それいけ! 論破ンマン
「助けて~! 論破ンマ~~ン!!」
悲痛な叫び声を聞きつけたのか、颯爽と徒歩で現れたのは、素足にサンダル、Tシャツにジーパンという大変ラフな格好をした、何の変哲もないどこにでもいそうな中年男性でした。
「どうしたんですか?」
「見ればわかるでしょう! 私が、この国の王女、イザベラであるのはご存知ですね? 魔王に今にも攫われそうになっているので、あなたに助けを求めたのですよ!」
間延びした声で尋ねる論破ンマンに、魔王の肩に担がれたイザベラは若干苛立ちが漏れ出している声を上げて状況を説明します。
「はぁ……そういうプレイを楽しんでいるだけの可能性もあるかなと思ったので。それで、魔王さんは王女を攫ってどうしたいんですか?」
「決まっているだろう! この女を人質として魔王城に捕らえ、のこのこと救出にやってきた勇者共の息の根をこの手で止めてやるのだ!!」
大胆不敵な宣言と共に歪んだ笑みを浮かべる魔王。しかし論破ンマンは首を傾げています。
「それって、何か意味があるんですか?」
「……何だと?」
てっきり怒りを露わに立ち向かってくるかと構えていたにもかかわらず、平然と予想外の質問をされた魔王は大いに戸惑いました。
「そんな面倒な手間を掛けるより、魔族の大軍を引き連れて、直接勇者の元に出向いて倒した方が早くないですか? というより、パーティーを組んで経験を積む前なら魔王さん一人で十分だと思うんですけど」
「……魔王城には侵入者に備えて様々な恐ろしい罠を仕掛け、四天王や七星将が関門として立ち塞がり、万全の準備をしておる。そこで奴等を一網打尽に……」
「でも、勇者ってたとえ死んでも教会で何回だって復活しますよね?」
「……ああ、そのようだな……」
論破ンマンの発言の意図が掴めず、魔王は怪訝な面持ちで返事をします。
「それなら、前もって教会を占拠したうえで、村にいる勇者を見つけ出し殺して、復活した瞬間に息の根を止める作業をひたすら繰り返しながら、立ち向かおうとする心を折ってしまう方が効率的じゃないですか?」
「……き……貴様、人間の心を持ち合わせていないのか……!?」
魔族の会議でも選択肢にすら上がらないであろう血も涙もない外道な戦略を提案する論破ンマンに、ただただドン引きする魔王。
「別に人類を全て滅ぼすのが目的ではないようですし、それで争いに決着がつくのであれば、人間も魔族も損害が最小限で済むと思うんですよね。何なら、勇者の村まで僕が案内しましょうか?」
「……いや、もういい……何だか気分が悪くなった……勇者よりも、お前を敵に回す方が恐ろしい……この女も好きにしろ……」
イザベラをその場に降ろして、魔王は首を振り溜息をつきながら大空の彼方へ飛び去っていきました。
「……ええっと……ありがとうございます……それでは……」
複雑な表情と声音で礼を述べ、一刻も早くその場を立ち去ろうとするイザベラ。
「うん? いや、何か金銭的なお礼とかはないんですか?」
「……はい?」
最早、魔王よりもおぞましい存在でも見るかのような目で、イザベラは論破ンマンを睨みます。
「僕がいなかったら、あのまま魔王に誘拐されて、勇者に救出を依頼することになってましたよね? それを未然に防いだんですから、それ相応の謝礼を王国は僕に支払うべきじゃないかと思うんですよね。別にボランティアで人助けをしているわけではないので」
「……分かりました……父上に相談して、折り返しご連絡させていただきます……」
「いや、待って下さい。ちゃんと今、文書にして保証してもらえますか? 口約束だと後から有耶無耶にされたら困りますし」
論破ンマンに助けを求めて叫んだ時よりも悲壮感漂う表情で、証書をしたためるイザベラ。書き終えた文書を二、三度読み返した後、満足そうに頷きました。
「確かに受け取りました。あと、僕は結果的に得をしたのでいいんですけど、王女であるという自覚を持って護衛を伴わずに外出するのは控えるべきだと思いますよ」
そう言い残して、論破ンマンは何処かへ去っていきました。
それから王国では、めったに論破ンマンに助けを求める人間は現れなくなったそうです。