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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
1章:石人形の古代遺跡
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魔人兄妹は戯れる

「戻ったぞ!」


 上機嫌で、クロは食堂のドアを開け放った。


 あれから数時間が経ち、チェックリストは全て埋まっていた。自由なる旅人の装束(ワンダラーズ・クロス)はクロが求めた性能を遺憾なく発揮し、用意していた全ての項目に対して満点を記録していた。


「ん……?」


 しかし、帰りを待っていてくれているはずの、妹の姿がない。


「イロハ……?」


 扉を閉め、部屋の中央まで歩きながら、クロは食堂を見回す。今の位置から死角となりそうな場所は炊事場位だが、そこも人の気配が全くない。


 ならば居間か図書室か?と、クロが手始めに居間へ移動しようとした時、不意に、空気の流れがクロの頬を撫でた。


(風……?)


 密閉空間であるはずの食堂に風が吹いたことに疑問を抱きつつクロが振り返ると、


「お帰りなさい、にぃ様」


 直前まで誰もいなかったはずのドアの前に、イロハがいた。ドアは1ミリも動いた様子は無く、妹はまるで初めからそこにいたかのような自然体で立っていた。


「ただいま……なあ、お前何処にいたんだ?」


 それを聞いたイロハは一瞬でパアっと顔を輝かせると、クロに詰め寄った。


「本当!?本当に分からなかったの!?」


「ああ……まるで分からなかった」


「やったぁ!!」


「お、おお……?ご機嫌だな」


 勢い良く抱き付いて来た妹を受け止めて1回転しながら、クロは困惑の表情を浮かべていた。それほど、イロハの喜びようは尋常ではなかったのだ。


「その様子だと、何か、掴めたのか」


「うん!見てて――」


 と言った次の瞬間にはイロハの姿はクロの腕の中から消え去っていた。残ったのは、ただ指向性のない空気の流れのみ。イロハの姿そのものが消えてしまっているため、自由なる旅人の装束(ワンダラーズ・クロス)の認識阻害によるものではないということはすぐに理解出来た。


 クロは周囲へ視線を巡らせるも、イロハの姿はない。まるで本当に空気に溶けてしまったかのようだった。試しにクロは【温度識別】も使ってみたが、人間大の熱源は一切観測出来なかった。


「こっちよ、にぃ様!」


「うっ!?」


 翻弄される兄の後方から左腕に組み付いて己の存在を示し、イロハは勢い良く振り返ったクロの目の前で再び姿を消す。何もなくなったその場に、無邪気な笑い声だけが残っていた。


「……いいだろうイロハ、絶対に捕まえてやる――【雷霆の天幕(スパーク・カーテン)】」


 言葉と同時にコートの表面から青白い電光が放たれ、クロの周囲に滞留した。


「え、それ何?凄いわにぃ様!」


 それを見たイロハの興奮したような声がクロの耳に届く。しかし音源を特定することは出来なかった。反響している訳でもないのに、360度あらゆる方向から聞こえて来るような錯覚をクロは覚えた。


(うん、まだ披露していなかった雷霆の天幕(これ)を見せれば絶対に声を出してくれると思った。だがそこから位置を探るという目論見は外れたか……)


 しかし、クロは何もそのためだけに【雷霆の天幕(スパーク・カーテン)】を張った訳ではない。


 真の狙いは、イロハの行動範囲を狭めることだった。


「この服の防御機構の1つだよ。応用すればこんな風に使うことも出来るがな」


 現在、電撃はクロの側面から前方をカバーするように配されており、真後ろは敢えて無防備な状態になっていた。


「勿論極低出力だからちょっとピリピリして動きにくい程度で済むが……どうする?」


 電撃を避けて来た場合に備えて後方に注意を払い、突っ込んで来るなら痺れで動きがにぶった所を狙うという算段である。


 しかしクロは、この時1つ失念していた。


「あ、ほんとにピリピリするわね」


 正面から踏み込んで来たらしいイロハが、再び姿を見せながらクロの胸に手を当てる。電撃に一切怯む様子もなければ、痺れているようにも見えない。電撃に触れた感覚は覚えているようだが、それだけだった。


 ああ、と、そこでクロは思い出した。イロハの服もクロと同質のものである以上、【雷霆の天幕(スパーク・カーテン)】は足止めになり得ないのだということを。何しろそういった妨害への解答が、自由なる旅人の装束(ワンダラーズ・クロス)の第2の防御機構なのだから。


「でも不思議。これだけピリピリ来れば痺れも感じそうなものだけど……この服のおかげかしら?」


「……ああ、その通り」


「凄いわ!」


 いつまで経ってもテンションが下がらないイロハは、またしても姿を眩ました。


(さて、どうしたものかな……)


 これは長い戦いになりそうだ、と、クロは天井を振り仰ぐのだった――




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




「はぁぁ……」


 暫くして、クロは湯船に浸かりながら脱力しきっていた。1日分の疲れが、ここに来てドッと押し寄せて来たかのようだった。


 あの後、結局イロハを捕まえるのに半刻程の時間を費やしてしまっていた。それも時間を掛けてイロハの動きのクセやパターンを掴み、行動を先読みした結果の成功だったため、イロハの技法の正体を看破出来た訳でもない。クロとしてはほぼ敗北に等しい結果だと感じていた。


 しかし終わってみれば、あの戯れは兄妹にとって非常に有意義なものだったと言えた。イロハが1人でしていたことの成果をクロはこれ以上ない程体験することが出来たし、クロもその過程で自由なる旅人の装束(ワンダラーズ・クロス)の機能をほぼ全てイロハに披露することが出来た。


 イロハは興奮冷めやらぬといった様子で、ゆっくりと左右に上体を揺らしながらクロの膝に座っている。火照って赤らんだ頬の艶が増しているように見えた。


「あれが、お前の別行動の成果物か……昨夜も、魔晶の世界に行っていたんだな?」


 頭越しにイロハの顔を覗き込むようにして、クロが問いかける。朝一での急な心変わりの原因など、1つしか思い付かなかった。


「うん。魔法を伝授して貰えることになったから……現実で使えるかどうか確かめてみたくなって」


「それは凄いな……」


 妹の返答に、クロは目を丸くする。魔法を伝授される――それはイロハが、風精(シルフィード)の頂点と目される魔物に認められた証に他ならなかったからだった。思わず、イロハを抱き締める腕に力が入る。


 次にイロハは、クロを翻弄した技法の正体を明かした。元はジルヴァンが風と対話する際に最適と評していた、風との合一による姿眩まし。それにイロハなりのアレンジを加えたものだった。【風駆(かざが)け】と命名されたそれは存在の隠蔽に加え、使用者が風と化したかの如く縦横無尽な機動を可能にする。短時間であれば、文字通り風を踏んで宙を駆けることさえ出来た。


「これなら、魔人1号にも勝てるかな……」


「ああ、奴の度肝を抜いてやれるだろうさ。実際に食らった俺が保証するよ」


「えへへへ」


 兄に頭を優しい手つきで撫でられながら、イロハは、ジルヴァンに今日の成果を報告するのを楽しみにしていた。






 しかし、その日は何故か魔晶の平原に行くことが出来ず、イロハはそのまま朝を迎えることになるのだった。

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