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第8話 無表情ハーフ女子

 今日一日、俺と白土を尾行していたクラスメイトの水浪。彼女から発せられた言葉はかなり予想外だった。


「従者……? 使用人やメイドってことか?」

「そうです。メイドです。萌え萌えキューンしてあげます」


 水浪は両手でハートの形を作って俺に向けてきた。無表情のまま、ちゃんと空気を振動させているのか怪しい抑揚のない声と共に。

 全く萌えない。こうも仕草と表情が合っていないと逆に笑えてくる。逆にって何だよ。合コンで「何歳なの?」と聞いて合コンやったことねーけどなーあ~。


「知らなかった。従者がいたのね」

「そうです。私は自称従者です」


 無表情ハーフ女子高生こと水浪は萌え萌えキューンのポーズをやめて、尚も怜悧(れいり)な目でこちらを見つめてくる。

 なるほど、従者か。高嶺の花といえば隣に仕える人がいるのが定番だよな。政宗君で見た。


「つーことは白土の家って金持ちだったのか」

「いえ全然です。普通の家です」

「はい? 普通の家だったら従者を雇うわけがないだろ」

「ですから私は自称従者です。私が従者を勝手に名乗っているだけです」

「ああ、勝手にね。なるほど」


 俺は納得し、首を縦に振る。


「……それ意味ある?」


 俺は納得を撤回し、首を横に振る。Oh? 意味が分からないですYo?


「何がです?」

「勝手に従者を名乗っている。正式に雇われていない。給料を貰えていないってことだよな。そんなことして意味があるのかよ。一体何が目的だ」

「あなたには話してあげます。実は……」


 滑らかな髪が風に流されるのを押さえながら水浪は真一文字の唇を開く。

 これは何やら重大な秘密があるに違いない。覚悟した方が良さそうだ。俺は改めて身構える。


「お、おう」

「実は私の家は……貧乏です」

「え、ハーフなのに?」

「ハーフは関係ないです」


 これまた予想外の言葉。貧乏? 何そのカミングアウト。

 水浪は少しだけムッとした表情を浮かべるも、すぐに元の無に戻って話を続ける。


「とても貧しいです」

「ハーフなのにか?」

「だからハーフ関係ないです。貧乏なハーフだっています。高校生になってもお小遣いが貰えないです」

「お小遣いはハーフ以下なのね」

「さっきからハーフハーフうるさいです。訴えます。訴えられたくなければ五十円を払いやがれです」

「随分と安い恐喝だなおい」


 でも高校生にとってお小遣いを貰えないのは深刻な問題。勇者が王様から剣を貰えないのと同義だ。剣なしで世界を救え? 勇者なのに拳で戦えと? ブチギレ案件だよな。まずは王様を殴り殺して経験値を稼いでやろうぜ。俺は何の話してんだ?


「事情を理解してくれやがりましたか?」

「いや余計に意味不明だぞ。貧乏ならどうして給料が貰えない従者を自称してまで白土に仕えているんだよ」

「簡単なことです。白土優里佳は必ず玉の輿になります。あの美しさなら石油王は確定、上手くいけばゲイツも落とせます」

「いやゲイツは無理だろ」

「ゲイツもいけます」

「ゲイツは無理だって」

「ゲイツいけます」

「ゲイツは無理だ」

「ゲイツいけます」

「ゲイツは無理だ」

「ゲイツいけます」

「よしやめよう。訳あって無限ループにトラウマがあるんだ」

「夕日が目に染みるぜ」

「お前見てたな? あの惨状を見てやがったな!」


 あの日も俺らを尾行して様子を見ていたのかよ。


「まあいい。説明を続けろ」

「玉の輿、つまり大金持ちです。お金いっぱいでウハウハです。その際、私は従者としておこぼれにあずかりたいのです」

「……将来勝ち組になる白土に、今のうちに媚を売っておこうってこと?」

「そうです。今は自称だとしても、このポジションを死守して切っても切れない主従関係を築いて白土優里佳の玉の輿に便乗します」

「お前中々に頭悪いな!?」


 思わず叫んでしまう。すると水浪がまたしてもムッとした。


「私は頭悪くないです。白土優里佳にはそれだけの可能性があるということです」

「だとしても賭け要素が強すぎる。高校生なら他にやるべきことあるだろうに」

「刄金凌の言いたいことは分かります。貧乏なら働け。尾行する暇があるならアルバイトをしたり体を売ればいいと思ってやがりますね」

「いや体は売らなくていいから」

「私では売れないと? 訴えます。訴えられたくなければ百円寄越しやがれです」

「ちょっと値上げしてるぅ」

「正直、白土優里佳にはガッカリです。まさかあんなポンコツだとは思わなかったです。この一年間、必死にポンコツを治そうとしましたが駄目でした」

「……あ、そうか。自称だとしても従者をやっているなら白土のポンコツを知っているよな。水浪も俺と同じ、指導係なんだな」

「そうです。ちなみに秘密を知る人は他にもいやがりますよ」


 そういえば三十路の先生がアホの俺に依頼する前に優秀な奴に頼んでいたと言っていた。それが水浪だったと。はへー。

 何より、学校生活で白土のポンコツが露呈しないよう傍で監視する生徒が必要だ。その役を水浪は従者として果たしていたってことだ。

 やっと全体像が見えてきた。確かにこいつの言う通り、俺らは同じ任務を受け持った味方だ。

 水浪は淡々と話し続ける。


「ですから刄金凌、私はあなたに協力します。あなたが白土優里佳を完璧な高嶺の花に育ててくれやがったらゲイツ攻略にグッと近づきます。きっとゲイツなら『従者にお小遣いをあげよう』と言って一兆円はくれるはずです」

「さっきからゲイツに失礼じゃね?」

「ゲイツは良い人です」

「お前はゲイツの何を知っているんだ」

「総資産がすごいです」

「金しか見えてねーのな」


 無表情で金とゲイツのことばかり言いやがって。

 とりあえず水浪が俺の味方だということは理解した。動機はアホだが、俺に協力してくれるのだろう。アホだが。ハーフのくせにアホだが。

 まあ秘密を知る生徒が自分以外にもいるのは心強い。服部が仲間に加わった気分。


「協力して白土優里佳を高嶺の花にしやがりましょう。目指すはゲイツ籠絡(ろうらく)です」

「少し不安だが頼りにしていいんだよな?」

「それはこっちのセリフです。あなたみたいなアホに白土優里佳を治せるとは思えないです」

「お前中々に口が悪いよな。ちょくちょく俺をディスりやがっ」


 俺の声は大きな腹の音によって掻き消される。

 ぐうう、と鳴った空腹のサイレン。それは水浪の腹部から轟いた。


「お前、腹が減っているの?」


 指摘すると、ずっと無表情だった水浪の顔が赤らんで歪んだ。


「だって何も食べずにあなた達を観察していましたから」


 お腹を押さえてこちらを睨んできた。睨むなよ。生理現象をおちょくる程、俺は子供ではない。


「指導係を押しつけられたあなたと違って私は必死です。なんとしても白土優里佳を高嶺の花にして将来は裕福な暮らしを送りたいのです」


 その為なら今の貧困な日々を耐えてみせます。そう付け加えてもう一回お腹が鳴り、水浪の顔はさらに赤くなる。


「こっちを見やがらないでください。訴えますよ」


 今日、俺がポンコツ白土に振り回されている間こいつは何も食わずに様子を見続けていた。じっと我慢していたのだろう。

 今日だけではない。ずっと前から。白土が完璧な高嶺の花になる日を待ち望んで……。


「はあ~……なんで俺の周りにはアホしかいないんだ」

「うるさいです」

「コンビニ行くぞ」

「コンビニ?」


 近くにあったコンビニで俺は肉まんを買い、そのまま水浪に渡す。


「食えよ」

「……いいのですか?」

「俺に協力してくれるんだろ? じゃあ俺もお前を助けてやる」

「でも」

「涎が出ているぞ」

「私は感情が(たか)ぶると涎が出ます」

「犬みたいだな。いいから食べろよ」

「で、では」


 水浪は肉まんを受け取ると、一気にガブッと半分を頬張る。

 直後、頬を白土並みにとろけさせて目を細めた。


「ん~っ、美味しい~っ」


 それはもう、この世でこれ以上の喜びはないと言わんばかりの幸せそうな笑顔。水浪の周りにいくつもの花が咲き乱れた。

 水浪は暫しの間、恍惚そうにとろけていたが、我に返って俺を睨みつける。


「こっちを見やがらないでください」

「気にするなよ。残りも食べたら?」

「残りは明日と明後日に取っておきます」

「いや今食べろよ。明日どころか明後日の分も? 肉まんを明後日まで延命させる奴がいるか」

「ここにいます」

「偉そうに胸張るな」

「胸? 胸って言いやがりました? セクハラです。訴えられたくなければ肉まんもう一つ買いやがれです」

「こいつホントに頼りになるのかよ……」

「美味しい~っ」


 一つの肉まんをタッパーに入れながら、もう一つを幸せそうに頬張る水浪。

 それを見て俺は本日何度目になるかマジで分からないため息をつく。なーんか変な仲間ができてしまった。

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