第42話 文化祭・前日
放課後は余すことなく費やし、帰宅後は電話に付き合いながらも手を動かし、寝る時間を割いて作業に没頭。
少しずつでも着実に。一歩が小さくとも確実に。
当日までに必要な物を揃えていき、三十路が入手し提供する情報を頼りに対策を練り、本番を想定して特訓しまくって完成度と達成度を上げていく。
そして遂にこの時を迎える。
と言うのは一日早いが、でも言わせてくれ。それくらい頑張ってきたんだ。
「いよいよ明日か」
五月が終わり、六月に突入。今日はその第一週目の土曜。
明日は、待ちに待った文化祭だ。
「おお……長いようで短かったなあ」
夕日が射し込む廊下で俺は一人、卒業式みてーなコメントを呟く。
校庭では数人の生徒がテントを組み立てていた。校内にも数多の生徒がいる。誰もが焦りと興奮を混ざり散らし、齷齪と動き回っていた。
まさにラストスパートってやつ。備品の最終確認や運搬で大忙し、休日にも関わらず大賑わい。特にここ数日間は真夏日のように暑苦しかった。
「よっと」
現在、俺は看板を運んでいる。クラスメイトが作った看板だ。
今日に至るまで俺はクラスでの手伝いをほとんどしてこなかった。しなくていいと三十路に言われたが、せめて前日くらいはクラスに貢献したい。時間もあることだし。
ってことで看板を運搬中。
「うぐっ、でも一人で運ぶのは無理があったか」
呻き、呟き、両手の力を入れ直す。廊下が短いようで長いなあ。
と、前方から複数の足音と声が聞こえてきた。
「ミスコン楽しみだな!」
「白土さんのPR動画観た?」
「観たに決まってんだろ! めっちゃ可愛かった!」
「白土さん、あぁ白土さん……!」
四人の男子が廊下を駆ける。
彼らの足取りは軽やかで、そして全員、鼻の下がデレデレに伸びていた。
「俺は十回以上観た!」
「俺は二十回!」
「俺は毎朝毎晩必ず!」
「俺は観すぎて通信制限かかってしまった……」
どんだけ観ているんだよ……。あいつがソシャゲのプロフィール欄並みに簡素な挨拶を述べて微笑んでいるだけだろ。
ちなみに撮影したのは俺だよ。撮るの大変だったよ。
そんなメイキングは知る由もなく、四人組は俺をモブキャラのように一瞥もせずに横切っていく。
「整理券の配布開始は何時だっけ?」
「忘れんなよ。八時だ」
「ようし、明日は朝五時に集合な!」
「最前列で白土さんを見よう!」
五時集合? コミケかな?
俺は走り去っていった男子達の背中を見送り、呆れつつも驚嘆の息を吐く。
「さすが高嶺の花だな」
先日、我が校に衝撃のニュースが報じられた。
昨年度の覇者、白土優里佳が今年もミスコンに出場する、と。
二連覇を狙って出るはず、いや勝って当然なのだから敢えて出ないだろう、いやでも白土さんがエントリーしたと部活の先輩の友達の実行委員が言っていたっ、といった噂程度のリークや憶測はよく耳にした。真偽をハッキリさせたくて実行委員長に殴り込んだ奴もいたらしい。ヤベェよな。
中々に荒れていたが、数日前に出場者紹介を兼ねたPR動画が実行委員のSNSで公開されたことによって白土の参加は確定的なものとなり、瞬く間に全校生徒が知ることになった。
白土が今年も出場する。白土をミスコンで拝むことが出来る。
この事実はスネーク参戦を知った海外勢のように男子生徒のテンションをエクスプロージョンさせた。
ある男子は喜びのあまり感涙し、ある男子は興奮のあまり失神し、ある男子は白土に万札を渡して感謝を述べたそうな。だからヤベェだろウチの高校。
それ程に白土の存在は凄まじく、そんなこんなで数日前から真夏日のように暑苦しい。
事情を知悉してる俺にとっては異様に盛り上がる男子生徒の宗教じみた熱気が鬱陶しいことこの上ない。
「おかげで頭がおかしくなりそうだよ、っと」
当日ウチのクラスが使用する教室に到着。
看板を下ろし、壁に立てかける。
「にしても、これは……」
改めて見て思わず失笑する。
看板には『二年一組 タピオカジュース店』と書かれてある。これは問題ない。良い出来だ。
問題は、その下に記載された文章。
『二年一組には昨年のミスコン優勝者とイケメン男子がいます!』
考えるまでもなく白土と豆史のことだ。
確かに事実である。嘘ではない。
けれどイケメンの正体はただのアホだし、白土に至っては模擬店に参加しない。
なんとまあ酷い。限りなく詐欺だ。どうやらウチのクラスには商売上手な奴がいるらしい。
これを書くとしたら誰だろう? クラスの姉御的存在、日暮のアイデアかな。
んー……日暮ではなさそう。
俺はもう一つの看板に視線を落とし、今度は苦笑する。
『ミスコン準優勝者もいるよ!』
文字は『準』だけやたらと大きく書かれており、ご丁寧に昨年のミスコンの票数も載せられていた。
分かりやすく、一位と二位の票数のみ。
明らかになる、トリプルスコアの大差。
……なんと、まあ、酷い。
「マジキメェ。吐き気がする」
背後から声がした。それこそ吐き捨てるような、不機嫌さをたっぷり練り込んだドスの利いた声が。
「よ、よう、日暮」
振り向くと日暮が立っていた。怒気に満ち、殺気立った悪女が。
日暮は挨拶を返さず俺の横に並び、ひえぇ近い、目を糸のように細めて看板を睨みつける。
「これ書いた奴はクソや。性格悪すぎるやろ」
性格の悪さならお前がナンバーワンだよ。
そのまんま言えば「しゃーしぃ!」から「この無個性男が!」のワンツーで迎撃される。頭に浮かんだ言葉はCtrlキーとZキーの同時押しで消去。
俺は見せるようにして肩を竦める。
「この看板を作ったのはクラスの女子か?」
「そうに決まっとるやん。こんな露骨に準優勝やトリスコのこと強調してあたしを馬鹿にしとるんよ」
歯噛みする日暮。ダイナミックに片足を振り上げ……あ、蹴るつもりだ。
「クソが!」
ほら蹴った。
炸裂音と共に看板がへこむ。
「やめろよ。明日使うんだぞ」
「しゃーしぃ! 黙れ!」
「はい黙りまーす」
さあ困った。この場にいるのは俺らのみ。
となればこいつは隠さず遠慮せず化けの皮を剥がす。やだなあ。
「あたしが率先して準備をしてきた。クラスの姉御的存在として働いた。なのに……どいつもこいつもアホばっかや……!」
日暮は歯茎を剥き出して唸る。
確かにお前はよく働いていた。指示したり、鼓舞したり、クラスメイトをまとめあげる姿は幾度も見た。
なのに男子はどいつもこいつも白土のことばかり。ここ数日のトレンドは常に白土のミスコン参戦のことばっか。日暮の怒りは尤もだ。
でも俺を睨むのはやめてもらえませんかね?
「女子は『やっぱトリスコ出場するんだってー。ウケるー』とか言うて、男子共はユリのPR動画ばっか観とる。はぁ? おい刄金ぇ!」
俺は一歩退いて悲鳴を漏らす。ひいー。
先程の男子達が喜のエクスプロージョンだとしたら、日暮は怒のエクスプロージョンだ。怨恨がすごいすごい。
不服なのも分からんでもないよ。他の出場者のPR動画もアップされているのにね。
まあ俺も日暮のPR動画は観てないけど。昔の俺なら通信制限がかかるまで無限ループしただろうなあ。
俺はもう一歩退き、ボソッと話しかける。
「いよいよ明日だな」
「やっとや。ようやくあのポンコツ女をぶっ倒せる。どんなに待ち望んだか……!」
「秘策ってのは上手くいきそうか?」
「それで探り入れとるつもり? 下手すぎやろ。敵のアンタに話すわけないって前も言ったやろがこの低知能が」
相変わらず口が悪いですこと。
「ピリつくなよ。そんなつもりはなかった」
首を横に振り、ついでに一歩下がる。
これで三歩目。この調子でフェードアウトして逃げよう。
「まぁ少しだけ教えたる。あたしの準備と秘策は完璧や」
日暮が体ごとこちらを向き、距離を詰めてきた。俺が地道に広げてきたのが一瞬でパー。あらまー。
「クラスの作業をしながらも時間を作って準備してきた。寝る間を惜しみ、テスト勉強もせずに。ユリを倒す為に!」
つーか結局話すのね。とても自慢げだ。
「ちなみにテストの結果は?」
「赤点やけど? それが?」
「お前も終わってるね」
「しゃーしぃ。ふんっ、そっちはええよな。ミスコンのみに集中出来たんやけん」
「まあ、な」
「クソが……! 言うとくけど、盛り上がってるんはほとんど男子や。女子の中には呆れとる奴もおるんやから」
「呆れる? 白土が出場することにか?」
「アンタは知らんやろ。女子の僻みっぷりを」
そう言い、日暮はスネイプ先生よりも意地悪い口調でねっとりと語りだした。
「圧勝なのは目に見えとるのにわざわざ出る意味が分からん、そこまでしてまだ注目を浴びたいんか、あーやだやだ、あーはいはいあの子の勝ち……こんな風に考えとる拗ねたキメェ女子だっておるんよ」
「……」
「ただの僻みやけどな。陰でイキっとるだけや。表舞台に立つ勇気も容姿も持っとらん雑魚よ。あたしは違う。あたしは堂々と……おい聞いとんのか?」
「聞いてるよ」
俺はテキトーに返事し、瞼を閉じて深く潜る。
さすが高嶺の花だな。
自分がさっき呟いたこの言葉には、色んな意味を含ませることが出来る。
称賛もあれば、日暮の言った僻みってのも……。
「刄金、おい刄金」
「何だよ」
「アンタ、今なら寝返ってもええよ」
「……寝返る?」
途中から聞いていなかった。いきなり何を言っているんだこいつは。
「今ここで忠誠誓うんならあたしの右腕にしちゃる。アンタはあたしの秘密を知る唯一の男子。手元に置いとって損はない」
「……お前に損がないのと同様に、俺には得がないんだが?」
「あるやろ」
即答し、日暮はほくそ笑む。
「どいつもこいつもユリの勝ちや思っとるけど、優勝するんはこのあたしよ」
「随分とお自信お満々だな」
「は? 何それクソキメェんやけど」
そりゃえらいすんませんね。
「あー、白土はお前に負ける、と?」
「そうや。明日、世界が変わる。あたしが勝つ。そうなった時、連覇狙っていそいそと出てきたくせに負けたユリはボロカスに嘲笑われて蔑まされるんよ」
「……ふーん」
「アンタとフラヴィアも負け犬の従者という惨めな存在に成り下がる。それは嫌やろ? やったら」
「意気込みは伝わったよ。だが勝算はあるのか? 相手は白土だぞ」
言葉を途中で制し、俺は疑問をぶつける。
今年度の入学者は白土目当ての男子が多い。ここ最近はあいつの話題ばかり。
下馬評は調べるまでもなく、現時点で日暮は圧倒的に劣勢だ。
別にお前の秘策の内容を聞きたいわけじゃないけど、なぜ勝てると断言出来るんだ。
「他の馬鹿共はともかく、指導係のくせに何も分かっとらんのやな」
ほくそ笑みは大笑いに変わり、日暮は口を大きく歪ませて俺に視点を合わせる。
瞳の中が悪意に満ちていく。嘲笑い蔑む。
まるで白土をコケにするかのように。
「あのユリよ? いくら容姿は良くても中身は所詮ポンコツのまま。一人じゃ何も出来ん。救いようのない、しょーもないカスや」
……。
あ゛?
「ただのイカレ女。何が高嶺の花や。今のあたしなら余裕で捻り潰せる。な? どっちにつくべきか明白やろ。あんなクソポンコツの世話係なんて辞めてあたしの下に……何なんその顔?」
「……」
「睨むなや。文句あるんか?」
「何も分かってねーのはお前だよクソ女」
「はぁ……? 何やと、おいテメェ……」
胸ぐらを掴まれ、睨み返される。
日暮はもう片方の手で拳を作った。
日暮が拳を、俺めがけて……。
「お、いたいた。凌! やっほーい!」
廊下に轟くアホの声。
見れば、豆史がこちらに走ってきていた。
「ちっ、ウゼェ奴が来た」
振り落とそうとした拳を解き、胸ぐらを掴む手を離し、それらの手を胸元で合わせて首を傾ける。
一瞬にして日暮の表情は柔らかくなった。
「わ~海月君だ~。さよ~なら」
「日暮さん!? 会って早々に別れの挨拶はおかしい!」
「あはは~、海月君うるさ~い。ね~刄金君?」
仮面を装着し、ちょいと毒含むいつもの挨拶で豆史を迎え撃った。その後、俺の方を振り向いて笑みを飛ばす。
俺は曖昧に頷き、すぐにフレームアウト。豆史に話しかける。
「よう豆史。看板は運び終えたぞ」
「なら早く戻ってきなよ。遅いから様子を見に来た!」
「わざわざありがとな。あと助かった」
豆史は「何が?」と尋ねたが、俺は答えずに目を逸らす。
「? まぁいいや。そんでね、今からファミレスで前夜祭をするんだってさ」
ニパーッと笑って豆史は片手の親指を立てた。サムズアップし、それをクイクイと動かす。
俺も来いってことか。
誘ってくれるのは嬉しいが、断ろう。
「俺はいいよ。ほとんど手伝いしてねえ奴が来てもみんな嫌がるだろ」
「大丈夫さ。そんなこと気にする人は半分程度さ!」
半分もいるやないか~い。
「やめとくよ。まだ仕事が残っているし」
「マジ? 生徒会の手伝いってヤバイね」
「わりーな」
「残念だけど仕方ない。ん、じゃあね! 明日は一緒に頑張ろう!」
「ああ」
お前と一緒に楽しめる時間はないけどな。
でも返事は努めて明るく返す。踵も返す。
「じゃあな豆史。それと……」
思い出し、後ろを振り向いて豆史の横に立つ人物に視線を向ける。
ああ、そうだ、返答がまだだったな。
「日暮もじゃあな。ま、明日はせいぜい頑張れよ。クアドラプルスコアにならないようにな」
俺は負けじと顔をねっとりと歪ませ、キッパリと言い放つ。
日暮の頬がピクッと痙攣した。
「……それが刄金君の答えなんだね~?」
目尻が険しく吊り上がり、けれど静かに微笑む日暮。
豆史がいる前じゃそれが精いっぱいなのね。ざまーねーなクソ女。
せせら笑い、俺はその場を後にする。
「ねぇねぇ何の話? 俺にも教えて」
「ん~? 海月君が明日、ミスコンであたしに票入れてくれたら教えてあげる~」
「じゃあ諦める! 俺は白土さんに入れると決めてるのさ! あぁ白土さんブヒヒ~!」
「……あはは~、そっか~」
後ろから聞こえるやり取りを聞き、俺は笑いを堪えていつもの部屋へと向かった。
開錠、入室。生徒指導室に入る。
「よお、白土」
「り、凌君?」
施錠、挨拶。白土に話しかける。
「一人で何してんだ?」
ソファーに座った白土。
せっせと、そんでもって丁寧に手を動かしていた。今はその手を鞄の中に突っ込んだ。
何かを隠した。まあチラッと見えたが。
「折り紙か。ノルマ分は作り終えたはずだが?」
「え、えっと、違うよ、セリフの練習をしてたの!」
「それも完璧に仕上げただろ」
「そ、そっか。じゃあ折り紙でもセリフでもなくて、えっと、うんと……な、何でもないっ。ひ、ひゅるる~」
白土はアタフタした後、答える気はないと言わんばかり口笛を吹く。
何でもないってことはないでしょーよ。それで誤魔化せているとでも? 口笛吹けてねーし。口笛も下手くそなのかよ。
「ま、居残りは程々にな」
言及はしないでおこう。
折り紙もセリフも完璧に仕上げた。前日くらい好きなように過ごさせてやろう。
それくらい頑張ってきたんだ。
こいつは、頑張っていた。
……。
「なあ白土」
「ねぇ凌君、中学校に行こっ」
「……はひ?」
「ふへほ?」
ハ行を紡いだ俺ら。白土はニコリと笑い、俺は顔をしかめる。
「お前はいつも言葉不足だよな。なぜ中学校に行くんだよ」
「着いたら話すよっ」
「そーですか。まあいいけど」
丁度、俺もお前に聞きたいことがあった。
「レッツゴー!」
「おー」




