【1】
天井の映写がちょうど正午頃の陽の光を受けた時、おねえさまが吐息とともに私に云いました。
ちょっと。ねえ、暑いから冷や菓子が食べたいわね。
部屋の空調はとても快適です。たぶん、午前中に始まったお茶会にそろそろ私がうんざりしているのに気がついていたのでしょう。お茶会なんて制度、我が家で何時から決まったのでしょうか、毎週木曜日の朝は、常々憂鬱で仕方がない。
厭だ、とひと言云えればいいのですが、おかあさまはいつも有無を云わさぬ笑顔です。綿菓子のようなふくらんだ袖の新しい淡紅色のお洋服を着て立ちますと、おかあさまはとても満足そう。ああ、なんて可愛いの、素敵よ。おかあさまの言葉に、おねえさまが微笑みます。私は少しうつむいて、とても嬉しいといったふうにつくり笑いをします。
おともだちがいらっしゃいました。それが、今日のお茶会の始まりでした。
みんなは思い思いにお話していて、まだまだ会に終わりが告げられることはないようです。
天井に泳ぐ魚たちは深い海の様子でとても涼しそうではありましたが、陽の光の入る斜めの一角だけはその姿を薄ぼんやりとさせていました。熱でもあるみたいな様子で、それがなんだか哀れにも思ったものです。まるでお茶会に馴染めない私のように曖昧だったから。
おねえさまの言葉に、私は二つ返事で席を立ちました。
金色の目をしたファールーンが、やっぱりはみ出しものだという風に首を傾げ、私を横目で見て目を細めます。急に恥ずかしくなって、逃げるように部屋を駆け出します。みんなの談笑が、まるで私のお馬鹿加減を笑っているようで、どうにもむずがゆいいたたまれなさに、ひざがかくかくとふるえました。
歩くたびに、お茶会用のふわふわのスカァトが纏わりつく脚を気持ち悪く思います。
私はリボンにも刺繍にも興味などありません。女性ならば立ち止まるだろう手芸店のレース細工も素通りです。こういった場所で寄り道でもできれば、帰るまでの時間も稼げるでしょうに。本当に好きなお店は手芸店の隣にありましたが、おかあさまがあまり好ましくなく思われているようなので、目に入らないよう早足です。
私は目当ての和菓子店をひたすら目指しました。
お菓子はもう、決めているのです。
冷えた玉羊羹の袋を抱え、通りをまっすぐおうちへ向かいます。
もっと気の利いたお菓子が選べればいいのですけれど、おねえさまが好んで食べていたから玉羊羹を選びました。
私とおねえさまが似ているのは、食べものの好物が同じというところだけではないでしょうか。おねえさまはお茶会でも上手に華になれますし、スカァトはなるべく膨らんだものがお好きで、詩集を読みながら木陰でまどろむのがとてもお似合いなのです。
私の背丈は大きく木偶の坊で、本当はスカァトなんて……お母さまを哀しませたくはないので云えませんが、似合わないし、履きたくない。
私はひとつだけ、玉羊羹をポケットに忍ばせました。あとはおねえさまがひとつでも多くお食べになればいいと、そう考えました。
上品な口元で、玉羊羹を含む様は、いっそ蠱惑的でもあるのです。私はそんなおねえさまの口元が大好きでした。
あと二つの角を曲がれば家に着きます。そんな頃合を計ったように、背中をちょんと突かれたかと思えば、サァカスにでも出てくるみたいな男のひとが飛び出してきて、弾けるように明るく云いました。
ああ。キミキミ。そんなウミガメの子供が生まれて疾ぐに海へ急ぐように帰らなくてもいいんぢゃないかい。一寸見るくらい、大した手間になるもんか。ねえ?
ステッキをこうして振るとさ、ホラ。
振られた杖の先から夜が広がります。畏ろしい闇ではなくて、むしろそれは柔らかい、暖かい、帳のようでした。
彼はくるりと一回転、ポォズを決めてぺこりとお辞儀をするので、私は思わず微笑いました。彼も得意に胸を張り、威風堂々といった具合です。
キラキラ綺羅星の空の下、私も騎士にでもなったつもりで右腕を胸の前に、深くお辞儀を返しました。
スカァトがまたしてもいやらしく脚に纏わり、お姫さまにはならない私を強く思い出させます。浮かれた気持ちも少し失速したようです。急に、玉羊羹がぬるくなってしまわないかと心配になりました。
星が瞬き輝る空に、夜鵈がケケンと声を上げました。
「君はゲェムに勝利するべきだ」
男のひとは云いました。争いごとは嫌いです。勝った、負けたのゲェムも同じです。
厭です、のひとことが出る前に、男のひとはまたステッキを振ったのです。夜がバスタオルのように私をくるみます。肌触りは天鵞絨のようで気持ち良く、私の意識はあっという間にかどわかされました。暗転。