彼女の選択
声を発すればすべて花びらへと変わり、記した文字は色を得た瞬間にほどけて消える。
それはわたしたちにかけられた呪いなのだと母は教えてくれた。一本の線、ひとつの点を書き終える間に消えてしまう文字を何度も根気よくつむぎながら。
何も残せない身だから、子を得ることなどないと思っていたようだ。わたしはわたしの父を知らない。
保護とも隔離ともつかない屋敷での暮らしは母が逝ったあとも続いた。物心ついた頃から声を出すことなどない生活だったから、特に不便を感じることはなかった。
何も残せないのに、なぜ生を受けたのか。いつか分かるでしょうと母は「言って」いた。
わたしは、わたしが何者なのかをいまだに知らない。
第91回Twitter300字SS、お題は「謎」でした。
短い作品はキャラクター優位ではなくお話優位で作ることが多いのですが、今回の作品は個人誌で発表済の掌編「こもりうた」登場キャラクターから書いてみました。