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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
3章:暗躍の王都
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魔人兄妹とギルドマスター

 ベアトリスに付いていった2人は、正面カウンターの先にある従業員区画や厨房の横を抜けて、更に奥の廊下へ案内された。ベアトリスはその突き当たりにある重厚な両開きの木戸をノックする。


「マスター。ベアトリスです。受験者のお二人をお連れしました」


『入れ』


「失礼します……どうぞ、こちらへ」


 ベアトリスに促され、兄妹も木戸の奥に入った。そこは16畳程の広さがある執務室で、部屋の両壁には書物でいっぱいの本棚が並んでいる。しかし、他に家具の類いは正面の黒光りする執務机くらいしかなかった。


 そこには、黒と深緑を基調としたギルドの制服に身を包んだ、ドルガンに匹敵する体躯を持つ壮年の男が座っていた。彫りの深い顔には数々の激戦の跡を感じさせる無数の古傷があり、後ろに流れる短い黒金の髪が獅子のたてがみを連想させた。巨漢は兄妹たちの姿を認めると、ニヤリと笑いながら前に進み出てきた。自分の身長の倍はあるのではないかと錯覚してしまうようなその威容に、イロハがまたしても目を丸くする。


「ようこそ新人諸君、私はゴドノフ・バルダー。このギルドを預かる者だ」


「お初にお目にかかる。クロとイロハ、宜しくお願いする」


「あまり堅くなる必要はない。お互いに馴れてはいないだろう?」


 クロは安堵したように肩をすくめる。施設にいた頃からフォーマルな場面とは無縁の世界で生きてきた――“刷り込み”もろくにされてはいなかった――ため、礼儀を咎められてもどうしようもなかったのだ。


「ありがたい。残念ながらあまり育ちが良くなくてな……ろくに敬語も知らないんだ」


「育ちがどうかは知らんが……ここの連中に細かいことを気にする奴はいまいよ」


 ゴドノフはベアトリスに目を向ける。


「君も下がって構わない。どうせテンションの上がった奴らがドンチャン騒ぎ始めて表はてんてこ舞いだろう。ヘルプしに行ってやってくれ」


「お気遣いありがとうございます。失礼します」


 ベアトリスはゴドノフと兄妹へ優雅に一礼すると、そそくさと執務室から出て行った。教会で見たミラの所作同様動作の端々に気品が漂っており、クロは真に育ちが良いとはああいう人のことを言うのだろうかと考えた。


「君たちに言ったようなことを彼女にも散々言っているんだがな……まあそれはいい。早速本題に入ろう」


 執務机の上にあった2枚のツルツルとした紙が、兄妹に手渡された。それには1面を埋め尽くすような“合格”の文字が赤いインクで記されていた。


「おめでとう、私を含め審査したメンバーは全員一致でDランクが妥当との判断を下したよ。これは新人がスタート出来るランクの最高位でありそうそういるものではない。全員一致ともなれば尚更だ」


「……そう……なのか?」


「少なくとも私がギルドマスターとなってからは、君たちを紹介したシスターミラしか同等の評価を受けたものはいないはずだ」


 やはり、と、クロは思った。教会での彼女を見た時に相当な手練れだと感じたのは間違いではなかったらしい。


「というわけで、私自身君たちには大いに期待している。……時に、イロハくん」


「え……あ、はい!」


 急に話を振られて、イロハは飛び上がりそうになった。


「私も試合を見させて貰ったが……君の剣を見て懐かしい気分になったよ。あれに似た剣を使う者と、かつて戦ったことがあってな」


「……『辻斬り』か?」


「その様子だと表で話は聴いていたようだな?そう、『辻斬りジルヴァン』。私のハンター人生でも最強の相手だった……この手で討ち果たせなかったことが悔やまれるがな」


 苦笑しながら、ゴドノフは見下ろした右手を握りしめる。好敵手と刃を交えた際の情景を思い描いているのかもしれないとクロは思った。その後、彼はその手をイロハの肩に置く。


「君はきっと良い剣士になるだろう。かの辻斬りと同等……いや、それ以上に。君の太刀筋にはそれだけのポテンシャルがあると私は確信しているよ」


「ああ、こいつは更に強くなる。間違いない」


「あ……ありがとう、ございます。にぃ様も」


 恐縮するイロハの横で、クロは少し得意気だった。これまでは自分くらいしか褒める者がいなかったということもあり、傍目に妹が褒められている姿を見るというのはなかなか新鮮だったのだ。


「クロ君の魔法捌きも見事だった。あのオリヴィアをあそこまで抑え込める者はそうそういない。君たちがこの先も王都に留まるのか、あるいは違う場所を目指すのかはわからないが……どうかその力を、人々のために役立てて欲しい」


「……」


 その言葉に、クロは即答することが出来なかった。




◼️◼️◼️◼️◼️◼️




(人々のために……)


 ホールに戻り、ひとしきり先輩ハンターたちの歓待を受けた後、依頼が貼り出されている壁掛けのコルクボードをイロハと2人で眺めながら、クロはゴドノフの言葉を思い出していた。


(……だが、彼の期待に応えることはできないだろう)


 今でこそ状況は落ち着いているが、兄妹は逃亡中の身だ。()()()が来てしまったならば、力を人々のために使う余裕などなくなってしまう。優先すべきはイロハと、そして自分の安全だ。


「……よしっ!」


 クロがそんな後ろめたさを感じていると、隣でイロハがやる気満々な様子で握り拳を作っていた。


「いつまで街にいられるかわからないけど、いられる内だけでも街のみんなのために頑張らないと!ね、にぃ様!……にぃ様?」


 不思議そうに自分の顔を覗き込んで来る妹のきょとんとした顔を見て、クロの身体から自然と力が抜けた。


(そうだな……いずれ人のために戦えなくなるなら、戦える内に力を振るうだけ、か)


 そうしてクロはおもむろに、自分のもやもやした想いを吹き飛ばしてくれた妹の頭を撫で回した。


「わ、ちょ、ちょっと、にぃ様どうしたの?」


「……何でもない。ちょっと些細なことを考えていただけだ」


 ボードから1枚の依頼書を千切り取ってカウンターへと向かう兄を、イロハは疑問符を頭に浮かべながら追いかけるのだった。

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