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第一話 プロローグ

1月14日(土)に完結話を投稿予定です。

「ねぇ、クロ。 もしもクロが人間だったとして――」


 床でくつろいでいた黒猫は魔女によって抱き上げられると、互いに同じ高さで顔を見交わし、


「クロは私をお嫁さんにしてくれる?」


 魔女はそう言って揶揄うような笑みを浮かべた。


「――――」


 黒猫は後ろ脚をダランと宙に浮かせたまま、ただただ無表情を貫くだけで無反応。

 魔女は浮かべたその微笑みを僅かに崩した。


 しんとした沈黙が流れ、魔女の儚げな顔を見つめる黒猫の顔が魔女の瞳に映り込む。


 魔女は知らない。

 黒猫が今何を考え、どんな気持ちで魔女の言葉を聞いていたのかを……そして、何を神に願ったのかを――

 



 ◎




 人里から遠く離れたとある山奥――そこに生い茂る草木は日差しを遮り、日中でも薄闇が辺りを包み込む。

 そんな、人が出入りするとは到底思えない場所に不自然に佇む小さな一軒家があった。

 

 そこに暮らすのは寂しがりの魔女と、一匹の黒猫。

 そしてこの一軒家は魔女のこだわりが詰め込まれた自慢のマイホームで、その建築工法はもちろん、魔女による錬金魔法。

 しかし、そのマイホームの自慢も、自慢する相手はただ一人――いや、一匹しかいない。


「見てクロ、ほら!この壁のこの波模様! 綺麗でしょ? これ、職人さんがやる伝説の漆喰、アレを真似してみたの!凄いでしょ? 本当に職人さんがやったみたいでしょ? これを魔法で再現するのって本当に大変だったんだから!」


 世界から疎まれ、誰よりも孤独な日々を過ごす魔女にとって共に暮らす黒猫は唯一の心の支えである。


 しかし、ただ一言に『心の支え』と言うには軽い。


 魔女にとってこの黒猫は文字通り生きる為の『糧』になっている。


 精霊でも聖獣でも使い魔でも無い、いくら話し掛けても返事の無いただの黒い猫だが、魔女の侘しさを少しでも紛らしてくれる唯一の存在だ。

 とはいえ、ただの黒い猫。魔女の冷えた心を温めるにはあまりに不十分な存在でもある。


 言葉を交わせない、一方的なやりとりしか出来ない中で得た僅かな温もり。それを魔女は己の冷えた心に擦り付ける。……心が凍えてしまわないように、迫り来る希死念慮から逃げる為に。

 魔女は必死に、もがくようにこの世界を生きている。


 もしもこの黒猫がいなくなってしまったならば、無論、魔女の心は最後の支えを失い、生きる気力は完全に失われるだろう。


 それほど魔女にとってこの世界を生きるというのは辛い事だ。


 にも関わらず、魔女は己の境遇を悲観的に考えたりはしない。 いや、正確には悲観的に考えないようにしている――と、言った方がいいかもしれない。


 嘆くだけで状況が改善されるならば幾らでも嘆くが、そんな事があるはずもなく、嘆けば嘆く程に辛くなるのが世の常だ。


 だから魔女は嘆くどころかむしろ明るく、気丈に振る舞うように努めている。

 

 辛ければ辛い程、寂しければ寂しい程、魔女は笑顔を顔に刻む。 

 笑えば、心が温まるような気がするから。死にたいなんて事を考える事も無いから。

 

 ――死にたくない!生きたいから!幸せに暮らしたいから! だからそれまでは――、幸せを掴み取るまでは、絶対に死ねない!生きて、いつか「私は幸せ!!」って、そう胸を張って言えるようになりたい!


 この、『幸せになりたい』という執念が魔女の生きる希望になっていた。


 魔女が夢に見る幸せのかたち――それは女としての幸せ、愛される喜びを知る事。 つまり、結婚だ。


 誰かと恋をして結婚して、愛する人の子を産んで、愛する人の支えになって、愛する人との暮らしの中でゆっくりと人生を終えたい。


 側から見れば、魔女の境遇でそれを願うのは笑止の沙汰だろう。


 しかし、魔女は己の夢を、幸せを決して諦めない。


 生きてさえいれば可能性はゼロじゃない。

 いつかこの状況が変わって、自分にも幸せと思える日がきっと訪れるはず。


 魔女は本気でそう信じていた――。


 だが結局、魔女にその幸せが訪れる事はなかった……。


 愛される喜びも、女としての幸せも知らないまま、魔女の一生は終わりを告げた。


 死ぬ直前、魔女が最期に願った事――


「もしも、来世があるなら、今度こそは幸せな人生を……」





 ◎





 ――400年後。




 私があの時、最期に願ったあの願い事は叶えられた。


 人間として生まれ変わり、下級貴族の穏やかな家庭で生まれ育った私は今や孤独では無い。

 優しい両親に妹思いの兄に恵まれ、今世の私はとても充実した日々を過ごしていた。でも、


 前世の私――『破滅の魔女シャルナ』は、かつて世界を脅かした疎むべき存在として、400年経った今も人々の心に深く根付いている。


 そして、今――恐れていた最悪の事態に私はいる。




 前世を疎まれし魔女として生きた私ことハンナ・スカーレットは、その因果応報から捕われの身となった。


「なるほど。お前が、あの伝説の破滅の魔女シャルナの生まれ変わりか……」


 私を物珍しそうな目でじろじろ見ながらそう口にしたのは、フェリクス・ハーデン王太子殿下。

 その隣には平民出身でありながらも『大聖女イリアス』の生まれ変わりという事で最近になってフェリクス王子の婚約者に選ばれた聖女アリス。

 きっとこの美しい容姿と、大聖女イリアスの生まれ変わりという事が、フェリクス王子の自尊心をくすぐったのだろう。

 元婚約者を処刑してまでして、フェリクス王子は聖女アリスを選んだ。


「えぇ。その通りです。この女から感じ取れる魔力は私がかつて魔女と対峙した時に感じたそれと全く同じです。まぁ、あの時のような強大さはありませんがね」


「…………」


 床に膝を付き、2人の兵士によって取り押さえられる私を聖女アリスは嘲るような笑みを浮かべながら見下ろしている。


 この状況下、幾ら私が忌々しく睨もうが、アリスのその勝ち誇った表情が崩れる事はない。

 

 おそらく、私もフェリクス王子の元婚約者と同じ末路を辿るのだろう。 私はそう、死を覚悟した。




 ◎




 私が魔女として生きていた400年前、当時の世界は国家間での覇権争いに混沌としていた。


 女神様は争いを繰り返す愚かな人類へ裁きを下す意味合いで、私(前世の私)を使徒としてこの世界へ召喚した。

 

 その時に私へ与えられた使命は、軍事活動が特に盛んだった戦争国家3カ国を滅ぼす事。そして私はそれを可能にするだけの力を有していた。

 

 だが、いくら女神様から受けた使命とはいえ、そのような殺戮行為を行使する気にはなれずにいると、私では無い謎の魔法災害によって結局その戦争国家3カ国は滅びてしまう。


 そして、その所為は魔女の仕業として、その矛先は私へと向けられ、『破滅の魔女』と疎まれて、仕舞いには大聖女イリアスによって討伐される事で私の前世での一生は終わった。




 前世の私が死んでからこの400年――『破滅の魔女』即ち私が悪で、『大聖女イリアス』は世界を悪から救った英雄。そう広く語り継がれてきたらしい。

 

 もちろん私の前世が『破滅の魔女』だという事は秘密にしてきた。

 

 だが、今こうしてバレてしまった。

 この先に待ち受ける私の運命は、魔女狩り――死刑だろう。


「……ふむ、ふむ」


 今尚、私の事をしげしげと物珍しく見つめるフェリクス王子。その口から出る次なる言葉を聞く直前、私は息を飲み、天を仰ぎ目を瞑った。


 瞬間、私の頭の中を駆け巡ったのは、私の夫――ヴィルドレット様とのほんの短い間の淡い思い出だった。


 あれほどもう会わないと、一人で生きていくと、そう心に決めたはずなのに……。


 どうして最期にこんな事考えてしまうかなぁ。

 

 ――来世、またヴィルドレット様と結婚したい――




 ◎




 もしも、仮にボクが人間だったとして、ボクは君にとってどんな存在になれる? もしも、ボクが人間になれたとして、その時、ボクの姿は君の目にどう映る?


 君の心が欲しい……だから、ボクは人間になりたい。




 猫は魔女の哀しい微笑みを見る度に思う……もしも、自分が猫じゃなかったら……と。


 猫は己が『猫』として生まれた事を心底恨んだ。


 何故なら、人間からの愛を欲する『魔女』に猫は恋をしてしまったからだ。


 無論、猫が抱くその恋心は決して叶う事は無く、そして、伝わる事すらも無く、自然の摂理の元『猫』としての生涯を終えた。




 400年後――女神は猫の願いを聞き入れ、猫は人間として生まれ変わった。


 しかし、女神によってもたらされたその奇跡は皮肉にも猫にとって残酷なものになっていた。


 かつて、魔女に恋した猫は、名家エドワード公爵家令息――ヴィルドレット・エドワードとして新たに生を受けたが、400年後のその時代にはもう魔女は存在してはいない。


 あれほどなりたいと願った人間も、肝心の魔女が居なければ猫にとっては何の意味も成さなかった。


 猫は信じていた。


 魔女が強く求めたのは『人間』。その存在にさえなれれば……魔女と恋仲になれると。

 

 これが、猫が『人間』になりたいと願ったたった一つの真意であり全てだった。




 猫を改め――ヴィルドレットは、公爵家嫡子という身であるが故に周囲から結婚を強く勧められるが、ヴィルドレットの心には未だ魔女への想いが残っていた。


 今世を生きる上で、前世での思い出に縋る事は無意味であり、愚かな事であると、幾ら頭では分かっているつもりでもどうしても心がついて来ない。

 大好きだった魔女との思い出が未だ鮮明に頭に残るヴィルドレットにとって魔女以外を愛する事は不可能だった。


 とはいえ、公爵家嫡子の身であるヴィルドレットにとって結婚は不可避。


 悩みに悩んだ末、ヴィルドレットは一つの折衷案にたどり着く。


 それは、文字通りの意味しか成さない『政略結婚』をする事。妻となる者へ予め「愛さない」と宣言する事だった。

完結までの分量は約10万文字です。よろしくお願いします。

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