに。


 呆れた溜息を吐き、それからというもの、俺はハンナの寝顔を見つめていた。

 いつの間にか窓から明るい日差しが差し込んで、ようやく朝だという事に気付くまでの間ずっと。


 ここまでが、昨夜の俺とハンナとの真実だ。それなのに、この、まるで魔女みたいな女ときたら――




「おう! ヴィルドレット、ハンナ嬢……いや、もう()()()と呼ばせてもらおう!! 早く私に孫の顔を見せておくれ」


「――っんもう! お義父様ったら!! そんなすぐに出来るわけ無いじゃありませんか! ん〜。でも、公爵様のお願いとあれば、しょうがないですよねー。じゃあ……」


 如何にも悪戯好きそうな笑顔を貼り付けたハンナはつらつらと虚言を放っていく。


「今夜も頑張りましょうか! ね? ヴィルドレット様――」


 ハンナはそう言ってこちらへウインクを飛ばす。


「あぁ……」


 色々と面倒だからと、ハンナのノリに合わせておく。ただ、睨みつける視線はちゃんと送っておく。『また、脳を揺らされたいのか?』と。


「ひぃ……」


 よし、ハンナの顔が引き攣った。ちゃんと届いてくれたようで何よりだ。


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