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魔人兄妹の隠遁生活  作者: 月見夜メル
プロローグ
10/166

魔人兄妹は飛翔する

「最終手段……?」


「ああ。本当に詰んだ状況を打開するために用意してあったものだ。ただし使えば俺の魔力がほぼ枯れる。出力不足を補うために魔力を大量消費するからな」


 クロは様々な性質の魔法をそつなく使いこなせる万能タイプだが、反面魔法の出力自体は高くないという弱点があった。大出力の魔法を放つためには他の魔人たちよりも多くの魔力を使わなければならない。


 それゆえに、クロの中でのこの最終手段の評は“力業の苦手な自分が力業に頼らなければならない”“そもそもこれが選択肢に登って来るような状況に陥った時点でプランすべてが破綻しているということであり、ほぼ負けに等しい”という2点から『下策中の下策』であった。


「だが、それでもここは使わざるを得ないだろう。何せ、今の俺は当初の予定とは違い1人で逃げているわけではないのだからな」


 クロが傍らに立っている妹を見ながら言った。イロハはその言葉の直前まで不安そうな表情をしながらクロの顔を見上げていたのだが、今はうつむき加減になっている。


 自分1人だったなら捨て身の強行突破なども選んでいただろうが、巻き込んでしまったこの自分の半身とも言える少女まで危険に晒す訳にはいかない。最悪イロハの身だけは絶対に逃がす、とまでクロは考えていた。


「そう、そうよにぃ様」


 既に不安の色が消え去った、妹の顔を見るまでは。


 再び顔を上げたイロハは、完全に覚悟が決まっている様子だった。


「あなたは1人じゃない。私がいるわ」


 未発達なその胸に拳を当て、兄の手を取って引き寄せながらイロハは続ける。


「にぃ様が動けなくなるなら私が背負う、戦えなくなるなら2人分戦う!にぃ様が1人で積み重ねて来たものをこんなところで潰えさせはしない!!」


 遠くで教官の怒り狂った声が響き、11人分の足音が徐々に大きさを増す。平時であれば、クロは教官の怒声の内容を聞き取って、自分たちの位置情報を伝える信号が途絶えたことに気づかれたと察していただろう。


 しかし今は、妹の声以外、クロの耳には入らなかった。


「だから、後のことは私に任せて。こんなに早く機会が来るなんて思わなかったけれど――」


 イロハが背伸びして、クロに自分の顔を近づける。外套のフードが外れて、純白の長髪がなびいた。



「私を、にぃ様の希望にさせて……!!」



 妹の決意を正面から受け止めたクロは、知らず知らずの内に張り詰めていた表情を緩めた。


「全く……何をバカなことを考えていたのか、俺は」


 クロはイロハの肩を抱き寄せながら共にその場で片膝を付いた。次いで床に手のひらを当てて魔法の詠唱を始める。


「『革命の夜の終わりをここに。反逆者たちを天空へ誘え』――」 


「にぃ様……?」


「すまない妹よ。最悪この身を捨ててでもお前だけは逃がすなどと、傲慢極まることを考えていた。2人揃って逃げ馳せる努力を放棄し、安易な方向に逃避しようとしていた……お前の力を信用していなかったと言われても反論できん」


 遂に教官率いる精鋭部隊が通路の角から姿を現した。更に反対側では天井が強烈な衝撃を受けて破砕され、戦斧(バトルアックス)を担いだ少年と炎の巨人が飛び降りて来る。


「ああ、そうとも。妹を信頼せずして兄を名乗れるものか!お前は俺を信じて付いて来てくれた。俺の希望になりたいと決意を示してくれた。ならば俺はそれに全霊を以て応えねばならん」


 銀の装飾が施された鎧を着込んだ教官が、目を見開いて怒声を放つ。精鋭部隊の誰かが認識阻害に気付いて看破魔法を使ったらしい。むしろ好都合、と、クロは外套に回していた分の魔力も待機中の魔法に注ぎ込む。


 “頼って欲しい”という妹の望みを完璧な形で叶えるため、兄はまずこの場を切り抜けるために全力を尽くそうとしていた。


「イロハ、苦労を掛けて申し訳ないが――後を頼む」


「気にしないで、にぃ様。『助け合ってこその兄妹』でしょう?」


 それが読み聞かせた物語の台詞を引用したものだと気付いたクロは口角を吊り上げた。


「逃がすものか!魔物もろとも攻撃せよ!」


「待ちやがれぇ!!」


 左右からは、身体強化を全開にした精鋭部隊と、戦斧(バトルアックス)を担ぎ上げるような形で構えた魔物が猛烈な勢いで突撃してくる。更に彼らの後方では魔法使いたちや、指先を前方に向けた炎の巨人が攻撃魔法を準備していた。


 しかしそれらが届くよりも一足早く、クロの魔法が発動する。


「しっかりつかまっていろ……【星天へ導け(シューティングスター)、】――」


 クロがかざした右手の先で、上階の天井が次々に丸く切り抜かれて行く。天井の欠片は全て上空に吸い込まれるように上昇して行き、遂に外界へ一直線に通じる道が開いた。


 これから起きることを察したイロハがクロの体に強くしがみついてギュッと目をつむる。クロはイロハを抱き寄せる左腕に力を込めつつ、右手を勢いよく振り下ろした。


「――【解放の門(リバティ・ゲート)】!!」


 その瞬間、2人が乗っていた部分の床が切り抜かれて上空へと高速で撃ち出され、直後に兄妹を捉え損ねた精鋭部隊と魔物たち、そして攻撃魔法がぶつかり合う轟音が響いた。


「――――――――――!!」


 クロが最終手段として用意していた魔法【星天へ導け、(シューティングスター)解放の門(・リバティ・ゲート)】。くり貫いた床の欠片を大量の魔力を以て射出するそれの猛烈な速度に、イロハは声にならない悲鳴を上げた。


 しかしその加速も数秒後には緩やかになり、そこから程なくして足が欠片から離れた。そのタイミングでクロは妹を横抱きにする。


「ははははは!見ろ、イロハ!!」


 上昇の最中から笑い声を響かせていたクロに促され、イロハはゆっくりと目を開いた。


 その視界を、満天の星が埋め尽くす。雲1つない夜空には巨大な月が浮かび、闇に包まれた世界を煌々と照らし出していた。兄の腕の中で周囲に視線を動かすイロハは、眼下に広がる広大な森や、散り散りになりながら飛んで行く雲、遥か彼方の、天を突くように聳える山脈など、様々なものを見た。


 それらは、施設の中にいては見ることはかなわなかったであろう光景だった。いずれは戦場に出て行くのだとしても、その時には既に、こうして、外界の景色に感動することなど出来なかっただろう。


 しかし何よりも、イロハの心を埋め尽くすモノが、1つあった。


(風――)


 そう、風。自分が魔法で作り出したものではない、完全なる自然の産物。


 空気が、何者にも阻まれることなく、自由に動き回っている証。


「――ふふ」


 気がつけば、彼女はその紅い眼から透き通った滴をこぼしていた。自分は本当に、あの息が詰まるような場所を脱したのだと、はためく外套が、激しく弄ばれる髪が、肌に当たる冷たい空気の躍動が実感させてくれていた。


「ふふふ、あは、はははは、あははははは!!」


 泣きながら、しかしイロハは心底楽しそうに、笑顔を弾けさせていた。

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