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Angelica Seed  作者: 涼里
6/6

【6】

 気がついたのは、和菓子屋帰りの通りの真ん中でした。とはいえ、私は玉羊羹の袋を持ってはいません。それはそうかもしれません。何年も前から、おねえさまが私に冷たいものが食べたいなんて云うことはもう、無いのですから。

 私はゆっくり帰路を歩き始めました。もうすぐ手芸店です。いつもは立ち止まることのない、その隣の店先で足を止めました。様々な模型が陳列窓に飾られています。船、航空機、車両、どれもとても心が華やぎました。

 しばし眺めて、また歩を進めます。

 夕暮れに染まる私の家が見えて、門のそばにファールーンが座して居るのが見えました。

 私の帰りを待っていてくれたのでしょうか。嬉しさにファールーンに駆け寄りますが、素っ気なく貌をそらしたファールーンはまたどこかへ行ってしまいました。


 私がお茶会の部屋へ戻ると、みんながざわつきました。それはそうです、私は袖もない服と半ズボンの、お茶会には全くそぐわないみっともない姿でしたから。

 以前なら、いたたまれなくて目を伏せたでしょう。でも、臆しませんでした。みんなの目を見て、笑顔で会釈をします。みんな、戸惑った笑い貌で会釈を返します。

 おかあさまは、最初、私が誰だかわからない風に首を傾げました。 

 それから恐ろしい悲鳴をあげて云ったのです。


「うちには男の子はいない! 死んだのは男の子なのよ! あの子が、あの子は、あの子! 私の美しいお人形、あの子はどこ!」


 予想はできたといえ、ひどいものでした。

 映写機の魚が急に踵を返すぐらいの寒心に堪えない雄たけびでした。


「お茶会は解散です。皆様、どうぞ、ごきげんよう」

 私は、……ぼくは、右腕を胸に、注意深く見守る周囲に深くお辞儀をしました。

 心はこの上なく凪いでいて、素晴らしく仄かに気持ち良く、おかあさまのその様に然程の感情も湧きませんでした。


「皆様、今日までのお付き合い、誠に有難うございました。また、おねえさまを偲ぶ機会でもあれば、お集まりいただけると幸いです」


 何か妙なものを見るようにぼくを見るもの、距離を取って見ないようにしているもの、頷いて肩を叩いていくもの、涙ぐんで会釈するもの、おともだちの中でも反応は様々でしたが、ぼくの気持ちはとても爽やかです。


 ピアノの横からファールーンが部屋を横切りました。

 ピアノの上に、見慣れない人形が座して居ます。栗色の髪、陶器の肌、淡紅色のリボンにドレス。その横に、ぼくの、いや、おねえさまの形見の髪飾り。

 手に取って、そっと抱き上げ、未だ叫ぶおかあさまのもとへ行きました。

 おかあさまはぼくを憎々しげに見つめ、後ろに下がります。ぼくはわざと距離を詰めて、おかあさまの腕の中に人形を納めました。髪飾りは掌に。

 おかあさまは歪めた貌をしていましたが、人形を見た途端に大粒の涙を流し、それを抱きしめてうずくまってしまいます。

 ぼくはおかあさまの肩に手をかけて云いました。

「スカァトはきょうでお仕舞です。おかあさま」

 聞こえているのかいないのか、おかあさまは身を縮めたままでした。これは仕方のないことなのだと諦めます。


 金色の瞳のファールーンが、初めてぼくの手の中に飛び込んできました。

 頭を一瞬、ぼくの頬にこすりつけてから、また跳ねて何処かに行ってしまいます。ふわりと良い薫りがしました。甘みのある土の薫り、アンジェリカシード。

 窓の外は夕暮れから夜へと彩を変える黄昏時でした。


キミはゲェムに勝利できたのかな


 男のひとの言葉を思い出します。争いごとは嫌いです。でも、相手が自分ならば有りかもしれません。

 ぼくはとてもすがすがしい心持で、窓の外を眺めます。




 明日は魚を取りに行こう。熊が出ないといいのだけれど。



【完】

アンジェリカシードのキーワードは【自分への信頼】、自分のルーツに関連深く、心に活力を与え、前向きにしてくれる精油アロマオイルです。自分の本来進む道に気づき、正直になる事をサポートしてくれます。

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