第7話 自称従者
気絶を経たおかげか、気力タンクは少し溜まっていた。俺は僅かな気力と膨大な鬱憤を燃焼させて流行りの歌を熱唱する。
「凌君カッコイイっ。いぇーい!」
「バスタオルをロックフェスみたいに振り回すな」
バスタオルによって室内に大きな気流が発生する中、画面に表示された『84点』を見て満足する。さすが俺。中の上に相応しい点数だ。
歌い終えてソファーの端っこに腰かけると、白土はすぐに距離を詰めて隣に座ってきた。
「歌う凌君もカッコ良かったっ。すごいっ!」
「そうか? 84点なんて上手い奴からしたらしょぼい点数だぞ」
「そうなの? でもわたしテストで84点なんて取ったことないっ」
「でしょうね」
「やっぱり凌君はいつ見ても……きゃーっ」
こちらに向けられる爛々とした瞳。大きいおかげか、天井のミラーボールが放つ光を反射させて燦々と輝く。
んー、河川敷に寄り道した際にも思ったが、どうもこいつは俺のことを過大評価している節がある。
「お前はカッコイイって言うけど俺はそんな大したことねーよ?」
「そんなことない! 凌君は、凌君はね、すごくカッコイイんだよっ」
「目もポンコツなのね」
俺は中の上だっつーの。見た目はそこそこカッコイイ程度だ。あらやだ自分で言うとナルシスト感が出ちゃう。
そんなことを考えていると、白土がマイクを手に持った。
「じゃあ次はわたしが歌うねっ」
「よーしそろそろ出ようぜ」
俺はすぐに立ち上がり、白土を引っ張って部屋から出た。一日にそう何度も気絶してたまるか。
公園に戻ってきた俺らはベンチに座ってデートの練習を続ける。公園でのデートといえばお喋りだ。
「凌君はゲートガーディアンの三体でどれが一番好き?」
「スーガ」
「じゃあ好きな嵐脚は何?」
「群狼連星」
なあ白土よ、それが恋人にする話題か? どうかしているぞ。即答した俺もどうかしている。
なんというか、これでいいの?
俺が困惑する間も白土は笑顔を絶やさずいっぱい話しかけてくる。
「あのねあのねっ、わたし折り紙が趣味なのっ」
「どんなのを作るんだ?」
「最近作ったのはリードシクティス・プロブレマティカス!」
「おーけーぐーぐる、リードシクティス・プロブレマティカスって何?」
「今度持ってくるねっ」
「トラックで搬入するつもり?」
いやマジでこんなトーク内容でいいのかよ。木のピッケルでレッドストーン掘るくらい不毛な会話だぞ。
とはいえ、思った以上に白土はお喋りが好きらしい。自分の趣味を話したり俺に質問したりと、口はずっと開きっぱなし。
「凌君は好きな食べ物は何?」
「美味しいオムライス」
「じゃあ飲み物は?」
「アロエドリンク」
「へえ~っ。じゃあ好きな食べ物は?」
「五秒前に聞いたよな」
「好きな飲み物は何っ?」
「なあ、わざとやってね?」
白土はただのお喋りでもポンコツを遺憾なく発揮する。
いやだからもうちょい恋人らしいトークを……って、え?
「え、えへへ」
二つ結びされた髪の片方の束が俺の首元をなぞる。それと同時に濃くなる女子特有の良い香り。
あまりに自然に、不意に、それは突然に。白土が頭を俺の肩に乗せてきた。照れながらもどこか積極的に、まさに恋人のように自然な流れで密着してきた。
「あのー、白土?」
「凌君っ」
「いやいや、恋人みたいなことするなよ」
「こ、恋人だもん! わたしと凌君は恋人っ」
「恋人という設定な。俺は彼氏の役割を果たすだけであって正式な彼氏ではない」
「それでもわたしの彼氏だもんっ。こ、こういうことしてもいいんだよ」
「まあそうなの、かな?」
「ぶぃひひ~」
「すごい声。乙事主みたい」
だらしない声と笑顔。白土は続けざまに俺の指を手のひらで包み込み、赤ちゃんのようにぎゅっと握ってきた。
……これも河川敷の時に思ったんだが、白土はボディタッチが多い。やたらと甘えてくるのだ。
肩に頭を乗せられる、指を握られる。どれも男子ならキュンキュンしてニヤけてしまうアクションだ。豆史なら永遠に気絶しているよ。俺でも少しドキドキしてしまう。
「ねぇ、凌君の好きなタイプは?」
「好きなタイプ? 女性の?」
「う、うん」
「そうだなあ、実際の人を挙げるなら日ぐ……」
「ひぐ?」
「なんでもない。まあ、中の上かな」
「中の上?」
「白土の足元にも及ばない人ってことだよ」
「わたしの足元? あ、小石があるよっ。えぇ!? 凌君は小石がタイプなの!?」
「違うそうじゃない」
足元の小石を拾おうとする白土を制して俺はため息をつく。本日何度目のため息だろうね。ようやくとんこつの匂いがしなくなったよ。
「頑張るっ。よく分からないけどわたしはわたしの足元にも及ばない人になってみせるっ!」
「高らかに弱体化宣言しているってことだぞ」
「じゃあ次の質問っ。え、えっとね、凌君は中学生の時に……あっ……」
白土が固まった。矢継ぎ早に動かしていた口を閉ざし、公園のゲートを見る。
俺も同じ方向に目をやると、そこには一台の車。窓が開き、三十路の先生が顔を出した。へえ、迎えに来てくれるなんて優しい叔母さんだな。
俺は感心しつつ、この距離ならロープを躱せるかもしれないと余計なことも考えながら白土にデート終了の旨を告げる。
「あの人が来たってことは帰る時間だ。お疲れさん。じゃあまた学校で」
「……」
「どうした?」
「……まだ凌君とお喋りしたい」
マジで? 俺はお前とこれ以上会話をしたら頭おかしくなりそうなので良い頃合いだと思っているぞ。
なんてことは言わず、白土を立たせようとする。
が、白土は立とうとせず俺にピッタリくっついたまま動こうとしない。
「おい帰ろうぜ」
「やだぁ……」
「ワガママは小学生までにしとけよ」
「実はわたし小学生なの」
「コナン君かな? 見た目は大人、頭脳はポンコツのくせに」
「もっと……だ、だって初デートだもん……凌君……」
乗せた頭を意地でも離そうとしないし、俺の指を握る手に力が増す。
言ってしまえば駄々をこねる子供そのもの。しょーもない嘘をついて抵抗してくる。何をしているんだこいつ、と思う。
……俺はさっさと帰りたいはずなのに。無理やりにでも白土を立たせればいいだけなのに。
自分でも分からない。どうしてだろう。
俺は白土の髪を撫でた。
「へ……? 凌君?」
「あ……悪い、今のキモかったな」
なんてことだ。ラノベ主人公みたいなことをしてしまった。女の子の髪を触るなんて胸を触るのと同罪だ。
でもまあ彼氏役だし、これくらいは許してもらえる?
試しに車の方を見る。三十路がサムズアップして微笑んでいた。セーフ。
「凌君がわたしの頭を……っ、も、もっと撫でて。もっともっと!」
「いやでも先生が待っているぞ」
「でも……あうう……」
甘ったるい声を出していたかと思えば急激に落ち込む。感情の変化が激しく、見ているこっちが疲れてくる。
落ち込みすぎではなかろうか。なんで寂しそうな顔をしているんだよ。あー面倒くさい。
……面倒くさいのに放っておけない。本当、どうしてだろうな。
「はあ……またデートすればいいだろ」
「おまた……?」
「『お』は付けなくていい。意味が変わってくる」
「またっていつ? 来週?」
「来週も。これからも。そうだろ?」
当分は付き合ってやるよ。だって俺はお前の恋人役なのだから。
俺は笑ってみせる。人に笑顔を向けるなんて滅多にしないから確実にぎこちない笑顔だろう。
それでも、白土は笑い返してくれた。俺なんかとは比べものにならないとびきりの笑顔で。
「う、うん……うんっ! またラーメン食べに行こうねっ」
「ラーメン以外で頼む」
「次はリードシクティス・プロブレマティカス持ってくるねっ」
「リードシクティス・プロブレマティカス以外で頼む」
悲しそうな表情は満面の笑みに早変わり。白土はベンチから立ち上がると、車の方へ走っていく。
ふと、こちらを振り向く。髪が宙を舞い、その姿は俺の目を釘づけにした。
「バイバイ凌君っ。今日はとてもすごく楽しかったっ!」
「……うっす」
「えへへ~!」
またしても満面の笑み。本当に、最高に、とてもすごく良い笑顔と共に白土は車に乗り込んだ。
それを見届けた俺は自分が無意識に頬をかいていたことに気づく。どうやら照れているらしい。何だよ「うっす」って。ダセー。
「でも確かに、役得かもな」
あまりにお粗末なポンコツっぷり。学校の奴らは知らないし、そして、無邪気に笑う白土も知らない。
でも俺は知っている。今日ずっと見ていた。すげー嬉しそうに笑う、白土の本当の姿を。
あいつ、あんなにも良い笑顔をするんだな。
無邪気なあいつを傍で見ていられるなら彼氏教師も悪くない。そう思えた。
「まあ胃と耳とメンタルをボロボロにさせられたのは許さないけどな!」
終わり良ければ全て良しで片付けないよ俺は。その辺は譲らないよ俺。プラスよりもマイナスの方がデカかった。メンタル赤字だよバーカ。
俺は車が走り去っていくのを眺め、その場で伸びをする。ああ、やっと終わった。
ルールが厳しいラーメン屋、意識を失うカラオケ、とんちんかんなトーク。どれもポンコツだ。総合的に見れば気分は最悪に近い。
けれど、そこまで嫌じゃなかったと思う自分がいた。どうかしてますわよワタクシ。
さて、俺も帰るか。俺は公園の出口へ歩く。
「が、その前に」
俺は首を横に半回転させて、あ、ヤベ、嫌な骨の音がした。いやそうじゃなくて。
背後に視線を向ければ、誰かが物陰に隠れた。見逃すとでも思ったか。凝は怠らないぞ。
「誰か知らないが、今日一日ずっと後ろをつけていたよな。隠れていないで出てこいよ」
俺は頸椎をさすりながら物陰へと向かう。
そこにいたのは、白色と金色の二つを合わせ溶かしたようなシルバーブロンドの髪の女子だった。
無表情で俺を見つめ、口を開く。
「気づいていましたか。やりやがりますね」
細く且つたっぷりとした長髪は銀の輝きを放つ。水流のようにまっすぐで背中まで伸びており、指や櫛を抵抗ゼロで通過させるであろうサラサラの質感が見て分かる。瞳はパッチリとしており、透き通るような水色。
日本人離れしているのは髪や瞳の色だけではない。彫りが深くて高い鼻も特徴的で美人の鼻だ。
確かこいつは……。
「えっと、水浪だっけ?」
「水浪フラヴィアです。クラスメイトの名前は覚えておきやがれです、刄金凌」
抑揚のない口調。やや冷淡な言い方。俺なんかしたっけ?
「どうして水浪が俺と白土を尾行していたんだ」
「しんちゃんの声優って変わりましたね」
「話の逸らし方が下手すぎるだろ」
「Oh,私は日本語よく分かりませんYo~」
「いや嘘つくなよ。お前は日本語ペラペラのはずだ」
無表情でYo~って言うな。無表情なのに手を両頬に添えて可愛いポーズすんな。
水浪はハーフだ。見た目は西洋人オゥイエスビューティーアハンだが、こいつが日本育ちなのは知っている。情報源は豆史。
水浪はポージングをやめてブルーアイズを細めた。
「軽いボケです。冗談が通じやがらない男です」
「いやそういうのもいいから。どうせ白土のことだろ」
俺は水浪と話したことがない。でもこいつがよく話している相手は知っている。白土だ。
つまり、尾行していた理由は白土関連で間違いない。
「刄金凌。私はあなたの味方です」
「……どういうことだ?」
俺は少し身構え、抑揚なく淡々とした口調で発せられる言葉に含まれた意味を探る。
対する水浪は声の調子も表情も崩さず、もったいぶらずに新たな情報を付け足してきた。
「私は白土優里佳の自称従者です」