魔人兄妹と石人形
作った地図によれば、この謎の洞窟は山の中心部にある“田”のような形をした大きな通路から、幾本もの細い通路が枝分かれするように伸びているという構造をしているようだった。兄妹が入って来た入り口もこの細い通路の終端にあるものの1つで、こうした入り口は山をぐるりと一周するように計10箇所確認できた。
「ひとまず脱出口には事欠かないようだな。一通り見て回ったら各地点からの脱出ルートも策定しなければ……」
何かあったらすぐに逃げ出さなければならない兄妹にとって、出口が幾つもあるというのは願ってもない好条件であった。もっとも、進入経路も多いということなので、思わぬ者が内部にいる可能性も高いということではあるのだが。
壁には等間隔で魔力の火が灯っているため、照明の魔法を改めて使う必要はなかった。淡いオレンジの光に照らされた通路はやはり凹凸や起伏が存在せず、しっかりと整備されている様子が伺えた。
「……にぃ様、そろそろ“人型”に接触するわ」
「了解――『疾く穿て』」
最初のカーブの手前で、イロハが声を殺して兄に警戒を促す。応じたクロは瞬時に魔法の詠唱を終えた。【速射】。小石程に固めた衝撃波を超高速で打ち出す魔法だった。物体を破壊するための威力を接触対象を後方へ弾くための衝撃力に全て変換しているため殺傷力はないに等しいが、他の遠隔攻撃魔法の追随を許さない圧倒的な発動速度と弾速、そしてノックバック能力は牽制用としてこの上ない性能だった。
「3、2、1…………」
そして、イロハのカウントダウンによりにわかに緊張が高まる中、“それ”はゆっくりと姿を表した。
天井に届く程高い棒のような身体に、地面を擦りそうな程の細長い腕。通路の灯りを反射する黒い体表を持ち、ピラミッド型の頭部の中央では単眼が不気味な赤色の光を放っている。
腕には何ヵ所もの関節が有り、先端はラッパのような底のない円錐形になっていた。そして背中には、それぞれ形状の異なるヒレのようなものが並んでいる。
「……石人形?」
クロが思わず、といった様子で呟いた。石人形とは、魔法使いが岩や土を繋ぎ合わせて作り上げる人形のことである。基本的には戦闘用として土系統の魔法を得意とする魔法使いの多くに使われており、教本にも【石人創成】という石人形を作り出す魔法がしっかり掲載されている。
熟練者には普通の人間と遜色ない見た目や動きをする石人形を作り上げる者もおり、“石人形を見ればその魔法使いの実力がわかる”とも言われている。
クロも作れないことはない……というよりむしろ持ち前の魔力制御能力によってかなりの精密動作を可能にするものが作れるのだが、やはり出力不足が祟っていずれも戦闘には耐えなかった。
目の前にいる異様な存在は、その石人形であるように思われた。
「でも、術者がいないみたいだけど」
イロハが不思議そうにクロの顔を見上げた。石人形は身体を維持するために術者からの魔力供給を常に必要とするため、単独では存在することができないはずだったからだ。
「それは気になる所だな。まあこんな場所にあるくらいだし、何か未知なる法則が働いていたとしても不思議ではあるまいが……それよりこちらに気付いたようだ」
兄妹の方を向いた石人形は赤い単眼を激しく点滅させながら静止している。意志の感じられないその様子に、2人の緊張感はピークに達した。
だが、その膠着状態も数秒で解かれた。単眼の点滅を止めた石人形は2人からゆっくりと視線を外し、付近の壁に向き直ったのだ。石人形はそのまま長く多数の関節を持つ両腕を背中に回すと、ラッパの口のようになった腕の先端を背ビレのようなパーツに嵌め込んで引き抜いた。
そしてそのまま、腕の先端に装着された背ビレ状のパーツで壁の起伏を整え始めた。
「なるほど。洞窟を整備していたのは彼らだったということか。イロハ、どうやら大丈夫そうだ。整備特化型に戦闘能力まで積む余裕は流石にないだろうし、敵意もないようだしな」
仮に戦闘能力があったとしても、腕のリーチこそ長いが、全体的に細長く弱点になり得る関節部も多いため防御力は絶無だろうとクロは分析した。
「お前が感じた人型というのは、全てこのタイプか?」
「うん、全部こんな感じ。細長くて背が高くて、あと背中がギザギザしてる。全部で……えっと、10体」
再び【風読み】を使い、イロハが石人形の数を数える。整備石人形は洞窟の全域に散らばり、それぞれの場所で作業をしているようだった。どうやら個体ごとに持ち場があるらしい。
「他に動く物はいないみたい」
「オーケー、危険は1つ減ったな。しばらくは不測の事態に備えておけば良さそうだ」
兄妹は壁の整備を続けている石人形の背後を抜けて、更に洞窟の奥へと進んで行った。