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欲。

作者: はれる

 言葉にすれば、なんでも叶う世界だった。簡単なこと、例えば足が早くなりたいだとか、身長が高くなりたいとか、ダンスが上手になりたいとか。たった一言、軽い気持ちで放った言葉が現実になる世界だった。

 だから、「あーあの人死んでくれないかな」とぽつりと言えば、隣でその人は通り魔に刺されて死んだ。

 1日を25時間にしたいと言えばなるし、夜が来なければ良いのにと願えばいつまで経っても夜は来ない。

 そう、この世界は、俺のための世界だった。

 この世界の1日は25時間で、明日からは26時間になる。お金という概念はなくなる。朝の通勤ラッシュも無くなって、時間という概念もなくしてみようか。

 そう願えば、言葉にすれば、なんだって叶うのだ。

 叶うのに、なぜか俺はここに今、一人ぼっちで立ち尽くしている。

 俺のための世界、求めるものは全て手に入る。言葉にすれば全て希望は叶う。口にすればいい。喉を震わせて、空気を震わせて、音にして息を吐き出せばいい。

 それなのに、俺の声は、喉の奥に張り付いて、いやもっと手前のところで詰まって出てこない。いや、出てこないんじゃない、俺はきっとこの世界が自分の思う通りに回ると知ってから、何を欲と呼ぶのか、なにがしたいのか、それが分からなくなったのだ。

 俺は、ようやく気がついた。

 全ての物事は、その全てが叶わないから楽しいのだと。叶わないことを追い求めることを人生と呼ぶのだと。

 全てが願った通りに叶ってしまう世界は味気なく、刺激もなく、希望も幸せも無かった。届かぬものに背伸びをして、足りないものに手を伸ばし、幸せを一つ一つかき集めていくことこそが人生なのだと、そんな当たり前のことに、俺はこうなるまで気がつかなかった。

 世界に文句ばかりを並べていたはずなのに、こうあればいい、と願うことすら忘れた俺は、息をするように吐き出していた欲に塗れた言葉すら朽ち果て、欲という概念を失った。

 あれほど渇望した幸せは、何もかも簡単に叶う世界で、形を失った。

 そして、それに気づいた瞬間から、俺は話す言葉を失った。

 言葉がなくなれば良いのに、と、口に出す前に、俺の口から言葉は消えた。

 それこそが、俺が望んだ、自分で掴み取った、最後の「欲」だった。

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