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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
プロローグ
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魔人兄妹は脱走する

 突然の爆発音に、クロはすぐさま天井の破片から降りて部屋のドアを少し開いた。それと同時くらいのタイミングでけたたましい警報魔法が鳴り響き、周りの部屋の被験体たちも何事かと様子を見に廊下へ出て来たのが確認出来た。


 遠くの方から喧騒と教官の怒号が聞こえて来たため、クロはその声だけをピックアップして耳に届ける魔法を使った。


『――襲撃者は人型の魔物が2体。いずれも将軍級と思われます』


『ならばあそこの戦力では押さえられまい。第2ブロックから応援を回せ!儂も出る!全くよりにもよって魔人1号(やつ)がいない時に――』


 そこまで聴くと、クロは魔法を打ち切ってドアを締めた。


「どうやら、我々の他にも魔人1号が不在の隙を突いた奴がいるらしい。目的は不明だが将軍級の魔物が2体、急襲してきたそうだ」


「魔物が!?」


「ああ、だがこれは我々にとっては好機と言えよう」


 クロは不敵な笑みを浮かべながら、不安そうな妹の頭を撫でる。


「日程を前倒すぞ。この混乱に乗じてここから脱走する」


「大丈夫?」


「ああ。むしろこちらに意識を向ける余裕はないだろうから、見つかった時のリスクも比較的少ないだろう。持ち出したいものがあったらまとめておけ。俺も荷物を取って来る」


 それだけ言うと、クロは身体強化の魔法を使って飛び上がり、天井の穴に消えた。


 残されたイロハは急いで荷物棚を見る。とはいえそもそも被験体たちに私物と言える物は無く、座学の教本や訓練用の模擬武器、手術衣の替えくらいしかない。教本はここの外で役に立つとは思えなかったし、着替えにしてもこの手術衣は一定時間毎に自動で洗浄魔法がかかるため持って行く必要性は薄い。替えがあるのは訓練などで破損した時のためである。


 結局イロハは訓練用の木杖と、先程クロが読み聞かせてくれた物語を手に取った。それと同時に、天井の穴からクロが飛び降りてくる。


 クロはベッドのシーツのような質感の黒い布を持っているのみで、他に手荷物はないようだった。


「荷物はそれだけだな?よし、本はここに入れろ」


 と言って、クロは手術衣に外付けしたポケットを叩く。以前お菓子が出てきたポケットだが、そのサイズはイロハが持っている本には到底合いそうになかった。


「問題ない。内部の空間を魔法で少し弄ってあるから見た目より多く物が入る」


 イロハが恐る恐る本を入れてみると、本はポケットの口に吸い込まれるようにして消えてしまった。


 呆気にとられる妹に、クロは手に持った黒い布を手渡した。


「これは……?」


「『隠遁の外套(ヒドゥン・クローク)』とでも呼ぼうか。ベッドのシーツを、研究者共の部屋から取って来た薬品数種と俺の魔法で弄った。身に付けた者の個人名を特定出来なくする効果に加え、魔力を通せば他者の認識から外れることができる。予備として作っておいた2着目をお前向けに手直ししておいた」


「前から思ってたけど、にぃ様って本当に器用よね……」


「器用さが取り柄だからな。さて、仕上げだ」


 2人共に隠遁の外套(ヒドゥン・クローク)を羽織ったのを確認すると、クロは左手で自分の、右手でイロハの首輪に触れた。


第2工程(セカンド)及び第3工程(サードパージ)を連鎖発動『悪しき枷よ、(いかずち)の戒めと秘めたる爆轟を捨て去るべし』――【工作員の七つ道具(トラップキャンセラー)】」


 再び、クロの魔力が首輪の内部を掻き乱し、首輪に致命的な書き換えを行っていく。カウンター魔法の隙間を縫って、懲罰用の電撃機能と、そして――研究者たちにとっては最終安全装置と言える、電撃機能の意図的な暴走による首輪の自爆機能を無力化した。


 機密保持や不穏分子の排除が目的であろうその機能の存在は被験体たちには知らされておらず、クロが電撃を解除するための魔法を考えている過程で発見した物だった。


 クロはなんとなくこういった最終手段的機能の存在は予想していたため特に驚きはしなかったが、研究者たちへの憤りは高まった。


「これで最後……『我は縛鎖を拒絶する者。我は拘束を否定する者。今こそ悪しき枷を取り払わん』――【自由への飛翔(ビー・フリーダム)】」


 クロがそう唱えた瞬間、2人の首輪が小刻みに震え始め、やがて端の方から粒子状に崩壊して消滅した。


 2人は、遂に全ての枷から解き放たれたのである。


 この解放感をクロはもう少し味わっていたかったが、残念ながら状況はそれを許してくれないらしい。爆音が、徐々に被験体たちの宿舎へ近づいてくる。


「では行くぞ妹よ。覚悟はいいか?」


「はい、にぃ様。いつでも行けるわ」


 兄が差しのべた手を、妹は力強く握り返した。ニヤリと笑って、クロは更なる魔法を使う。


「『革命の夜は来たれり。いざ反逆者たちの道を拓かん』――全術式を起動、【解放の門(リバティ・ゲート)開門(オープン)!!」


 それはクロが、イロハの部屋に降りて来る際に使っていた魔法。対象が“人工的な建造物の構成要素”であるならば、強度を無視して好きな形に切り抜くことができるという効果がある。クロが仕込んでいたそれが一斉に発動し、研究施設のあちこちで壁や天井がくり貫かれた。


 2人は互いに頷き合うと、隠遁の外套(ヒドゥン・クローク)に魔力を通しながら部屋の外へと飛び出して行く。


 その先にある、自由を求めて――

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