第41話 夜も電話でトーク
出来の悪さは過去最悪。どの科目も手応えがなさすぎて笑えた。選択問題が全問正解ならギリなんとか赤点は回避、といった希望的観測を抱くのも烏滸がましい程に記述問題はほぼ白紙でフィニッシュ。
一昨日、昨日、今日の三日間で中間考査が行われた。
答案用紙の返却はまだだが、待たずとも凄惨たる結果なのは分かる。だって俺はテスト勉強を全くしなかった。
ノー勉で挑んで良い点が取れる程、進学校のテストは甘くない。おばあちゃんがくれる謎の飴よりも甘くない。世のババア共はどこであの飴を仕入れてくるのか教えておっけーぐーぐる。
「ちなみに白土はどうだった」
『テスト? そだねー、運が抜群に良ければ一つくらいは赤点を……ううん、やっぱり全部赤点かもっ!』
さすがはヤバめの馬鹿。一応は僅かな希望と可能性を踏まえて見積もり、だとしてもやはり全滅だと豪語する。その潔さには張本さんもあっぱれを授けるだろう。
こいつよりはマシだなと思うも、所詮はどんぐりの背比べ。進学校の劣等生という自覚はある。
「俺ら終わってんなあ」
だが同時に俺はよくやった、寧ろ偉いとも自負します。
学校側が不正入学させた美少女の為にテスト期間中もミスコン対策に耽溺したんだ。仮に責め立てる教師がいたら「ほーん? そんなこと言っていいのぉ?」と噛みついてやろう。困るのは誰だろうねぇ。
よって俺は悪くねえし、テストがボロボロでもノーダメージ。赤点とセット売りでついてくるエンドレス補習のペナルティは三十路聖母が大嘘憑きよろしくなかったことにしてくれるはずだ。いっそのこと赤点を大量に取って両親を唖然とさせたいね。たぶん母さんはグーで殴る。
『でもねでもねっ、勉強は凌君が指導してくれるようになって少しだけ出来るようになってきたよっ』
「良かったなー」
『それでねそれでねっ、今さっきまでお家でセリフを言う練習をしてたの。もう噛まずに言えるよ。わたし頑張ってるっ』
「そうかそうかー」
『凌君? なんだか返事がテキトーだよ?』
そりゃそうですよ。これに関しては大ダメージだ。
俺はベッドに寝転がり込んで自室の天井を睨みつける。スマホを耳に添えて。
今日は中間考査の最終日。テストを終え、休むことなく午後をフルに使って折り紙作り、PR動画撮影、セリフの練習に営々と勤しんだ。
そして現在、夜の八時。
夕食と風呂を済ませてさあゆっくり寛ごうとした俺は今、白土と通話している。正確に言えば、させられている。
……いと悲しきかな。俺のプライベート、どこいった。
彼氏教師を任命された日を境に、俺が人並みに有していた自由時間は激減した。加えて、白土を部屋に招いて帰りは送り届けることによってさらに減った。
この時点で嘆きたい。放課後という名のオープニングであり、学生はそこからが本番である、一日のうちで最も貴重なゴールデンタイムは完全に消滅した。酷い話だよ。とほほ。
それでも、夜は、夜だけは俺だけの時間だった。
ゲームに興じ、心を癒す。早めに就寝し、体を休めるのも良し。
たとえ二、三時間足らずだろうと今や唯一のプライベートタイム。気ままに過ごせる安息のひと時。最後の砦。それが夜。
……その夜すらも、とうとう奪われてしまった。
「なんで夜もお前と話さなくちゃいけないんだ……」
デパートで迷子になった日を機に、俺らは連絡先を交換した。
連絡先を交換するよりも先に交際しているというイレギュラーさは置いといて、これによって俺の生活は破綻したなと思う。
雀の涙な自由時間にも電話で白土の相手をするってことは、俺の二十四時間はおおまかに睡眠と授業以外は白土との何かしらに費やされるってことを意味する。
もう一度言おう。俺のプライベート、どこいった。Where went!
『なんで? あららー、凌君は何回言わせるのかなー? わたしと凌君は、むふふ、付き合ってる。彼女が彼氏に電話するのに理由はいらないんだよーっ』
こちらの心の慟哭なんざ露知らず、元気いっぱいな声が響く。
顔を見ずとも白土のドヤ顔が目に浮かぶ。こいつぜってードヤってるよ。何だその正論言ってやりましたぜみたいな口調は。
まあ正論ではあるよ。設定上とはいえ俺らはカップル。恋人なら毎日電話して当たり前。
つーわけで俺に拒否権はない。今も今後も、夜は白土と電話……。
「ストレス過多で痔になりそうだよ俺は」
『お痔? それは大変だね。もし凌君がお痔になったらわたしがお薬塗ってあげるっ』
「お前に肛門を見せろと? さらに俺のプライベートに侵略するつもり?」
『凌君のお尻……じ、じゅるり』
涎を拭う音。うわこいつ変態だ。ヤベー奴だ。うん知ってる。
『それに、電話しないと不安なんだもん。……先週みたいに凌君がフラーちゃんと二人きりになってるかもしれない』
興奮気味の吐息は引っ込み、代わりに聞こえてきたのは刺々しい唸り声。
電話越しでも分かった。空気が変わった。スマホからは殺伐としたオーラが発せられる。
「またその話か……」
俺は寝返りを打ち、続けざまに話す。
「散々説明したが、水浪を家に呼んだのはチョコの試作を手伝ってもらう為だ。それ以外は何もしなかったし、あいつには指一本触れていません」
お前こそ何回も言わせるなよ。その思いを込めて語気を強める。
けれど白土は間髪入れず俺以上に語気を荒げる。
『でもお家に入れた。わたしを除け者にして! わたし以外の女の子と二人きり! はい怒るー! せーの、むぅー!』
ブーイングならぬ、むぅーイング。電話越しでも分かる剣幕。頬をぷっくり膨らませているのだろう。
先週の話だってのに、俺が水浪と二人きりになったことが未だに許せないらしい。
嫉妬深いね。メンヘラってやつかな?
話が脱線するけどモテ男って事あるごとに「俺の元カノ、メンヘラでさ~」的な話をするよね。微塵も興味ないよね~。
『聞いてる? ねぇ!?』
し、しつこい。あなたは束縛強い系彼女なの? 独占欲の塊かよ。いやだからどんだけ俺のことが……。
やれやれ、そのポンコツも早く矯正しないとな。
とりあえずこの話を続けるのはマズイと判断し、俺は白土を宥めつつもいくつか前に出た話題を引っ張り戻す。
「今後は善処するから機嫌を直してくれ。で、セリフを噛まずに言えるようになったのか? それはすごいな」
『むう……うん、そだよっ。えへへ~』
チョロイ。こいつ雑魚だ。
オセロよりも簡単にひっくり返る白土の機嫌に感謝。もとい俺の手腕も水浪レベルに近づきつつあることを実感。
「セリフってのはPR動画のセリフ?」
『あと本番で喋るセリフも。良い感じだよ』
「ホントかよ。今日の放課後も全然駄目だったじゃん」
『あ、信じてない。彼女のこと信じない彼氏はサイテーなんだよ! 雑誌に書いてあった!』
また偏差値の低い雑誌に影響されてる。俺はまずその類の女性雑誌が信じられないよ。デートで奢るなら最低でも一万円、じゃないと男としてどうなの~、とか書かれているんでしょ? 張本さんに見せたら喝だよ。
「なら今やってみせてくれ」
『おーぅ! わたしの美声に酔うがいいーっ』
「はいはい」
自宅で練習したと言っていたが、あんまり期待せずに聞こう。
『じゃあいくね。すー……ふぅー……』
耳を撫でるかのような白土の吐息。脳が軽くとろけて体がゾワゾワする。ASMRかよ。
そんな俺に構わず白土は呼吸を整える。
穏やかに。お淑やかに。
研ぎ澄まされていき、落ち着いた口調で白土はセリフの端緒を開いた。
『実行委員の方々、そして最後まで観てくださったここにいる皆様の多大なるご厚情に感謝しております。本当にありがとうございました』
最後のセリフを言い終えて、白土は「ふうっ」と短く息をつく。
「……ちゃんと言えてる」
聞き届けた俺もまた息をつき、舌を巻く。
PR動画で喋るセリフは問題なく、当日で喋るセリフも全てスラスラと話せていた。
おぉう。や、やるやんけ!
『良い感じだったでしょ?』
「ああ、ビックリした」
『テスト勉強しないで練習したからね。どーだっ』
「少しは勉強しろよ」
俺も人のことは言えないけど。
「でも完璧なのは良いことだ。後はカメラを向けられても緊張しないようにな」
『うん。頑張るっ』
快活な返事。明日でPR動画の撮影も終わりそうだ。ああ一安心。
「おう頑張れ。じゃ、また明日な」
通話の終了をスムーズに告げ、俺はスマホを耳から遠ざける。
が、すぐに白土が待ったをかけた。
『えー……? まだお話しよ?』
引きとめられてしまった&しまったと思う。
俺は今、流れに沿って上手いこと電話を終えようと欲張った。それが裏目に出た。
お喋りが好きな白土が簡単に解放してくれるなんてことはおばあちゃんがくれる謎の飴よりも甘くなく、会話は続く。
『今日の晩ご飯はね、ラーメンだったよ。あと餃子っ。わたしのお母さんは料理がお上手なの』
おまけに話題がリセットされてまさかの雑談タイムに突入。
あ……これ、長くなるやつだ。
「そうか。美味しかったか?」
『美味しかった! ラーメン大好きっ』
「そうかそうか。じゃあまた明」
『凌君のお家の晩ご飯は? 何食べた?』
「肉じゃが。美味しかった。じゃあおやす」
『お風呂は入った?』
「……入った」
『凌君はどこから洗う派? 頭? お尻?』
「頭だ。ところで白土、もう遅いしそろそろ寝」
『凌君のお尻……でゅふふ~』
「はい諦めます~」
その後、夜遅くまで白土とのトークは続いた。
そしてこれが今後もある。これからも頻繁に電話がかかってくる。
せーの、何それマジ雨神宮~。




