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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
プロローグ
6/165

魔人妹は名前を得る

 いつに無く真剣な様子のクロに、少女は一瞬気圧されそうになった。


 名を受け入れれば、自分も兄に着いて施設から脱走することとなる。研究員たちや教官は元より、他の被験体たちや、場合によっては数々の戦果を各地で挙げている魔人1号からも追われることになるだろう。


 少女は実際に目の当たりにした訳ではないが、魔人1号と呼ばれる少年の戦闘能力は尋常ではないと聞いていた。彼が魔人と化してからの1年で回収して来た魔晶の総数は既に1万を越える。そして中には帝国軍が束になっても敵わないようなクラスの魔物が由来のものが50はあった。


 その50の内の1つは自分の内に収まっているシルフィードのものである。クロと融合している魔晶の持ち主も、当然魔人1号の撃破数に含まれていることだろう。彼に敗北したことがある魔物の力を受け継いだ身で、果たしてかの少年を退けられるだろうか。


 余談だが被験体たちに割り振られているナンバーは、“魔人1号が倒した魔物の内、○○番目に倒した魔物が由来の魔晶との融合体”という意味であり、被験体1番、2番というように順番通りに並んでいる訳ではない。研究員たちにとっては被験体が身に付けた力の元になった魔物の検索がしやすいという点で便利であるらしいが、クロは被験体本人よりも魔晶に重きが置かれているように感じるため気分が悪かった。


(怖いと言えば怖い……けど)


 妹は兄に出会った日のことを思い返す。閉塞感に苛まれて実力を発揮出来ず、処分されるのではないかという恐怖で眠れずにいた彼女に、兄は新鮮な刺激をもたらして不安を塗り潰した。


 訓練標的を壊すため、遅くまで共に知恵を搾り、更には自分を励ますためだけに新たな魔法を作ることさえやって見せた。


 その結果、今日遂にあの壁を打ち砕くことが出来た。


「にぃ様は、私に光をくれた……希望を見せてくれた。今度は私が、にぃ様の希望になりたい」


 少女はクロの深紅の瞳を見つめ返し、伸ばされた手を取ってその指先を首輪に触れさせた。


「お願い、私も連れて行って!!」


 力強いその言葉に、クロは口角を吊り上げた。


「よく、言ってくれた」


 そして続けざまに、少女の首輪に魔法を掛ける。


第1工程(ファーストパージ)『悪しき枷よ、偽りの隠れ家を示せ』――【欺瞞の知らせ(ダミーサイン)】」


 その瞬間、少女は兄の魔力が自分の首輪の中を駆け巡るのを感じた。


 被験体たちの自由を奪っている首輪は、“着用者の位置を知らせる機能”、“特定人物の命令に応じて電撃を放つ機能”などの他に、“首輪への細工を試みるものへのカウンター魔法”も仕込まれていたのだが、クロの魔力は巧みにそのカウンターの合間をくぐり抜け、首輪の機能を書き換えていく。


(綺麗……)


 少女はクロに身を委ねたまま、ただただ首輪の中の魔力の流れに感じ入っていた。緻密な計算と正確なイメージによって作り上げられた、“首輪の中身を引っ掻き回すためだけに特化した汎用性ゼロの改竄魔法”が描き出す魔力の軌跡は、一種の芸術ですらあった。


「……終わったぞ」


 3分後、クロは妹の首輪から指先を離した。この首輪は、もう研究員たちの思い通りには動かない。懲罰用の電撃機能と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()はまだ生きているが、それらも第1工程が完了した段階で連鎖的に解除できるようになっていた。


「今この瞬間より、お前の名前は『イロハ』だ。お前に刻まれた被験体168番という呼称を塗り替える名であり、同時に、東の島国において誰もが最初に覚える始まりの3音でもある。新しいお前を始めるにはピッタリだろう?」


「イロハ……」


 少女は贈られたその名を、噛み締めるように何度か口にした。それは自分たちをこの研究施設へ縛り付けている者たちとの決別の証であり、自分と兄との繋がりを更に深めるものでもあった。


「ありがとう、にぃ様。大事にするわ」


「お気に召したようで何よりだ。何せその名前を考えるために丸1日費やしたからな」


 安堵したように息を吐きながら、クロはきょとんとしているイロハの隣に座り直した。


「受け取って貰えなかったらどうしようかと思っていた」


「にぃ様も、不安になることがあるのね」


「俺だって超人ではないからな。内心穏やかではいられないような時もあるさ。規則違反(夜の散歩)よりも妹へプレゼント1つ贈ることの方が不安になるとは全くもって情けない話だが」


「……でも、私は嬉しかったよ」


 気まずそうに頭を掻くクロの肩に、イロハが寄りかかる。


「それだけ私のことを考えてくれたってことだし……それに、こうしてちょっとしたことだけど弱みを見せてくれたってことは、私を信頼してくれてるってことでしょう?」


「む……?んー……なるほど……」


 それを聞いて、クロはこれまでのことを思い返す。考えてみれば、施設から抜け出すと決意した日から、心を預けられる者は周囲にいなかった。研究員たちや教官は言わずもがな。他の被験体たちも、日に日に精神を崩していくものや、中には自分は選ばれし戦士なのだと錯覚して狂気的(精力的)なまでに訓練に打ち込むような者ばかりでまともな付き合いは望めなかった。


 夜の散歩の中で偶然存在を知ったこの妹は、いつの間にか自然体で接することができる相手になっていたのだった。


「……にぃ様、どうしたの?」


 無意識の内に妹の顔を見つめる形になっていたクロへ、イロハが首を傾げながら問い掛けた。


「いや、何でもない。かわいい顔だなと思っていただけだ」


「!……もぅ、からかわないで」


 頬を染めて顔を反らす妹の頭を撫でながら、クロは再びベッドから立ち上がると三角形にくり貫かれた天井の破片に乗った。


「さて、脱出の決行は3日後の夜だ。その日は第2世代魔人の先鋒として被験体15番、39番、73番の3人が初の実戦に赴く関係で教官と数人の研究員が施設から居なくなる。加えて最大の障害となりうる魔人1号は現在長期遠征中で不在。俺たちの門出には、これ以上ないほど相応しい」


 芝居掛かった身振りをしながら、クロは不敵に笑う。造られ(産まれ)てからおよそ1ヶ月。夜な夜な巡回の目を盗み、研究者の不在の隙を突いて情報を集め続け、水面下で様々なギミックを仕込みながら自由になることを熱望していた日々が、ようやく報われる。それが楽しみで仕方がないといった表情だった。


「やっぱり、にぃ様にはその顔が1番似合う」


「そうか?」


「うん。悪いことを考えて笑ってる時の顔。私の不安を打ち砕いてくれたその顔が私は1番好き。きっとまた、私が想像もつかなかった景色を見せてくれるんだろうなってわくわくするから」


「よし、ならば期待に応えて見せよう。3日後を楽しみにしていることだ」


 そう言い残して、クロは自室へと上昇しようとした。




 施設を巨大な爆音と振動が襲ったのは、その時だった。

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