気になること
「それで、顔合わせはうまくいったの?」
そう言って、青い髪の青年は中性的な笑みを浮かべた。
「そうねぇ…」
ヒスイが答えに窮していると、紅茶の器を手にした背の高い男性が部屋に入ってきた。
面倒な奴が戻ってきたと、内心うんざりする。
「陛下、うまくいかなかったことは顔を見ればわかるでしょう」
男性は金色の髪をかきあげ、ヒスイを一瞥した。
ここは国王の執務室。
夕食を終えたヒスイは、国王に呼び出されてこの部屋にやってきた。今日の出来事を根掘り葉掘り聞かれるのかと思うと気が重いが、いずれ話すことなら早く済ませたい。
「…兄様には関係ないでしょ」
「ランサー殿が心配していましたよ。顔合わせが終わるなり部屋に戻ってしまったそうですね」
「今さら施設の見学やら挨拶回りなんて、やってられないわ」
「形式ばった事が必要な場合もあるのですよ」
諭すような言い方が癪にさわり、ヒスイは兄を睨み付ける。
「まぁまぁ、ヒスイもコハクも、落ち着いて話そうよ」
「アレクは黙ってて」
「こら、せめてアレク様と呼びなさい」
「僕はアレクでいいけど」
「ほら、本人がそう言ってるし」
「いくらなんでも不敬が過ぎます」
「はいはい、宰相閣下の仰るとおりです」
「ヒスイ、いい加減になさい」
兄にしては珍しく苛立ちを隠さない口調だった。コハクは機嫌悪そうに眉をしかめている。
聖王国史上最年少で宰相になり、国王アレクを支えているコハクは、かつて傾きかけた王国の内政をほぼ一人で安定させた影の立役者だ。
贔屓目に見なくても美形の部類に入るため、世の女性から絶大な人気があるのだが、当の本人は「女性には興味がない」と公言してはばからない。ヒスイは、本音では兄には幸せになってほしいのだが、こんなに偏屈な人を理解してくれる女性なんて世の中にいるのだろうかと、半ば諦めている。
「今年は私だけでよかったのに、どうしておじさまはあんなに弱そうな子を…」
「見た目だけで判断してはいけませんよ。私はランサー殿が身内というだけで騎士団に採用するような方ではないと思います」
「それはそうだけど」
これ以上の反論を諦めて、ヒスイはコハクの淹れてくれた紅茶を一口飲み、顔をしかめた。
「にがっ」
何でもできる自慢の兄だが、唯一苦手なのが紅茶を淹れることだ。どうしたらこんなに不味くできるのか、理由は誰にもわからない。
同じ紅茶を手渡されたアレクは、大量の砂糖と牛乳を入れて味を誤魔化すことにしたようだ。
「僕は優秀な人材であれば何人入ってくれても構わないよ。逆に数あわせのための無益な人間は必要ない。その点、ランサーの選んだ人間なら信用できるしね」
「弱い力ならいらないわ。私が騎士団を立て直すもの」
「ありがとう、ヒスイ。その言葉だけでも嬉しいよ」
優しく微笑んで、アレクはヒスイの頭を撫でる。
ヒスイにとって、二歳上のアレクはもう一人の兄のようなものだ。いつも難しい本を読んでいたコハクよりも、たくさん遊んでくれたのはアレクの方だった。だから、少しでも役に立ちたいと思う気持ちは、コハクと同じだ。
「ランサー殿のお陰で、騎士団は力を取り戻しつつあります。志願兵も増えてきていますし、あと数年で形になるでしょう。ヒスイのやるべきことは…」
それは、兄妹間で幾度となく繰り返してきた会話。
「おじさまが安心して引退できるように、力をつけること、でしょ?」
「わかっているのならいいのです」
「当然よ。そのために訓練してきたんだから」
そう。すべては自分達を救ってくれた人々のため。しかし、自分には兄のような頭脳はない。かわりに武器を振るうことは得意だったから、騎士団に入ることがヒスイの夢となった。
ようやく十五歳になって成人し、ランサーと約束した騎士に志願する条件を満たしたのだ。
はたして彼は信用できる人間だろうか。
ヒスイは、紅茶に残りの牛乳と砂糖を全部入れてかき混ぜた。
「不本意かもしれませんが、たった一人の同期です。仲良くしろとは言いませんが、うまくやるのですよ」
苦い紅茶を顔色ひとつ変えずに飲み干して、コハクは唇の端を上げる。
「でも、会ってすぐに声をかけてくる男なんて信用できないわ」
「へぇー。勇気あるね」
茶化しながらアレクも紅茶に口をつけたが、すぐに渋い顔になって器を置いた。
「しかも、九年前に会ったことがあるなんて、いつの時代の誘い文句よね」
「九年前…」
一瞬、兄の表情が険しいものになった。
「ヒスイは彼のことを覚えていましたか?」
口調は柔らかいが、目は笑っていない。
「…いいえ」
「それならいいのです」
これはヒスイが苦手な兄の顔だ。
「コハク、あのさ…」
アレクが何か言いたそうに立ち上がったが、コハクは首を振ってそれを制する。
ああ、また…。
何度も見たことのあるやりとりに、ヒスイはうんざりしていた。
ふたりが隠していること。本当はもうわかっているのに。
私はいつまで子ども扱いをされ続けるのだろう。
「…まずっ」
時間が経った紅茶は何を入れても苦いままだった。