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第9話 指導係としても本格始動

 日曜日は寝て過ごし、ジャンプが発売されなければ最も呪うべき曜日であろう月曜日が訪れた。

 全ての授業を受け終え、俺は鞄を持つ。


「凌、一緒に帰ろう」


 すると隣の席の豆史も立ち上がった。以前の俺と同様、放課後が暇でしょうがない系男子だ。

 たまには豆史と遊びたい。だがそうはいかない。


「悪いな。今日は用事がある」

「何ぃ? 凌にまた用事だと?」

「何だよ」

「だって土日も野暮用があると言って俺の誘いを断ったじゃん。最近どうしたのさ」


 土曜は白土とデートで、日曜は底尽きた気力を回復させる為に寝まくった。

 といった事情は話せないので肩を竦める他ない。それで豆史が納得するわけもなく、怪訝な表情をして声を荒げた。


「もしかして彼女ができたの?」

「あー……いやそんなことないよー」

「嘘だ。週末は彼女と遊んでいたんでしょ。俺が画鋲でベーゴマ遊びしている間にそんな良い思いをしやがって!」

「お前の休日どうした」

「どんな子なのさ。エンドウ豆みたいにボンキュボンなナイスバディで官能的なの!?」


 豆史は両手で瓢箪(ひょうたん)のような形を描き、腰をくねらせて嬌声(きょうせい)を出す。発砲許可が下りたら即座に撃ってやりたい第一位にランクイン。


「彼女いねーよ。あとお前は官能的って言葉を書き順から勉強し直してこい。じゃあな」


 アホイケメンを置いて教室を出る。

 廊下では部活に行く者や友達とゲーセンに行く者、様々な予定を控えた生徒達が雑談しながら歩いていた。

 先週までの俺なら行き交う生徒の隙間を流水の如く素早くすり抜けて直帰TAのベストタイムを塗り替える日々だったが、今日からはある場所に通わなくてはならない。


「まさかここを部活感覚で訪れることになろうとはね」


 人生何が起きるか分からない。

 重たい足を引きずって訪れたのは、土日を除けば三日連続となる生徒指導室。

 ロープで縛られずに来られただけでもありがたいとポジティブに捉え、俺はポケットから鍵を取り出す。今日の昼休み、三十路教師から資料と共に渡された。

 周りに人がいないことを確認してから俺は開錠して中へ入る。


「フラーちゃんっ、○×ゲームしよっ」

「優里佳様、勉強をしましょう」


 生徒指導室の中にいたのは、お淑やかモードを解除して溌剌(はつらつ)と弾ける白土と無表情の水浪。

 女子二人は俺が入ってきたことに気づく。


「あっ! 凌君だっ」

「やっと来やがりましたか」


 俺は二人に対して空いた手で返事をし、もう片方の手で鍵を施錠。空いたソファーに腰かけて、水浪に話しかける。


「勉強の進み具合はどうだ?」

「マ○オで例えると1-1です」

「分かりやすい且つ絶望的な報告どうも」


 さて、本日から指導係として本格始動だ。俺もこのポンコツさんに勉強を教えていきましょうかね。やる気は全く出ねーけど。

 そんな低テンションの俺とは対照的に高テンションの白土は耳をぴくっと動かし、二つ結びの髪を犬の尻尾みたく跳ねさせた。


「マ○オ! わたし大好きだよっ」

「ノートでマ○オメーカーを始めるな」

「ここにハテナブロックを設置して、この中にゲッソーを入れるのっ。それでねそれでねっ」

「なあ白土、お前がやっていることを例えるなら、誰かが『ラッドのチケット当選するといいな~』とツイートしたのに対して『チケット譲ってください! 定価で構いません! プレリク全滅でした……中学からずっとファンなのでどうしても行きたいのでよろしくお願いします!』とリプするようなものだ。な? チケット当選という言葉しか見てない。話を聞いていない感が痛々しいだろ?」

「クリボーのタワーを何個も作るねっ。甲羅で全部倒すと壁を登れなくなって詰むから気をつけてっ」

「ほーん?」


 こいつの耳ヤベーな。ああ、耳もポンコツだったか。二日前のデートで嫌という程に思い知らされたよ。

 白土は俺の注意を聞きもせず、マ○オという単語のみを拾って一人勝手にワクワク顔でオリジナルステージをノートに描きまくる。

 まあいいや。こいつは放置しておこう。

 話によると、生徒が滅多に来ないこの生徒指導室は一年前から白土に勉強を教える場所として利用されていたらしい。

 勉強を教えていたのは三十路ロープ使いと、今こちらを無表情でじぃーと見てくる水浪フラヴィアだ。


「今日からはあなたがメインで教えやがれです」

「水浪も指導係だろ。手伝ってくれないの?」

「助けを求めやがったら手伝ってあげます。一回五十円でいかがでしょうか」

「金を取るのか。俺たちは味方じゃなかったのかよ」

「私は忙しいです」


 水浪は素っ気ない返事の後、醤油を入れる魚の容器に赤色のキャップを付け始めた。お前はお前で何をしているんだ。


「ああ、内職しているんだな」

「私は貧乏ですから」

「え、ハーフなのに?」

「刄金凌はアホです。そのやり取りは二日前に何度もしやがりました」


 一瞬だけムスッとするも、テキパキと高速でキャップを装着させていく無表情の水浪。

 そこへ、ステージを完成させた白土が瞳を潤ませながら近づいていく。水浪の服をくいくいと引っ張る。


「フラーちゃんはもうわたしの勉強を見てくれないの……?」

「いえ、本日からはあちらのアホがメインで教えるだけであって私は優里佳様の傍から離れませんよ」

「ホント? 良かったぁ」


 白土は水浪のことをフラーと呼び、水浪は白土を様付けで呼ぶ。

 水浪が従者を自称していると聞いてどんなものかと思ったが、ちゃんと主従の関係は成り立っているみたい。


 今日、休み時間や昼休みに今一度改めて白土を観察した。豆史が「ほらやっぱ白土さんのこと見てるじゃ~ん!」と言ってきたのが発砲したい対象第二位だったのはともかくとして、やはり白土が話す相手は主に日暮と水浪だった。

 日暮が席を外した時は水浪が白土の話し相手になり、日暮がいても水浪は白土の傍から離れなかった。今も内職しながら白土の傍にいる。

 従者と自称するだけのことはあるようだ。そうまでして将来の玉の輿に便乗したいのかよと思うが。


「刄金凌、さっさと勉強を教えやがれです。さもないと」

「フラーちゃんっ、わたしの作ったマ○オメーカーで遊んでみてっ」

「このように優里佳様が私にくっついてきます」


 白土がニコニコ笑って水浪に抱きつく。水浪は困ったように表情を少し歪ませるも、無視せず白土の相手をしてあげる。仲良さげだな。

 ちなみに俺は女子二人が抱き合ってイチャイチャする姿を見てホッコリしております。これが百合の世界か。いいねを押そう。


「白土、水浪は忙しいからこっちに来い」

「凌君がわたしのステージで遊んでくれるのっ?」

「違いますう~」


 そう言いながらもシャーペンでノート上のステージをプレイしてあげる俺は優しいと思う。

 ゲッソーが潜むブロックをスルーし、クリボーのタワーを踏み越えてゴールへ到達。


「はいクリア」

「じゃあ次は1-2を作る!」

「お前はまだ1-1すらクリアしていないだろうが、勉強の」


 先生に鍵と共に渡された資料は授業中に目を通した。資料によると、白土の勉強はそれなりに進んでいるんだとよ。九九からのスタートを危惧していた俺は非常に救われる思いだった。

 意外にも白土は勉強に関しては救えない程のアホではなかった。世間一般的に見れば中の下、もしくは下の上くらいだろう。


「あのねあのねっ」

「で、最近は高校一年生で習ったことを教えていたのか」


 しかし絶望的なのに変わりはない。水浪が1-1と例えたのは高校の範囲についてだ。

 中の下程度には勉強が出来るとしてもウチはそれなりの進学校だ。とてもじゃないが今の白土のレベルではついていけない。まあ俺もなんですけどね。


「ねぇ凌君っ。ね、ねぇ……凌君……?」

「水浪、どういう風に教えていけばいいか等の引き継ぎはやってくれよ」


 それでも恋人役よりは指導係の方が幾分かマシだと思う。まずは勉強をしっかりと教えよう。

 この一年間、指導係として水浪がどのようなやり方で教えてきたか、その辺の傾向は把握しておきたい。

 俺は水浪に話しかける。けれど水浪は答えてくれなかった。


「んあ? 内職で忙しいのは分かったからせめて口は動かして反応しろ」

「刄金凌も反応しやがったらどうでしょうか」

「はあ? 何にだよ」

「優里佳様が泣いていますよ」


 水浪は無数のキャップを装着させつつ無表情で息をつく。

 それが何を意味しているのか、俺はすぐに思い知った。袖を引っ張られ、涙を溢れさせる白土を見て焦ることになった。


「凌君……ひぅうぅ……!」


 玉のような涙が大きな瞳から大量に零れ落ちていく。

 白土は泣いていた。そりゃもう決壊したダムよろしく盛大に泣きじゃくっていた。


「は、はあ? なんで泣いてるんだよ」

「刄金凌が優里佳様を無視しやがったからです。お淑やかモードを解除した優里佳様はちょっとしたショックですぐ泣きます」

「涙腺もポンコツなの?」

「言っている場合です? どうにかしないと優里佳様が脱水症状で倒れます」


 脱水症状まで? 体の機能もポンコツなのかよ。どこまでポンコツなんだよおい!

 とか言っている場合じゃない。白土を宥めよう。


「泣くなよ。俺が無視したから? 無視はしていないぞ」

「り、凌君に、凌君に無視されたらわたし生きていけないよぉ……!」

「いや無視していないって。水浪に聞きたいことがあってだな」

「びえーんっ!」


 だーめだこりゃ。余計に話を聞いてくれそうにない。

 白土は泣き続ける。生徒指導室には滅多に人が来ないとはいえ、あまり大声で泣かれると誰かに気づかれてしまう。早めにどうにかしなくては。

 つっても話を聞いてくれない状態の奴を泣き止ます方法なんて……あ、そうだ。


「白土、こっち見ろ。折り紙が趣味だったよな? いいね! よっしゃ、折り紙で遊ぼうぜ!」


 子供のあやし方と一緒だ。何か物に関心を持たせよう。ナイスアイデア俺。

 俺はノートを破って白土に渡す。

 それを見た白土。瞳からさらに巨大な涙が零れ、えぇ!?


「凌君がわたしの作ったマ○オメーカーのステージを破った……」

「あ? あ、ああ、これ?」

「ぶええええぇ!」

「号泣!? 高校生にもなって号泣するなよ」

「甘いですね刄金凌。優里佳様は平然と号泣しますよ」

「お前こそ言っていないで手伝えって」

「百円でどうでしょうか?」

「ちょっと値上げしてるぅ! ああもう分かったから、払うから。手伝え貧乏ハーフ」

「仕方ないですね」

「涎が出ているぞおい」


 俺が百円を投げつけ、水浪は涎を垂らしながらこっちへ近寄る。俺と水浪は泣きじゃくる高嶺の花を必死に宥めた。宥めまくった。

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