三日目
今日で、三日目。俺は昨日から寝ることも食べることもなくずっとユーを観察し続けた。別にユーに惚れたとかそんな話ではない。ユーの本が気になったのだ。ユーの本は大体300ページくらいだと思っている。それを読み終えるのは寝たりしなければ一日か二日で読み終わるはずだ。そう思ってユーが本を読み終えるのを待っていた。
ユーが半分をすぎたところまで読んだところで俺は一瞬目を瞑った。なぜ目を瞑ったのか自分でもわからない。ただ分かったことは目を開けた時にユーは本を最初から読んでいたということだけだった。
半分まで読んだ本を最初から読んでいることに少し疑問を覚えた。だがこの疑問を解消するためのピースを俺は持っている。世界のルール。これが関係しているのではないかと思う。あるいはただの偶然か。それでも、今日の話し合いでそれが解消される可能性は高いだろう。この世界のルール。俺が生きて来た普通とかけ離れたこの世界のルールを知ることは必要だ。俺の疑問は一週間で終わる内容ではない。ならば長期戦にそなえまずはこの空間を知ることから始めていかなければ脱出にはつながらない。
「さて、今日の話し合いのテーマはこの白い世界のルールについて、だったかな?」
「ああ、その通りだ。今日はそれの全てを話してもらうからな」
「ふむ、全てか。なるほど。君はそういう解釈をしているのか」
「ん、どういうことだ?」
「君が思っているほどに、この世界はそんなに複雑でも何でもないということさ」
「説明してくれ」
「ふむ、君が覚悟しているよりも簡単な答えだと思うぞ」
「ためるな、さっさと話せ」
「せっかちだな、君は」
ユーは長い溜息を吐き、少し体を前かがみにしてこちらを除きこんでくる。今はユーと向かい合うように座っている。ユーはこちらを数秒見たあとどこか遠くのところを見つめるように俺から視線を外した。
「この世界のルールは元々記憶を失くす以前の君が考えたものだ」
「...は?」
「いやいや、だからね。君が考えて作り出したんだよ。この世界を」
「いやいやいや、だからじゃなくて。意味が分からないんだよ。全てが全て」
「まあその疑問は次の日にでも聞いてくれたまえ。今はこの世界のルールについて話し合う。そうだろう?」
「...速く教えろ」
「ふむ、素直でよろしい。まずこの世界のルールは基本的に二つだ。一つは昨日私が君に話したもの、そしてもう一つは君の記憶を話してはならない。というものだ」
「記憶を話してはいけないっていうのは」
「つまり私は君の名前も君の経験も君の性別さえも知らない状況だ。だがそれに関して君自身が話してはいけない。そういうルールさ」
つまり俺の名前や個人情報とかをユーに言ってはいけないっていうことか。それをはじめに言わないのはなんでか気になるが、それを聞いたところで何か変わるわけではない。変わらないのであれば聞く価値はない。
「言ったら...」
「言ったらどうなるか。それは試してみないとわからない。君は試してみる覚悟はあるかな?」
「ねえよ」
「この世界のルールは君自身が決めた。君自身が君自身を縛ったんだ。これにどういう意味があるかをよく考えるといい」
ユーはからかっているのか、上から目線で俺を見てくる。
「ところでだ、明日の話し合いはどんな疑問にしようか」
ユーは少しだけ目を輝かせて俺の方を見る。
「考えてねぇ」
「そうか、急に言われても困るということか。じゃあ、こんなのはどうだい?白い空間で最大の謎である、この私。ユーのことについてとか」
少し体をくねらせ、セクシーポーズっぽい感じで俺を誘惑している、のか?悪いが、まったくもってその気にならない。この世界では腹とか眠気が無いのと一緒で性欲も無いのかもしれない。
「その顔、面倒くさそうなやつと思ってるだろう?けど私がこの空間で最大の謎というところに嘘偽りはないさ。実際そうだろう」
ユーの言っていることを振り返ってみる。ユーはこの何もない白い空間に突如現れた少女。それだけでもかなりのパンチだが、ユーは四六時中不思議なバランスボールのようなものに乗っている。そのボールは地面から浮き上がっていて蹴ったらどうなるのか気になるところだがユーの視線が少し怖かったのでやめておいたのだ。それだけでいうとかなり怪しい。ユーの言っていることにも一理ある。けれど、ユー自身がそれを言うのは何か違う気がする。
「わかった。明日はお前のことを話してくれ」
「あぁ、わかった」
ユーの秘密が何かはわからないが、ユーへの疑問で一日が消えるのは痛い。ならせめてユーの疑問が俺にとって有意義であることを祈るのみだ。