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教会に続く道

 日差しは容赦なく照りつけ、過ぎ去る夏を惜しむかのように蝉の声が響いている。


 ここは城の周囲に広がる青の森。


 うっそうと繁った森の中でさえ、葉陰の隙間から差し込む日差しが肌をじりじりと焦がす。


「雨が降る前に用事を済まさないとな」


 叔父の声にセシルは空を見上げた。

 夏によく見られる、天高く積み上げられた雲は、数刻後に雨が降る兆しである。


「帰りは馬車を手配します」

「…そうだな。よろしく頼む」


 穏やかに答える叔父からは、昔のような闊達さは感じられない。杖をついて歩く姿は、実年齢より老けて見えるくらいだ。


「どうだ。ヒスイとはうまくやっているか?」


 唐突な質問に、セシルは答えに詰まる。


 うまくいっているのか、いないのか。自分ではわからないが、この二月程で多少なりとも彼女自身の事はわかってきた。


 小さい頃から城に住み、陛下とは幼なじみのような関係だということ。

 身寄りはなく、宰相が唯一の肉親だということ。

 あの美貌に惹かれた貴族達から、山のように縁談が申し込まれているがすべて断っていること。その態度がいけ好かないと貴族の令嬢達から疎まれているようだが、当の本人はまるで気にしていないこと。


 初めの頃、彼女は明らかに近づき難い雰囲気を醸し出していた。今なら、それは厄介事から身を守るための手段だったと思える。侯爵家のセシルを警戒していたのかもしれない。

 しかし、親しくなるにつれ、明るく面倒見が良い彼女の本質が見えてきた。やがて、彼女と過ごす時間はセシルにとって充実したものへと変わっていったのだ。


「ヒスイ様は、いつも僕の訓練に付き合ってくださいますし、知らない事は丁寧に教えてくださいます」

「そうか。ヒスイは良い子だからな」

「良い子ですか」

「ああ。良くできた子だよ。本当に」


 叔父は、ヒスイが褒められると自分のことのように喜ぶ。若くして妻を亡くし、子どももいない叔父にとっては、ヒスイは娘のような存在なのだろう。


 だから、こんなことを聞くのは気が引けるのだが…。


「ひとつ気がかりなことが…」

「何だ?」

「ヒスイ様は、絶対に人前でお食事をなさらないのです」 


 叔父の纏う空気が、張り詰めたものに変わった。

 やはり、この件は触れてはいけない事のようだ。しかし、セシルは無意識にヒスイを傷つけないために、叔父とふたりきりになったら尋ねると決めていた。


 それは、ある日気付いた違和感から始まった疑問だった。


 宿舎の兵士達と居酒屋に行ったとき、セシルと同じく今年配属された兵士の一人に尋ねられた。


「ヒスイ嬢と飲むことはあるんですか?」


 そのとき気付いたのだ。

 休憩時に彼女が紅茶を飲む姿や、お茶請けの焼き菓子などをつまむ姿は何度も見ている。しかし、食事となると話は別で、彼女はどんなに忙しくても、城の食堂ではなく遠くの自室に戻って食事をとる。

 これが平常時で、しかも城内でのことなら不思議ではないのだが、外出先でも、食事どきになると彼女は必ず別行動を提案していた。

 一度だけ尾行したが、彼女はふらふらとその辺の店を見て回るだけで、食事をとる様子は見られなかったのだ。


「…そうか。気が付いたか」

「何か事情があるのでしょうか」


 叔父が鋭い視線でセシルを睨んだ気がした。

 

 これは尋ねない方が良かったか。

 セシルは心の中で軽率さを悔やむ。


「…いずれわかるよ。それまではそっとしておいてくれ」


 すぐに眼光の鋭さは息を潜め、叔父は寂しげな目でセシルを見つめた。


 …また、隠し事か。


 少しの疎外感と苛立ちが胸の中で渦巻く。


「あいつは、必要ならば自分から話すから」


 しかし、苦しげに呟く叔父を、これ以上追求することはできない。


「僕は、今まで通りヒスイ様に接して良いのでしょうか」

「そうしてくれ。ヒスイもその方が楽だろう」

「…わかりました」


 人当たりが良く、物わかりが良い。


 自分の評判を崩すほどの勇気はない。


「それはよかった。これからの騎士団を担うのは若い力だ。二人になら安心して任せられそうだ」


 わざとらしいほどの大声で叔父は笑った。


 叔父はあと数年で引退すると決めている。ずっと第一線で働いてきたから、余生は西の領土に帰ってのんびりと過ごしたいという。


 何度も聞いた話だし、叔父の気持ちも理解できるが、やはり寂しいと思うのは自然なことだろう。


「そんな顔をするな。まだまだ先の話だ」


 その言葉に、セシルは慌てて両の頬を引き締める。叔父の前とはいえ、感情が顔に出るなんて恥ずかしい。


「叔父上」

「なんだ」

「あの…、司祭様は、どのような方なのですか?」


 セシルは話を切り替えることにした。


「お前、会ったことなかったか?」

「星祭りでお姿は拝見したことがありますが、直接は…」


 毎年、夏の終わりにある星祭りは、死者と生者を結ぶ聖王国の大きな行事だ。セシルも子供の頃、聖教会の聖堂で行われる儀式に参加したことがある。荘厳な雰囲気の中、赤い衣装を着た司祭が、大きな杖を持って歩いていく姿をよく覚えている。


 今日は、星祭りの警備の打ち合わせをするために、聖教会に向かっている。


 昨年までは叔父が一人で司祭の警備をしていたが、膝の状態があまり良くないため、今年はセシルが補佐をすることになった。ヒスイは、毎年兄と共に国王の側に控え、護衛をしながら参列しているので、警備には参加しないそうだ。


「司祭…、いや、ノキアは…」


 どこか遠くを見るような目で、叔父は呟いた。


「もともと騎士団に所属する魔導師だった。それが先代の司祭に指名されて司祭になったんだ」

「だからお知り合いなのですね」

「ああ。治癒魔法より火魔法の方が得意な人だったから、まさか本当に司祭になるとは思わなかったよ」


 聖教会の司祭は、代々指名制度をとっている。ある時期が来ると自然と次の司祭がわかるらしい。その理由は誰にもわからないし、交代する時期も様々だ。身分も貴族から平民まで多様だし、就任する年齢も一定ではない。共通しているのは女性であることと、類稀な魔法の才能を持っていることだけだ。


「結界を張るのがとても上手な方だと聞いています」

「あいつの結界は、上手と言うよりも、襲ってきた奴を手当たり次第に攻撃するっていう物騒なやつだよ」

「物騒、ですか」

「なんていうか…、豪快な人だよ。会えばわかる」


 大聖堂での凛とした佇まいからは想像もつかないが、どうせこの後すぐに会うのだ。楽しみのような怖いような、複雑な気持ちを抱えてセシルは歩き続けた。

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