第40話 チョコレート作り
撮影は何度やっても上手くいかず、テイク10に達したところで俺はギブアップとタイムアップを告げる。
「疲れた。今日はやめよう」
こんのポンコツめ。十秒足らずのセリフも言えねーでやんの。
カメラに緊張してしまう気持ちは分からんでもないが、いやはや困ったものだ。
「噛みすぎて舌が千切れそうだよぉ……あひゅー……」
言葉と同時に舌も噛みまくった白土が落涙。それ見て俺は落胆。
俺らがそれぞれ項垂れる中、場にいる残り一人がスッと前に出る。
「よしよしです。優里佳様ナイスガッツでした」
水浪だ。白土の頭を撫でて励ます。
声音には温もりが感じられ、たちまち白土の顔色が良くなっていく。
「フラーちゃん優しい……うん、わたし頑張るよっ」
「その意気です。私も全力でお手伝いいたします」
「ありがとうフラーちゃんっ」
「私は従者ですので。ほーら、ナデナデですー」
白土をあやす手腕もさることながら、水浪って白土には甘いよな。俺には手厳しいくせに。きぃー。
気づけばキャッキャウフフなムード。女子二人がイチャつく。
それを眺めるのもやぶさかではないが、やること尽くし山の如しだ。DISC3のⅧくらいやることが多い。次の準備に取りかかろう。
俺はビデオカメラを鞄に戻し、その鞄を肩にかける。
「帰るっ? じゃあいつも通り凌君のお部屋にゴーだねっ」
俺の動きにいち早く気づいた白土も鞄を持ち、駆け寄ってきた。
こいつがスピードつけて接近してくるだけで腹が「あかん! タックル怖い!」と震えた。完全にトラウマだあ。
片手で腹をよしよし、もう片方の手を前に出して白土に言い渡す。
「帰る。だがお前は来なくていい」
「でゅや!?」
「何だそのキャプテンファルコンみてーな声は」
溜めスマッシュな奇声を発した白土が仰け反り驚き、すぐさま俺に噛みついてきた。
「わたしは来なくていい、ってことはフラーちゃんは? フラーちゃんだけお家に招待するってこと!?」
お前は来なくていい。このセリフの意図を完璧に理解した問いかけだった。
あなた、たまに頭が冴えますよね。その通りだよ。
俺は頷き、水浪を呼ぶ。
「水浪は来い。俺の家で新たな作業だ」
「嫌です」
即答で拒否。ほーら俺には態度悪い。うきぃーっ。
「なんでフラーちゃんだけ……な、なぜに!」
白土が俺の手を避けて「わたしは!?」と言って詰め寄ってきた。
なぜ、と言われてもな。分かるだろ?
「次の作業にお前は不必要、というか手を出さないでくれ」
「どういうこと?」
「全校生徒の腹にチェストバスターを産みつけたいか?」
「どういうこと? 余計に分からないよっ」
勘が良い奴なら察するんだがな。分からないってことはやっぱり白土は勘が良くないガキだ。タッカーさんニッコリだよ。
自分がさっき散々噛みってたセリフを覚えてるか? 趣味は折り紙と何だった? 折り紙を作り、じゃあ次は何を作ると思う? そしてお前の料理スキルは?
以上の説明を懇切丁寧にするのはめんどいので、俺は伸ばしていた手を胸元に引っ込めて白土の前に再提出。
「まあまあ。白土は帰りなさい」
「うぐぐ……!」
「日暮みたいに歯を剥き出すな」
「香織ちゃん? 香織ちゃんはそんなことしないよ」
するんだなぁ、これが。
「とにかく今からの作業はお前の専門外。帰ってセリフの練習をしておけ」
「……凌君がフラーちゃんと二人きり」
「それがどうした」
「二つ目のお願い!」
「は、はあ?」
二度目の制止も効かず、白土は俺の手を払い除ける。
ゼロ距離で見上げ、濃いピンク色に染まった両頬を空気でパンパンに膨らませた。
「わたし、言った。わたし以外の女の子と遊んだら駄目って言った!」
俺は見事な膨れっ面を見下ろし、あぁあれか、水上コースターでの一件を思い出す。
「そうだったな。でも別に遊ぶわけじゃねえよ?」
「分からないもん。凌君がフラーちゃんに襲いかかるかもしれない!」
お前は俺を何だと思っているの?
「刄金凌が私に襲いかかる? きゃー怖いです。ケダモノですー」
そしてやめろ水浪テメェ。俺がケダモノだと? そんなアグレッシブさはありません。
世の男子高校生の非モテ実情を教えてやろうか? 女子とまともに話せない奴が増加する一方なんだぜ? 女子と出かける予定が入っただけで、普段はソシャゲのスクショばかり載せているSNSに『来週クラスの人と映画に行くことに……なぜこうなった……?』といった溢れんばかりの自慢をツイートする。フォロワーから『デートか。この裏切り者め!』とリプされて顔ニヤニヤですよ。
俺もそんな感じですよ。女子との交友経験はナッシング。故にいきなり襲いかかる度胸もナッシングスカーブドインストーンだ。演奏カッコイイよね。
「でも、それでも……うう……!」
白土の言い分は把握した。
こいつは不安なんだ。俺が水浪と二人きりになるのが嫌なんだ。
それを物語るぷっくりとした不機嫌な顔に対し、俺は刺激しないよう説得を試みる。
「約束を破るつもりはない。だが水浪だけは例外だ。任務を遂行するべく、場合によっては二人で会うこともある。分かるか?」
「むぐう~」
あ、納得してない。おい水浪、お前も言ってくれ。
俺が目で助けを求め、水浪が口を開く。
「そうです。二人でファミレスに行ったこともあります」
あ、余計なこと言った水浪ぃテメェ。それはマズイ。
予感通り、白土は声を荒げた。
「ファミレスに行った!? し、知らない。わたし知らないよ!?」
「お、落ち着けって」
「むー! 凌君むむーっ! むうぅぅぅ!」
ああめんどくせえ……。
白土はおかんむりだった。
水浪とファミレスに行った経緯を懇切丁寧に説明した。が、理由はどうであれ他の女子と会うこと自体がアウトなんだと。
木賊先生を緊急招集して場を収めることには成功したものの、別れ際まで白土は恨めしげな視線をぶつけてきた。
俺は自宅のドアを開け、ため息をつく。
「怒りすぎだろあいつ」
「彼氏が他の子と密会したら怒ります。嫉妬して当然です」
返答はすぐにきた。責め立てるような口調で。
「はいはい嫉妬ね。ホント困ったものだよ」
「それで? 私を家に連れ込んで何をしやがるつもりです?」
「誤解を招く言い方をするな」
水浪を招き入れ、続けざまに答える。
「秘策の詳細は前に教えただろ。必要な物は二つ。一つは折り紙で、もう一つはこれだよ」
市販の板チョコを出し、キッチンに立つ。では作りましょうかね。
「今日は試作ってことです?」
「そうだ。何せ俺はチョコ作りが初めてなんでね」
お湯を沸かし、ボウルやら型を用意する。
「ちなみに水浪は作ったことあるか?」
「ないです」
「だよな。貧乏だもんな」
「いいからとっとと作りやがれです」
「はいはい。お前も女子なら助言してくれよ」
水浪と肩を並べ、チョコ作りを開始。
まずは板チョコを手で砕く。
「包丁で切らなくていいのです?」
「めんどくせえ」
続いて砕いたチョコを湯せん。
「お湯が熱すぎです。それにお湯が混ざりそうです」
「テキトーでいいんだよ」
ヘラを使って混ぜ終え、液状になったチョコを型に注ぎ入れる。
「冷蔵庫に入れて後は出来上がりを待つだけ。あ、もう終わり?」
なんだ、簡単じゃん。溶かして冷やすだけで手作りチョコの完成かよ。わーお。
俺はしたり顔を浮かべる。
「刄金凌は調理が雑です」
けれど水浪は顔をしかめて冷淡に言い放ってきた。
「男はこんなもんだよ」
「もっと丁寧に作るべきです」
「うるせえな水浪は」
「助言しろと言いやがったのは刄金凌です」
「いっけね☆」
「キモイです」
はい辛辣。そんなんだと男にモテねえぞ。
ま、こんな奴でもそれなりに男子人気はあるんだろうね。豆史が白土や日暮と同列に語る程には容姿端麗だ。ランクは文句なしの上の上。
……なら、こいつ自身が……。
「なあ水浪、白土に固執しなくてもいいんじゃねえの?」
「何がです」
「玉の輿だよ」
「……私が?」
水浪は顔ごと視線をこちらに向けてきた。
俺は椅子に座り、目を合わせて答える。
「その方が手っ取り早いんじゃね?」
「私自身で玉の輿を狙え、と?」
こいつが従者を名乗り、白土に対しては甘くて優しいのは、白土がゲイツ等の富豪と結婚した際におこぼれをハイエナする為。裕福な暮らしを夢見て白土に全てを託す。
しかしそれが最適解か?
ポンコツな白土に任せるのではなく、自分自身で目指す方が確実なのでは?
「お前だって可能性は十分に高いだろうよ」
例えば、白土VSブスならスコアが『99-0』だとしたら、白土VS水浪では『8-4』くらいの勝負になると思う。俺、かなり失礼だな。
無表情なのも捉え方によってはクールと呼べるし、ハーフは強属性だ。ハーフ女子ってだけで食いつく男はごまんといる。
日暮は水浪のことをブスと罵ったが、そんなことはない。今の俺から見れば日暮より水浪の方がかわ……。
「それは……私が可愛いと言ってやがるのです?」
「んあ?」
首を傾げる水浪。わざとではなく、自然な仕草で。
水面よろしく波紋一つなかった表情が揺れ動き、テーブルに手をついて身を乗り出し、俺を見つめてきた。
「もしかして刄金凌は私を褒めています? 私のことを口説いていやがります?」
「いやそういうわけでは」
「三億です」
「……何が?」
「私と交際したいなら三億円を用意しやがれです。まぁそれでも嫌です。あと刄金凌に可愛いと言われても気持ち悪いだけです。ごめんなさい」
「え、なんで俺はお前にフラれてるの?」
ムカつくぅ。人がせっかく従者以外の道を提示してやったのに。
「私のことはいいです。あなたは白土優里佳を優勝させることに尽力しやがれです」
「へーへー。自分でもビビるくらい熱心に働いてるよ」
三十分が経過。チョコが固まった。
俺がチョコを型から取り外し、それを水浪が横から覗き込む。
「ほら見ろです。表面が白くなっていやがります。不味そうです」
「食べてみろ」
「んーっ、チョコレート~!」
美味しそうじゃん。やったね。
俺も一つ取り、かじる。
うーん……食感はザラザラ、口当たりは微妙。味は市販チョコのまんま、いや劣化してる気がする。
まあこんなものだな。それに味や見た目はそこまで重視しない。
大切なのは……。ふっふっふ、当日が楽しみだ。
「後は当日までに全校生徒分……八百くらいか? 作るだけだ」
「途方もないですね」
「奇遇だな、俺もそう思ったところだ」
でもやるしかないですよね。俺が提案したことだし。
「私も手伝います。家で作ってきます。なので材料を寄越しやがれです」
「……くすねるつもりだろ」
「てへー」
「はあ……俺が全部作る。お前は他のことをやれ」
「分かりました。とりあえずこのチョコは使いませんよね? 私に寄越しやがれです」
「お前はたくましいな」
イマイチなチョコを頬張る水浪と俺。
水浪は笑顔を弾けさせ、俺は苦々しげに顔をしかめた。




