相手の力量
手合わせをすれば、相手のことはだいたいわかる。
ランサーの言うとおりだった。
基本に忠実な太刀筋。瞬時に相手の力量を見抜く頭の良さと、それに対処できる手数の多さ。
場数はこなしてきたようだが、強い相手と立ち合う機会は少なかったようだ。今まで形ばかりの騎士を排出してきた士官学校では、仕方のないことかもしれない。
騎士団の募集条件の変更に伴って、士官学校は貴族以外にも門戸を開いたばかりだ。反発を防ぐためにも、改革は緩やかに進めていく必要があるだろう。
「ヒスイ様」
ランサーの騎士団改変後に残っている壮年の騎士や兵士は皆優秀で忠誠心も高い。いずれ彼らを講師として迎えれば…。
「ヒスイ様、どうなさいましたか?」
「あれ? ここは…」
「西の詰所です」
「もう着いたんだ」
今日は南の正門から城の敷地を出て、外堀に沿って西、北、東の順に見張り場所を確認するつもりだった。
「どこかお体の具合でも…」
「大丈夫よ。ちょっと考え事してただけ」
そこは西端にある警備詰所の前だった。
この青年のことだ。きっと城の地図など既に頭に入っているのだろう。
「案内なんか、いらなかったね」
「いいえ。僕が見たのは外部向けの地図です。そこには載っていない隠し通路などをヒスイ様から教えていただくようにと、叔父から言われております」
「わかったわ。じゃあ、早速中を見に行きましょう」
「よろしくお願いいたします」
彼の返事を聞き終わり、ヒスイが歩き出そうとした瞬間に、セシルは素早く先回りして扉に手をかける。
その流れるような動作がとても自然だったので、ヒスイは思わず立ち止まった。
「ヒスイ様?」
セシルは穏やかな笑みを浮かべながら問う。そこには打算などは少しも含まれていないように思えた。
あれほどの力の違いを見せつけられても、まだ自分のことを女の子扱いしてくれるのか。
急に気恥ずかしくなって、ヒスイは顔を背ける。
「私はそういうこと、気を使わなくていいから」
本当は自分は令嬢のような扱いをされる立場ではない。騙しているような後ろめたい気持ちが胸に広がる。
「僕がしたくてしてることですから、お気になさらないでください」
それでもこちらに気を使わせないような返答は、さすが良家の生まれだと関心する。
…あんまり否定するのも失礼なことだし。
義務感を感じさせない言葉に、つい引き込まれそうになる。
「さぁ、どうぞ」
しかし、さすがに差し出された手を取ることはためらわれた。
「ありがとう。でも、私は自分のことは自分でできるから」
「承知しました。では、僕は好きなように行動しますから、ヒスイ様が気分を害されるようなことがありましたら、仰ってください」
「…わかったわ」
しぶしぶ頷くと、セシルは人の良さそうな笑顔で頷き返した。
変な奴。
ヒスイはセシルの開けた扉を、多少の居心地の悪さを感じながらくぐり抜けた。
結局、彼には案内など必要なかった。
「ここも、もう使えないわね」
床板をはがすと、完全に土で埋まった通路の残骸が現れた。
城の隠し通路の多くは、三年前の事件の時に塞がれていて、ほとんど使い物にならなくなっていたのだ。
「隠し通路を再建しなかったのは、もう必要ないと宰相が判断したからよ」
いざというときに王族の身を守るための通路が、裏切り者に利用されてしまった。存在を知られた隠し通路など意味がない。
「今は司祭様の結界もあるし、南の城門以外の警備詰所は、見張りの機能だけがあれば問題ないということよ」
「北の詰所がいちばん被害が大きかったと聞いていますが」
「そうね。あそこは一度壊して作り直した方がいいかもね」
あの日の事は極秘扱いのはずだが、彼はランサーからどこまで話を聞いているのだろう。
不用意に探りを入れるわけにもいかないので、後でランサーに聞いてみることにする。
「次は北の詰所に行く予定ですか?」
「ええ。そのつもりだけど、どうかしたの?」
「もうすぐ雨が降ります。北の詰所が雨風をしのげる場所ならばいいのですが」
「雨? こんなに晴れているのに?」
「はい。春の天気は周期的に変わりますから、僕の予想があっていればそろそろ崩れる頃かと思います」
「へぇー。詳しいのね」
ヒスイが言うと、セシルは照れくさそうに頭を掻く。演技がかった貴族じみたふるまいではなく、彼の自然な一面が見えた気がした。
本当に雨なんか降るのだろうか。
疑う気持ちはあるのだが、嘘をついている様子もないので、ヒスイはその言葉に従うことにする。
「じゃあ、今日は城の中で話をしましょう。えっと…、君のことは何て呼ぶのがいいのかしら」
ランサーという呼び方では、彼の叔父と同じになってしまう。
「セシル、とお呼びください」
まぁ、それしかないか。自分だって兄と区別するために名前で呼ばれている。
「そうね。じゃあセシル、私、士官学校の話を聞きたいの。お茶をしながら話しましょう」
「承知しました」
セシルは再び人の良さそうな笑みを浮かべて頷いた。