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第32話 ポンコツ流お部屋デート

 窓から差し込む夕日。スタンドミラーが濃いオレンジ色の陽を反射させ、そこには夕映(ゆうば)えによって頬が赤らんだ俺が映っていた。

 それともう一人。


「凌君ーっ。むほほぉーっ」


 鏡には、夕日よりもとろけた表情でゆらゆら揺蕩(たゆた)う白土の姿も映っている。

 俺は視線を天井に定め、細く長く息をついて体内の熱を吐き出す。


 どうやら俺は緊張していたらしい。自分で思っている以上に。自分の部屋で女子と二人きりというシチュエーションに。

 悶々とさせられて気が動転してしまった。いつもは軽く流せたはずなのに。


 俺もまだまだ甘いね。


 女子を部屋に招くのが初めてだからといって、中の上を目指す男が普通の男子みたく浮き立ってしまった。

 気を沈めろ。冷静に考えろ。

 白土相手にドキドキするかよ。むほほぉーっと変な声上げるポンコツちゃんを部屋に招いた程度でソワソワしてたまるか。


「話が逸れまくったが、何をするか分かっているよな?」


 自称ひんやり系男子として、もう何があっても驚かないと喝を入れる。

 俺が毅然(きぜん)とした態度で聞くと、白土は元気良く頷いて「うんっ」と返事した。


「ちゃんと分かっているよ」

「よし。じゃあ」

「卒業アルバム見よっか」


 注入したばかりの喝が吹き飛ぶ。俺は新喜劇よろしくズコー。


「違う。ミスコンでやる特技を決めるんだよ」

「凌君が倒れたっ。チャンス!」

「話を聞け。跨るな!」


 俊敏な動きを見せる白土。床に倒れた俺を両膝でガッシリと押さえつけ、いつかのカラオケの時と同じ馬乗りになる。


「あの時は初デートだったから遠慮したけど、今日はお部屋だからいいよね」


 俺の腹の上で嬉々といた表情を浮かべ、唇をニタニタと伸ばす。


「何がいいんだ。言ってみろ。というか降りろ」

「あ、でも初のお部屋デートでいきなりは……え、えへへぇ、ちょっと攻めすぎかも? どうしよーっ。きゃーっ」

「きゃーって俺も言いたい。何をされるか分からないまま跨れているのが果てしなく怖いんだけど?」


 声を荒げて抵抗してみるも白土は聞かず、まるで効かず、それどころか伸ばした唇に舌を這わせる。

 妖艶(ようえん)であり、色気があり……俺は身の危険を感じた。


「んー? 凌君は自分の状況を分かってる~? わたしがその気になれば……げへへ」

「おいおい俺らの性別が逆だったらエロ漫画並みの展開だぞ!?」


 この体勢はマズイ。非常にヤバイ。

 白土の言う通り、マウントポジションを取られた俺は何かされても防げる自信がない。

 何かされても、何をされても……。


「何しよっかなぁ」


 白土が今まで見たことないS気質な微笑みでこちらを見下ろす。

 クネクネと腰を揺り動かし、お尻の感触が俺をくすぐって思考がイケない方向へ誘われていく。

 ま、まさか、マジでエロイことをするつもりじゃ……。


「まずは、これかなっ」


 舌を口の中に戻し、快活に声を出し、白土はスマホを取り出した。


「え?」


 対する俺は間抜けな声を出し、続けざまに響いたのはシャッター音。

 白土がスマホで撮影を始めた。俺を撮り始めた。


「至近距離で凌君をパシャリ! パシャパシャーっ」


 白土は撮る。俺を撮る。何枚も連続で。何十回も高速で連続で。

 中学生が面白がって連写機能で遊ぶのとは違う。容赦がなく、本気。シャッターの音が途切れずパシャシャシャシャシャと鳴り響く。


「あの、や、やめ」

「パシャパシャシャシャーっ!」


 俺は身動きが取れなく成す術なく、延々と写真を撮られ……。

 い、いや、もうやめ……や、やめ……っ。


「や、やめて。やめ、や……やめろぉ!」


 いつまで撮ってんだ!? やめろおぉ! めちゃくちゃ恥ずかしいんだよ!

 何この羞恥プレイ。あ、こんな羞恥プレイがあるんだね!?

 一枚ならまだしも何十回と連写しやがって。いや百は超えたんじゃねえ? と思っている最中もシャッター音が鳴り止まねえ!


「分かった。写真は終了。次は動画を撮るっ」

「……分かった、悪かった。卒アルを見よう」


 俺はグッタリと倒れ込み、懇願する。


「卒アル?」

「お前が言ったんだろうが」


 言う通りにしてやる。だからお願い、撮影をやめて。写真もムービーもおやめください……。


「うんっ。写真たくさん撮れてお満足だし、今日のところはこれくらいにしといてやろうぞーっ」


 上機嫌に声を弾ませ、白土は退いてくれた。

 俺は弱々しく立ち上がり、逃げるようにして壁に手をつく。

 ……すげー撮られた。


「もうお嫁に行けない。ぐすん」

「待受画面に設定っ。見てみて、画面いっぱいに凌君のお顔!」

「見せなくていい」


 画面に自分の顔面マジ勘弁。


「ぐへへっ。ミアちゃんにも送っておこっ」


 ……注意事項に加えておこう。

 絶対に上目遣いは回避すべし。そして、絶対に白土の前では寝そべってはいけない、と。


「で、卒アルか……どこに置いたかな」


 ご満悦そうな白土が胸元でスマホを抱きしめる姿から目を逸らし、俺はもたれかかるようにして押入れの戸を開ける。

 卒業アルバムは貰って以降、一度も出したことがない。タンスの肥やしとやらになっているのだろう。卒アルあるある。

 きっと押入れの奥だ。俺はスマホを取り出す。


『木賊未彩:なぜ私が君の顔写真を見せられないといけないの?』


 三十路の文句は無視し、ライトを起動させて押入れの中を捜索。


「凌君の顔だらけ♪ どれも良いなぁ。どれを現像しよっかな。んーっ、全部現像するー♪」


 百を超える俺の顔が印刷機から吐き出される光景を思い浮かべて気持ち悪くなるも、カバーに包まれたアルバムを二枚発見した。

 俺はその二枚のアルバムを引っこ抜き、それぞれ手に持って白土に見せる。


「どっちだ?」

「右のやつ」


 白土はこちらへ顔を向けたと同時に即答した。


「パッと見ただけで分かるんだな」

「分かるよ。わたしはいつも見てるから」

「いつも? そんな頻繁に見るのか?」

「うん。だって中学時代の凌君の写し……ご、ゴホンゴホンっ!」


 咳払いをして、突き出した両手をパタパタさせる。

 こいつ的には取り繕ったつもりなのだろうが、ほとんど口から出ていた。

 へー、俺の写真を見ていたのね。お前、俺のことが好きだねー。


「ほらよ」

「あ、ありがとっ。凌君はここっ」


 アルバムを渡すと、受け取った白土はベッドに腰かけた。

 隣に座れってことなのか、自身の隣をポンポンと叩く。


「へーい」


 逆らう元気もねーんで大人しく横に移動。

 俺が座ると、白土は二人の足の間にアルバムを乗せて広げた。

 まずはクラス毎に撮った集合写真のページを見る。


「ほらこれっ。これ見て! 昔の凌君!」


 当然ながら当時のクラスメイトと肩を並べる俺がいて、それ見た白土が興奮する。


「そうだな」


 写真の俺をグリグリ押す白土の指を払ってページをめくると、一人ひとりの顔写真が載せられたコーナーへ突入。


「ほらこれ見てっ。見て! 昔の凌君だよ!」

「なんでいちいち言うの? 自分の顔くらい分かるっての」

「昔の凌君もカッコイイ……! 懐かしいぃ……」


 白土が俺の写真を食い入るように見つめる。まるで娘の結婚式前夜に昔の写真を見る父親のよう。目も声もふにゃふにゃだ。

 いやいや、中学を卒業してまだ一年と二ヶ月でしょ? 懐かしいと呼ぶにはまだ早いよ。

 現に写真の刄金凌君は今とほぼ同じ顔だ。ん、まあ確かにそこそこカッコイイけどね。自分で言うとナルシスト感が出るね~。


 俺のことはいい。白土の写真を見よう。

 というか、既に見つけている。


「お前もあんまり変わって……いや……」


 すぐに見つけた。なぜなら俺を含めて他の生徒は有象無象(うぞうむぞう)でしかなく、カラー写真なのに白黒みたいに地味。言うなれば額縁(がくぶち)

 他の生徒を額縁にして、白土優里佳の写真が神々しく輝きを放っていた。

 微笑みを浮かべる中学生の白土。今と変わりないお淑やかな姿、と思ったのは一瞬だけ。

 今とは少し違う。どこか幼げな表情で、なんか子供っぽい。

 それがなんというか……中学の白土も……これはこれで良い、可愛いと思ってしまった。

 クソ、何だこいつ、超可愛いじゃねえか。


「わ、わたしの写真は見なくていい。恥ずかしいよぉ」

「安心しろ。さっき百枚以上撮影された俺の方が遥かに恥ずかしい」

「うぅ~」


 その後もページをめくり、他の写真を眺めていく。授業風景、文化祭や球技大会、色々と。

 ……心なしか、白土が映った写真が多い気が。でもまあそうだよな。


「ステージの端に凌君がいるよ。あとこの写真、窓の奥にいるっ。見切れてるけどここにも凌君がいるよっ」


 俺はほとんど写っておらず、それでも白土は次々と指差していく。

 顔が半分切れた俺。後ろ姿の俺。ゴマ粒サイズの俺。ウォーリーを探せみたいだなおい。つーか俺が映った写真を全て把握しているのかよ。すごいな。

 何よりすごいと感じるのは、白土は嬉しそうに俺の写真を見るのだ。

 いつも見ているのなら飽きるはずなのに、じっくりたっぷり眺める。


「あ、運動会……っ」


 中でも一際目を輝かせる写真があった。

 白土の目と指が止まり、その先にあるのは運動会のワンシーン。


「クラス対抗リレーのやつか」


 まさに俺が走っている最中……って、うわあ、俺の顔が必死すぎてキモイ。歯を食いしばって走っているじゃん。

 これは今でも覚えている。白土を庇い、カッコつけて走り、その結果、ウチのクラスは二位でゴールした。まあまあの黒歴史。

 非難されまくったなあ。白土を責めていた女子の一人が運動会終わった後もしつこく俺に文句を言ってきた。あいつの名前なんだっけ?


「凌君がわたしを……っ、っ~、んんーっ……!」

「痛い痛い」


 感極まったのか、白土が力いっぱい腕にしがみついてきた。何が感極まったのかは知らん。

 片腕の自由を奪われ、俺は空いた手で次のページをめくる。


「これは修学旅行だな」

「修学旅行! これもすごく覚えてるっ!」


 そりゃ修学旅行は誰しもが覚えているだろうよ。旅行だもの。

 大仏や由緒ある建物を見たり、他は……えっと……何だっけ?


「あー、意外と覚えてねえもんだな」

「え……凌君は、覚えていないの……?」


 え……何その目は。

 ずっとアルバムに夢中だった白土が視線を横へ。俺を見つめてきた。


 ……こいつの様子から察するに、中学の修学旅行で何かあった。

 俺ら二人の何かしらの思い出があるのだろう。


「えーと……」


 運動会で庇ったことは覚えているが、他に白土と話したことあった? 俺の記憶には……。


「凌君、覚えてないんだ」


 しょんぼりする白土。ブレーカーが落ちたかのように一気に暗くなる。

 俺は急いで否定する。


「い、いや。覚えてるぞ。ネパールの国旗くらい印象に残っているぞっ」

「じゃあ言ってみて」

「……」

「覚えてない……わたしと凌君の思い出……ぐすん」

「ま、まあまあ。他の写真も見よう。な?」

「あうー……」


 で、出たよこれ。俺が悪いって感じの空気だ。だって覚えていないのだから仕方ないじゃんかあ。


「や、今はド忘れしたというか。ね?」

「……」

「うぐっ……あー、小学校の卒アル見るか?」

「……小学校の? 凌君の?」

「ほらほら、小さい頃の俺がいっぱいだぞ」


 押入れから取り出したアルバムのうち、もう一つは小学校の卒アルだった。

 俺はそれを中学の卒アルの上に載せ、白土の反応を伺う。


「小さい頃の凌君……ち、小さい頃の……!? 見る、見たい!」


 すると白土は弾けた。コロコロを渡された少年みたくアルバムを広げて大興奮。


「ほぉわぁうわあ~! り、凌君、小さい凌君が……きゃー!」


 機嫌が直って良かった。というか誤魔化せて良かった。

 安堵し、俺は天井を見上げて細く長く息をついた。




……いや、違う。ミスコンでやる特技を決めるんだろ!?

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