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 なんの取り柄もなく、平凡で平和な人生を歩んできたはずなのに。

 目を覚ますと泉に浸かっていた。


「なんだこれ。ドッキリか、もしくは夢か」

 

 太古の神々が住んでいそうな森林の中に静かに広がる泉。陽の光を浴びて輝く水面。

 そして水死体一歩手前の私。全くもって理解不能である。


 かろうじて頭が木の根っこに支えられており、溺死は避けられたようだ。

 冬とは思えないほど穏やかな気温、浸っている水も冷たさを感じさせない。そして森の中だというのに鳥や虫の声が一切聞こえない。あるのは私の心臓の音が聞こえそうなほどの静寂。違和感で頭がおかしくなりそう。


「とりあえず、地面と再会したい」


 自分に言い聞かせるように声に出してみる。そろりと起き上がると泉はそれほど深くなく、ちょうど腰あたりまでのようだ。岸辺に手をつきのそのそと這い上がる。念願の地面との再会を果たしたところで周りを見渡してみた。木と水と豊かな土の香り。マイナスイオンが満ち溢れている。


 しばらく思考停止していたら少し離れたところからがさりと葉が擦れる音がして、人が現れた。

 あ、日本人じゃないわ。

 

 金髪の彫りの深い大柄な男だった。鎧と剣を身につけており、まるで絵本の中の騎士のようだ。

 視線があうと男は驚愕したかのように目を見開き、動きが止まった。


 しばらく見つめ合ったまま動けずにいたが、気を取り戻したのか男が近づいてきた。でかいと思ったけどでかすぎだろう。日本では見たことのないほど身長が高いし、がたいもいい。絶対2m以上ある。


 男が近づいて来る迫力に思わず後ずさる。

 男が1歩進む、私が3歩下がる。

 男が2歩進む、私が6歩下がる。

 

 私の警戒心が伝わったのか、それ以上近づことはせず、なぜかゆっくりとした動作で剣を腰から外し地面に置いた。次いで身にまとった鎧を1つずつ外しそれもまとめて地面に転がしていく。全て外し終えると武具から半歩離れて座り込む。


 えーと、武装解除して攻撃の意思はありませんという感じかな。


 じっと見つめていると男が何かを言ってきた。だめだ、さっぱり分からない。聞いたことのない言葉に泣きそうになる。男の言葉に反応できずにいると、今度は何を思ったのか長い指をちょいちょいと揺らしてこちらにおいでと誘うような仕草をした。まさしく犬猫を呼び寄せる時の動作だ。


 指で呼び寄せられるのは腹立たしいが、とりあえずこちらに危害を加える様子もないのでそろりと近づいてみる。もう少し近くに来て欲しいらしいく、さらに指をちょいちょいとされる。


 まだ? もう少し?


 指のちょいちょいに招かれて、じりじりと近づく。

 気づいたら男の正面に立っていてびっくりした。そして美形の満面の笑顔を披露されへんな声がでた。

 胡座をかいて座っている男と立っている私の目線がそう変わらない。どんだけでかいんだ、この男。

 

 低いけど落ち着いた穏やかな声。ゆっくり話してくれているようだけどわかる単語が一つもない。

 途方にくれていると男の手が持ち上がり、私の頭を優しく撫でていく。大人になってから人様に頭を撫でてもらったことなんてないけれど。心を占めるのはどうしようもないほどの安心感。


「レオルド、レオルド」

「れろるど、れろーと」


 男が自身を指差し何度か同じ言葉を繰り返す。名前かなと思い真似てみるも舌を噛んだ。痛い。

 

「レオ」

「れお!」


 私の短い舌に配慮してくれたのか、さらに短くなった単語を真似る。

 おお!今度は完璧じゃない?と謎の達成感に胸を張るとクスクスと笑い声が落ちてくる。


 ちょっとムッとしたものの、名乗られたら名乗り返さねばと自分の名を告げる。


「梨々子」

「リリーグォ」

「りりこ!」

「リリーグウオ」


 酷くなってるし。グォってなんかやだ。


「りりでいいよ。りりー、りりー」

「リリー?」

「そう、もうリリーでいい」

「リリー」

「なによ」


 私の名前を嬉しそうに何度も呼ぶレオを呆れた目で見返してみるも全く通じてない。

 

 口に私の名を馴染ませるようにさらに数度繰り返した後、レオの手が私の膝裏に回され抱き抱えられた。片腕に抱える子供抱っこである。なんと凄まじい筋肉。


 決して軽いとは言えない私の体重をものともせず軽やかに立ち上がり、地面の剣を拾って腰の剣帯に差し込む。


 鎧を空いてる方の手にまとめて持ち、泉に背を向け歩き出した。その間、私はといえば抱えられたせいで高くなった目線と歩くスピードの速さにビビり、目の前にあったレオの首にしがみつくだけだった。


 先ほどレオが現れた茂みの方に進み、しばらく歩くと景色が白色に一変した。思わず後ろを振り返る。先ほどまで居た初夏を思わせる緑の濃い森が見える。また顔を前に戻すと目の前には広がる冬景色とレオと同じ格好をした男達。


 一面雪に覆われ、凍てつく寒さが濡れた肌を刺す。ぎゃー寒い!!人がいっぱい!なんだこれ!レオ戻って!バックオーライ、私あっちがいい!


 ガクガクと震えていると、レオが近づいてきた男に持っていた鎧を投げ渡し、空いた手で私の頬に触れ何事かをつぶやく。すると、さっきまで濡れていた服や髪が乾き出した。


 すっごいふぁんたじー!


 服が完全に乾くとレオの外套で赤ちゃんのようにぐるんぐるん包まれる。手も足も出ないとはこの事ね。


 文句も言えずに大人しく抱えられていると、レオが男達に次々と指示を出していく。周りにいる男達もレオと同じくらい大きい。そばにいる馬達も地球産の馬より倍は大きい。私だけが小人になった気分だ。


 指示を出し終えたレオは私を抱っこしたまま従者のような人に連れられてきた馬に跨った。どうやら馬で移動するみたいだ。


 行き先は分からないが、私をぎゅうぎゅう抱きしめるレオの腕は暖かい。


 何かの準備をしていた男達も皆騎乗し、隊列を組んで進みだした。馬の蹄の音が地響きみたいに聞こえる。30人ぐらいはいるだろうか。こういうの一個小隊っていうんだっけ。皆武装していて、騎士か軍人っぽいし。


 レオは先頭付近で馬を走らせている。レオを挟むように2名ほどが並走し、さらに前方には先駆けなのか数名いる。


 レオは結構偉い人なのかな。さっきも指示を出したり報告を聞いたりしてたし、今もなんだか周りを囲まれて護衛されてるような配置だ。


 時間の感覚がなくなってきた頃に、森を抜けて開けた土地にでた。雪もそこまで積もっていない。少し遠くに人の集まりが見える。ずらりと並んだ天幕に煮炊きの煙がたなびく。結構な大所帯だ。そちらに向かって進んでいるので、レオ達の仲間なんだろう。本隊に合流する感じかな。


 天幕の張られた場所にたどり着き、レオが馬から降りる。私はなすすべもなくレオに抱っこされたまま辺りを見回す。


 一際大きな天幕から4人の男が出てきてレオのそばに集まってきた。男達はレオの腕に抱えられた私を見て目を丸くして固まってしまった。この世界の人達は表情豊かだな。


 レオが男達に声をかけるとハッとしたように瞬きし、レオに向き直る。それでも、どうにも私が気になるらしくチラチラと視線が向けられる。なんだよ、こっち見んな!私だって子供抱っこは恥ずかしいんだ。


 向けられる視線に無言で喧嘩を売っていたら、またレオに撫でられた。片時もその腕から離さないし、すぐに撫でてくる。レオはスキンシップが激しいらしい。


 2、3言会話をした後、そろって男達が出てきた天幕に移動する。中は意外と広く、防寒がしっかりしているのか暖かい。


 奥に入ったレオが敷かれた毛皮の上に座り込み、私を胡座を組んだ足の上に乗せる。ぐるんぐるんに巻かれた外套も取り外され膝に掛けてくれた。筋肉ヒーター付きの人間座椅子の出来上がり。


 レオの大きな手が腹側に周り私を抱え込むような体勢になる。体重を預けるように後ろにもたれると、レオの体温に包まれほっとする。レオの過剰なスキンシップに慣れてきたのか、もしくは鳥の雛の刷り込み的な何かなのか、レオにくっついていると落ち着くと認識してしまった。幼児の精神的な支え「安心毛布」ではあるまいに。誠に遺憾の意である。


 むっすりとしながら暖かさに包まれていると、ゆるやかに眠気が襲ってきた。馬での移動が私の体力ではキツかったようだ。


 頭の上で交わされる男達の話し声をBGMにして、眠りの世界に引き込まれていく。目が覚めたら買い置きしていた新発売のプリンを食べよう。久しぶりにビールを飲むのもいいかもしれない。

 

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