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第4話 表面上は変わりない日常

 補習くらい甘んじて受ければええやん、という意見があるだろう。でも俺は母親のパンチラを見るくらい嫌なのです。

 だったら日頃から勉強しておけばええやん、という意見が新たに出るだろう。それに関しては何も言い返せないので耳を塞いであーあー聞こえなーい。

 弱みを握られるは即ちタマタマを握られると同義。

 生徒指導室から解放された俺は売店に寄る気も失せ、二年一組の教室に入って自分の席に突っ伏す。

 突っ伏しながらも、視線を白土の方へ向ける。


「ユリおはよう~」

「そうですね、香織ちゃん」


 読んでいた本を閉じ、たわやかな微笑みで級友と朝の挨拶を交わす、高嶺の花と呼ばれる白土優里佳がいた。

 なるほど、あれがお淑やかモードってやつだ。


「今日も良い天気だね~」

「そうですね」


 話しかけられてごく自然に返事する姿は清廉(せいれん)な美少女。

 普段の白土は常にああいう感じである。本当は返事の「うん」を「うんち」と言い間違えるアホのくせに。

 正体を上手いこと隠せているなあと感心していると、いきなり頭をはたかれた。


「おはよう凌。なーに朝から白土さんを見ているのさ。つい目で追ってしまう気持ちは分かるけどさ!」


 朝の挨拶で脳天に打撃を放つ無遠慮な奴は一人しかいない。


「別に見てねーよ、豆史」


 俺の隣に座り、白い歯を見せて爽やかに笑う男子生徒。

 こいつの名前は海月豆史(くらげまめふみ)。パッと見はモテそうな整った顔立ちをしている。


「そう? じゃあ凌の分も俺が凝視しておくよ。あぁん今日も可愛い!」


 豆史が鼻の下を伸ばして白土を見る。

 こいつとは一年の頃から仲が良いが、俺が白土の彼氏教師になったことは告げていない。誰にも話してはいけないと三十路のロープ使いに注意された直後ですし。


「豆史は気楽でいいよな」

「どういうことさ?」

「なんでもないよ」


 何も知らず高嶺の花を眺めていられる級友が羨ましく思う。

 豆史は少し首を傾げたが、気に留めず勝手に喋りだす。


「それより聞いてくれよ。昨日さ、鼻から2センチの毛が出てきたんだ」

「お前の朝のトップニュースそれでいいの?」


 ちなみに豆史はイケメンなのに中身がアホだ。黙ってさえいればモテるだろうに。残念な奴である。


「うおぉすげぇ! って思ったんだけどさ、冷静に考えると2センチの鼻毛ってありえる? よく見たらその毛なんかチリチリしていてさ、あれたぶん下の毛だと思うんだ。あぁなるほどと納得したよ。でもさ? 下の毛だとしたらどうして鼻から出てくるのだろう。不思議だよね。凌はどう思う?」

「こんなに腹立つ質問は生まれて初めてだよ」


 ホント不思議だよ。どうして俺はお前と仲が良いのだろう。

 豆史は俺の眉間のシワに気づきもせず熱弁を続ける。


「人体の神秘だよね」

「ちなみにその毛はどうした。見たくないけど一応見せてみろ」

「もう捨てたよ。……あ、いや、本当に捨てたんだ。嘘じゃない。2センチの毛は本当にあったんだ! そりゃ今の感じは小学生が『色違いのセレビィ捕まえたけどすぐ逃がした』って言うくらい嘘っぽかったけど本当なんだよ。本当に2センチの毛が鼻から出てきたんだ! 信じてくれ!」

「よくもまあ女子がいる空間で己の痴態(ちたい)を言えるよな」


 ほら見ろよ、女子グループが大きなヒソヒソ声で「脳みそ豆粒野郎がキモイ」と言っているぞ。何度聞いても辛辣なあだ名だ。

 しかし豆史は全身を小刻みに震わせて喜びを露わにしていた。


「女子が俺のことを話題に取り上げている。あぁ今日も幸せ!」


 どうでもいい補足だが、豆史は中学を男子校で過ごして高校もエスカレーター式に男子校だったはずが、その運命に抗い猛勉強してこの高校に合格したらしい。

 女子と同じ空間にいることに慣れていないせいで変なことを平然と口走るし、女子に罵倒(ばとう)されても「男子校よりは幸せさ」と笑ってダメージを無効にする。俺マジでなんでこんな奴と仲良いんだ?


「この高校に入って良かったと今でも思う。特にこのクラスは可愛い子がたくさんいるし、何より白土さんがいる! 凌もそう思うよね?」

「脳みそは小さいくせに声がデカイのなんとかしてくれ」

「えぇ~どうしようかなぁ?」

「なんで上から交渉してくる感じを出せるのお前?」

「へへーん!」


 本日も絶好調な豆史が羨ましいを超えて妬ましい。俺は今お前が名前を挙げた女子のヤベー秘密を知って大変な思いをしているのに。

 試しに聞いてみるか。


「なあ、豆史から見て白土はどういう存在だ?」

(やぶ)から豆にどうしたのさ」

「棒な。いいから答えてくれ」

「そうだね、一言で言うなら可愛い。美人。あと綺麗!」

「一言という制限を自分で設けたの覚えてる?」

「この世にブサイクな女性が多いのは神様がその人達の美を根こそぎ奪って白土さんに与えたからだ。でも俺はブスに同情しない。神に感謝する。ありがとう神様。白土さんと同じ世界に同じ人間として生きられることを心から光栄に思う!」


 荒々しくも滑舌良く語った豆史が全身をYの字にして天を見上げる。アホだ。

 そして豆史の演説を聞いた他の男子達が盛大に拍手を送る。アホしかいないの? アホのパンデミックやめろや。


「あまりにも美しくて話しかけられないし、話しかけてはいけないと思う。けど俺はそれでいい。遠くからそっと見るだけで十分なのさ!」


 尚も続くアホの話はもう聞かないでいいだろう。

 まとめると、白土は美しすぎるが故に敬虔(けいけん)と崇高の対象とされている。男子は遠目に見るだけで満足して迂闊(うかつ)に近づこうとしない。

 すぐに露呈(ろてい)しそうなポンコツを上手いこと隠せている理由が分かった。

 今思えば中学の時も同じ現象が起きていたのだろう。

 ちょっと可愛い程度ではこうはいかない。白土が美少女であることを再認識した。


「それにしても、俺は鳩が豆鉄砲を食った気分さ。凌が白土さんのことを聞くなんて。やっと凌も白土さんの美しさに魅せられたのかな」

「いや違うけど」

「照れなくていい。俺は嬉しいよ。凌はさ、一年の頃から俺が白土さんの話をしても全く乗ってこなかったじゃん? あぁこいつの感性クソだなと軽蔑していたけど、やっと常人になれたね。おめでとう!」


 え、俺は今しがたまで常人扱いされていなかったの? この一年間このアホにそういう風に思われていたと? 血管が複数個所に渡ってブチ切れそうです。

 俺は豆史が「ウェルカム」と言って差し出す手を弾いて顔をしかめる。


「白土のことは何とも思ってねーよ。だって俺は……」

「刄金君、その人をどうにかしてよ~」


 一人の女子生徒が座布団を持ってこちらにやって来た。

 毛先をふわふわ~とさせた外ハネミディアムヘアと眠たげな目が愛くるしく、伸び伸びとした柔和な声音と笑顔で俺に話しかける。

 つい先程まで白土とお喋りしていたクラスの姉御的存在、日暮香織(ひぐらしかおり)だ。

 途端に豆史が弾ける。


「日暮さんが俺に話しかけてきた!」

「海月君とは会話していないよ」

「今絶賛会話しているよ!」

「ね~刄金君がなんとかしてよ~」


 俺に言われても困る。こいつのデシベルとテンションは誰にも止められない。

 目で返事をすると、日暮は「そだね~」と言ってため息をつく。


「あのね~、あたしは海月君じゃなくて刄金君とお喋りしたいの」

「俺と?」

「お喋りしようよ~」


 そう言って日暮は俺を見ながら同時に豆史を押し退けた。


「あぁ日暮さんに押し退けられた。ミスコン準優勝者に手で押された。あぁん俺は今日も幸せ!」


 残念なイケメンは抵抗もせず去っていき、入れ替わりで日暮が豆史の椅子に座布団を敷いて腰かけた。


「改めて刄金君おはよう~。今日もお日様がぽかぽかだね」

「今日も眠そうだな」

「そうかな? 今日はノリノリだよ」


 日暮は眠たげな瞳を細めると、机に肘を立てて頬杖を「日暮さんが俺の机に肘を乗せた! うっほぅ!」おい誰かあいつ黙らせろよ。


「対策してきたのに~。次からは海月君の席には座らないでおこ~」


 ああ、座布団はそういうことだったのね。

 自身の肘と机を念入りに拭く日暮。

 ちょっと気が抜けているけど気さくで明るく、たまに今みたいな毒を吐く。気怠(けだる)そうなのに愛嬌(あいきょう)があり、人懐っこい(むつ)まじげな笑みと仕草は男心を絶妙にくすぐる。

 非常にバランスの良いのんびり系女子、それが日暮だ。


「で、ミスコン準優勝者様が俺と何をお喋りしたいの?」


 俺が困ったように口をすぼめてみせると、日暮も困ったように口元を緩ませる。まさに春の陽光のような穏やかさで。


「ちょっと~。準優勝って言うのやめてよ」

「いやいやー、もっと堂々としていいよ。準優勝者様だろ?」


 昨年のミスコンで白土にトリプルスコアの票数の差で二位になったが、それでも十分に誇っていい称号を得た。わーすごい。俺は一番可愛いと思っているよー。

 日暮は俺がわざと(おだ)てていることをすぐに察し、手をこちらへ伸ばしてきた。


「なんか馬鹿にしてる。刄金君なんてこうしてやる~」

「やめろよ~」


 日暮が俺の肩を叩いてきた。けれどじゃれてくる感じなので痛みはなく、俺は嫌がる素振りをしながらも口角が上がる。


 ここだけの話、俺は日暮のことが少し気になっている。淡い恋心ってやつです。


 豆史の次に話す機会が多く、俺にとって唯一気兼ねなく話せる女子。代わり映えのない&味気ない日々における癒しだ。


「そういえば刄金君、さっきあたしとユリの方を見ていたよね」

「え、いや、見てねーよ」

「もしかしてユリのこと狙ってるの~?」


 日暮がニシシ~と笑って俺を小突いてきた。


「違うよ。だって俺は……いや、なんでもねーですー」

「え~気になる。あたしには白状しろ~」

「日暮は気にしなくていいんだよ。何もね」

「どゆこと~?」


 俺はため息をつき、もう一度向こうの様子を伺う。

 白土は日暮とは別の女子生徒とお喋りしていた。体貌閑雅(たいぼうかんが)(うるわ)しき姿。決して微笑みは崩さず、上品なオーラがこちらにまで漂ってくる。

 今になって気づいたのだが、白土の恋人役になってしまった俺は日暮とは付き合えないのでは? 俺の恋は成就しないよな?

 ……ヤベー、悲しくなってきた。

 と、日暮が俺の頭を触ってきた。


「刄金君が疲れた顔してる。よしよ~し、元気出して」

「頭をポンポンするな」

「そう言いながらも嫌がらない刄金君なのでした~」

「ぬおっ、凌が日暮さんに頭ポンポンされてる。はいはい日暮さん、次は俺にしてください!」

「海月君にはポンポンじゃなくて淡々としてあげる」

「ありがとうございます! あぁ今日も幸せえぇ!」


 日中は豆史のアホっぷりに付き合わされ、放課後は白土のアポっぷりに振り回される。そんで日暮とは付き合えない。

 やっぱ人生ってクソゲーだなと思いつつ、俺は日暮の頭ポンポンを堪能(たんのう)した。

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