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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
3章:暗躍の王都
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魔人妹VS騎士モドキ

 戦闘は、鋭く響いた風切り音で再開した。


 上空に向けてセリアが放った鳴り鏑矢(かぶらや)、鏃に刻まれた溝によって効率的に風切り音を遠くへ届けるそれが、周囲を巡回しているハンターたちを広場へ呼び集める――はずだった。


「救援を呼ぼうってか?無駄だぜ、お前らの声は何処にも届かない」


 騎士モドキの声で、イロハは気付く。いつの間にか、広場と路地の境界には【無音域(サイレンス・エリア)】が展開されていた。音による空気の振動を無効化する魔法だった。それも信じられない程の強度であり、流石のイロハでもすぐには解除出来そうにない。


「……やってくれたわね」


「ごちゃごちゃ来られるのも面倒だからな……それに、殺しは1人ずつじぃっくりとしねぇともったいないだろ?」


「共感出来る奴がここに1人でもいると思ったか?下衆が」


「もちろん期待しちゃいねぇさ。結局はこれから殺す相手だからなぁッ!!」


 言いながら、騎士モドキがロイド目掛けて地を蹴る。一瞬にして音の壁を越えた衝撃波と破砕された石畳を置き去りにして。


 ロイドは剣で咄嗟に受け止めたが勢いを殺し切れず、大きく吹き飛ばされて後方の商店に叩き込まれてしまう。


「ロイド!!」


「人の心配してる場合か?」


 セリアが見上げると、騎士モドキが剣を振り上げて襲いかかって来る所で――


「調子に――」


 しかし、その直後にはイロハが白い弾丸のように騎士モドキに肉薄していた。


「――乗るなッ!!」


「ぐおっ!?」


 思いっきり身を捻って振り下ろされた踵が騎士モドキの肩口に深々と食い込み、その身を広場の端へ撃墜する。イロハは攻撃の手を緩めず、濛々と立ち込める砂埃の中へ【爆旋(はぜつむじ)】で突っ込んだ。旋風が砂塵を吹き飛ばし、剣を押し込もうとするイロハと仰向けでそれを防ぐ騎士モドキの姿を露にした。


「おお怖い怖い。見事にやられたぜ……殺しの直前に視野が狭くなるのは悪いクセだな全くよ……!」


「イロハちゃん!」


 オリヴィアの筋力強化魔法が入り、イロハは更に圧力をかけていく。


 その間に、セリアはロイドを介抱しに走る。ロイドは破壊された商品棚に大の字になって横たわっており、傍らでは店主らしき年配の女性がおろおろとしていた。


「い、いったい……?」


「危険なので、今はとにかく奥の安全な所へいて下さい!」


 女性が慌てた様子で立ち去ると、セリアは胸ポケットから試験管を取り出し、中身の緑色の粉末をロイドの頭に振りかけた。目に見える傷が緩やかではあるが塞がっていき、ロイドはうめき声と共に目を覚ます。


「セリアか……すまねぇ、やられちまった……」


「大丈夫!?」


「今の薬で体の方はな……だが……」


 ロイドは剣を取り上げる。頑丈な黒魔銀(ミスリル)で出来ていたはずのそれには中央に大きな亀裂が入っており、欠片がボロボロと崩れて来ていた。誰がどう見ても最早使い物になりそうにない。


「たったの一撃で剣がこのザマだ。投げナイフで援護射撃くらいは出来るだろうが……戦線復帰は厳しいだろうな」


 ロイドは歯噛みした。自分はあの騎士モドキと打ち合える域にいないと痛感する。


 だから、彼は今自分に出来ることをすることにした。


「セリア、俺はなんとか周り駆け回って応援を呼んで来る。直接声掛けりゃ流石に気付いて貰えるだろ」


「わかった!お願いね!」


 頷き合うと、2人はそれぞれ駆け出した。ロイドは路地へ、セリアは広場へ。


 丁度、マウントを取られていたはずの騎士モドキがイロハを天高く蹴り飛ばして脱出した所だった。すかさずオリヴィアが放った【火球(ファイアーボール)】が空間のポケットを越え、複数方向から騎士モドキを狙う。


「おもしれー手品だな」


 それらを最小限の動きでかわしながら、騎士モドキは壁を蹴って急襲して来たイロハを剣で受け止める。


「2人共!私に構わず撃って!」


「ええ!?大丈夫なの!?」


「いいから!!」


 強く促され、セリアは赤い液体が入った試験管を弓にセットした。その前方でオリヴィアもまた、大丈夫だとウインクをして見せている。


 それでセリアは試験の時を思い出した。クロの乱射した模擬武器の群れと、オリヴィアの火球が無数に飛び交う中でも、イロハは全く意に介した様子なく戦闘を続けていたことを。


「分かったよッ!」


 セリアは矢を3本同時につがえ、放った。鏃にはセットされた試験管を満たしていた赤い液体――強化魔法薬が塗布されている。オリヴィアもまた、複数の火球による空間を超えた多角攻撃を再開した。


「おいおい冗談だろ……フレンドリーファイアって概念がねぇのかこいつらシャルロテの奴じゃあるまいし……」


 騎士モドキが信じられないものを見たというような口調で言った。その間もイロハは矢と火球の集団を縫って激しく攻め立てる。


 それは正に暴風を体現したかのような乱撃。


(速く……)


 セリアの矢を避けようとした騎士モドキの肩に剣を叩き込み、先ほどの踵によるダメージと合わせて鎧を破砕する。


(速く……!)


 オリヴィアの援護射撃を紙一重でかわし、イロハは続け様に剣の切っ先を騎士モドキの胸部に打ち込む。鎧に放射状の亀裂が生じ、続く火球の直撃によるノックバックで間合いが少し開く。


(もっと……疾風(はや)くッ!!)


 更に大きく踏み込みながらの回転斬り下ろしを胸部の亀裂に命中させ、イロハは騎士モドキのプレートメイルを完全に破壊した。


「やるじゃねぇの」


 だが、そこまでしても騎士モドキの口調からは余裕が消えない。騎士モドキは石畳を勢い良く踏み砕いて瓦礫をショットガンのように飛ばし、イロハを遠ざけた。瓦礫の幾つかはオリヴィアとセリアの元にも正確に飛来し、2人もまた回避行動を余儀なくされる。


「こうなりゃ……」


 そこで、騎士モドキは兜に手を掛けた。


「こいつももう枷にしかならねぇな」


 現れたのは、色素の抜けたような短髪に真紅の瞳を爛々と輝かせた、軽薄そうな青年の顔。


「改めて名乗ってやるよ。俺は魔王軍百魔将が1人、『叫喚』のガンプ。序列は27位だ。しっかりと記憶しな」


 凶悪に歪んだ口元から、鋭い犬歯が覗いた。

遂に10万PVを突破しました。日頃の応援ありがとうございます。

今後も兄妹をよろしくお願いいたします。

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