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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
1章:石人形の古代遺跡
41/166

魔人兄妹と不思議な生き物

「……」


「……」


 迷宮第4階層。そのとある直線通路にて、兄妹は無言で立ち尽くしていた。


 オニイトハキの糸を手にしたままクロは憮然とした顔をしており、普段はコロコロと変わるイロハの表情もまた、完全な無と化している。


「…………にぃ様」


「…………?」


 それもこれも、全ては目の前の光景が原因だった。


「絵面が……ヒドイわ……」


「全面的に同意しよう……」


 2人の視線の先には、先程上階で捕獲したトカゲと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿があった。


 蔓の表面からは透明な粘液が分泌されており、トカゲの全身に塗りたくられていた。蔓は長い物で約2メートルあり、それらが壁の1点から無数に伸びているように見える。


 名称は【アナグラニセテヅルモヅル】。大陸南側に位置するカッパーギア商業連合国由来の、れっきとした動物であった。


「壁面からほとんど動けないため普段は触手の届く範囲にいる虫を食べているが、近くをある程度の大きさの生き物が通りかかるとああして絡み付き、卵をなすり付けて来るとのことだ。そうやって生息範囲を広げているんだろう」


「“生きた生き物が必要”っていうのはそういうことだったのね」


 目的が生息域の拡大である以上、自力で動ける存在に卵をなすり付けなければ元も子もない。この生物にはその辺りを敏感に見極める能力が備わっているという。


「いずれにせよ、生け贄を用意出来て良かった。そうでなければ俺が粘液塗れに(ああ)なるしかなかった……」


「いいえにぃ様、その時は私も一緒よ……」


 腕に抱きついて来る妹に優しい視線を送りながら、クロは解放されたトカゲを手繰り寄せた。


 頭から尻尾の先までが光沢を放つ粘液に覆い尽くされている。そして所々、ビー玉程のサイズの透明な球体――卵が貼り付いているのが見えた。粘液が乾くか、対象(ひがいしゃ)が身体を柱や壁に擦りつけることで卵が離れ、孵化した幼体はその場に定着しての生活を開始する。


 ちなみに卵や内部で成長中の幼体は弾力性に富み、極めて衝撃に強い。クロが指先で平たく押し潰しても、すぐに元通りになってしまう程だった。


「この卵は一応食用になる。カッパーギアの一部地域では卵の中身をパンに塗って食べるそうだ」


「そうなのね……」


「まあ、本命は粘液の方だがな」


 クロは衣類用の脱水魔法を応用し、トカゲの身体から粘液を剥がし、卵を分離してそれぞれ別の瓶に詰めて行く。この内卵の瓶には、即座に冷凍の魔法を使ってポケットにしまった。


 粘液は、およそ1リットル程を回収することが出来た。クロが最悪身体を張ってでも回収することを望んだそれは、静止状態では存在することさえわからない程無色透明な液体だった。


「図録によれば、極めて高い魔力伝導率を誇るらしい。実際ここにいる石人形(ゴーレム)たちの潤滑油の材料としても利用されているそうだしな。マジックアイテムを作るのに重宝するだろう」


 『魔力伝導率』は、物品に魔法による強化や効果の付与を施す際に重要となる概念である。これが高い物程魔力が良く通るため、魔法付与の難度は低く、施せる強化の度合いは大きくなる。一般には、狩人ゴーレムの装甲に使われていた黒魔銀(ミスリル)などが魔力伝導率の高い素材として知られていた。


「よし、ひとまずはこのくらいで十分か。勿論いくらあっても困るものではないだろうから回収は継続する――うお!?」


 クロが満足そうに瓶の中の粘液を見ていたその時、突然ぶら下がっていたトカゲが激しくバタつき始めた。刺さっていたナイフがそれによって外れ、解放されたトカゲは一目散に通路の奥へ逃げていく。どうやら麻痺毒が抜けたらしい。余程慌てているのか、叫び声を上げる様子さえなかった。


「しまった……!晩のおかずにする予定だったのに……」


「仕方ないね……」


 落胆したような表情になったイロハは、次いでゆっくり蠢いている触手の塊を指差す。


「あれは代わりにならないの?」


「残念ながら、体液に毒があるらしい。しかも揮発性が高く、下手に傷付けると近場の空気を汚染するという質の悪い代物だ」


「近付けばぐちょぐちょにされて……どかそうとすると毒を撒き散らす……これも天然のトラップっていう訳ね」


「ああ、この迷宮にはこれ以上ない程おあつらえ向きの生き物だな」


 そう言うとクロは、ビンをポケットにしまって踵を返す。


「じゃあ戻るか。ついでにもう1つ、採る物を採ってからな」


「次は何を?」


 クロはナイフをくるくると回しながら、


「次は――見えないアイツだ」

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