刑務官の信条
この作品はフィクションです。
原案、監修:海星 ID:16595375
文 :しろきちの合作です。
複数の書類が言葉もなく、手渡される。
あぁ、今回は私が担当になるんだな。やりたいとも、やりたくないとも
思わなくなってしまったな。
手渡された書類には、その書類に法的根拠を与える書類の写しが
添付されている。すなわち、
「死刑執行命令書」
法務大臣の職印が押された物。これを手渡されるということは、
今回の命令を実行するのが、私であるということだ。
そう頻繁に届くことはない。去年は5通だった。
私に書類が手渡されなかったということは、
同僚が命令を実行した。ただ、それだけのこと。
そして誰かが死んだ。それだけのことだ。
数年前、懲役の更生プログラムが刷新された。
犯した罪を悔いさせる事を目的とした、
最新のVR技術を用いた疑似体験プログラムを使い、
被害者が受けるであろう恐怖や、苦痛を、
受刑者自身の犯行と同様に体験させるのである。
旧来のプログラムで改心する者がどれだけあったかは、
再犯率の高さが結果を見せてくれている。
では現在はどうか。他者を害する、所謂重大犯罪に限っては激減している。
そうでなくてはいけない。そのための収監なのだから。
死刑囚についても同様の疑似体験が強制される。
死ぬことが刑だからといって、何も反省させないというのは、
懲役制度の存在意義に関わる。
このVRプログラムを体験し、心底改心したと認められた死刑囚には、
最後に、許しを得られたと感じさせる、
死刑囚専用のプログラムが用意されている。
それを体験し、許されたという満足感を持って人世を終える。
人の優しさなのであろう。偉い人の考える事である。
私はそうは思わない。
自らの意思で他者を害し、それを悔いるのであれば、
悔いたまま死ぬべきだ。それが死を以て償うという事だ。
今回、私が担当する人物はどのような人物であろうか。
悔いているのか、諦めているのか。
「称呼番号 2003番 佐藤某 こちらの椅子に座りなさい。
これより、死刑執行命令により、疑似体験を行う。」
私の宣言により、佐藤某は、専用椅子に拘束され、
ヘルメット型ディスプレイを装着され、脳波とシンクロされる。
この男の罪状は一家四名の強盗殺人。
最初に殺害されたのは父親。ではそれを体験してもらおう。
佐藤某は顔は見えないが、体が、ビクリと反応している。
お前が、家に入ったからだぞ。
喚き、叫んでいる。
お前が持ち込んだコンバットナイフで、刺したんだ。
うめき声をあげ、何故だと聞いたな、お前は何と言ったんだ。
次に殺害されたのは母親だ。心臓を背中から一突きか。
これも体験してもらおう。
子供たちの恐怖に怯える声が聞こえているか。
映像は子供たちを庇う様に抱き締めている。
背中が熱いだろう。苦しいだろう。わかるか。
次は10歳の長女。頸動脈切断か。手間をかけたくなかったのか?
声を出されるのを嫌ったのか?
動脈からの血が流れ込んで、呼吸が苦しいだろう?
助けを呼びたいだろう?弟が視界に映っているか?
最後は長男。6歳だ。絞殺か、やはり声をあげられるのを嫌ったか。
手の感触がわかるだろう。
お前の手を、首から外そうとする小さな手の感触が。
苦しいだろう。怖いだろう。この子が人世最後に見たのは、
自分を殺そうとするお前の顔だ!
映像はここで、佐藤某の顔に切り替わる。殺意の溢れる自分の顔はどうだ。
呼吸が荒いな。当然だ。だがまだ終わりではないぞ。
次の犯行現場はお前の家だからな。
今度は犯人の視点からの映像だ。
お前が、お前の家族を殺すんだ。
お前が幼かった頃の家族の姿はどうだ。懐かしいか。
その父も、母も、お前のその手で殺すんだ。さあ、やれ。
佐藤某は叫ぶ。
「もうやめてくれぇぇぇ!」
私はここで映像を停める。
じっくり10分待ってから、声を掛ける。
「自分が何をしたか、理解したかね?」
「あぁ、あぁ、理解したっ! 俺は、おれは……」
よしよし、きちんと己のしたことを悔いることができたようだな。
「さぁ、佐藤某、救いの時間が来た。最後の場所へ行こう」
本来なら、許しのプログラムの対象だが、それでは、
本当の意味での救いにはならない。
この後悔から解放される唯一の方法は死であるべきだ。
このまま絞首装置の部屋へ行こう。大丈夫だ。私も一緒に行くから。
執行の際、死刑囚は頭から袋を被せられる。
表情は窺えないが、私にはわかる。
最後の瞬間、私は声を掛ける。
「苦しかっただろう? おめでとう。 君は、これで救われる」
命令を実行した日の帰りは、いつも精神が不安定になる。
無用のトラブルを回避するため、人気のない道を選ぶ。
廃工場の敷地内から、異様な猫の鳴き声が聞こえる。
喧嘩ではないし、発情でもない。
行き止まりで、中学生ほどの少女が子猫を虐待していた。
慌てて逃げようとする少女に私は声をかける。
「私も似たようなことをしている。安心しなさい」
子猫は足が折れ、目が潰れ、全身切り傷だらけだ。
「これはもう、殺してあげる方が慈悲というものだよ
最後まで、やってあげなさい。初めてじゃないのだろう?」
私の言葉に、少女は目を見開き私を睨む。見透かされたと思ったのだろう。
持っていたカッターナイフの刃を猫の首にあて、一気に引く。
立ち上がった少女は口角だけをあげて笑み、猫を見つめている。
あぁ、この少女もそうなのだ。
「よくできた。君は優しいね。大丈夫、何も心配はいらないよ」
そう言って私は彼女を安心させるように微笑んだ。
一歩、また一歩と彼女にゆっくり近づく。
そして最後に告げるのだ。
「今度は、私が、君を救ってあげよう」
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