第28話 ダンボール滑りの男
「おルンルンっ。お休みの日にも凌君と下校ぉぅ♪」
これぞスキップと言うべきお手本のような軽い足取り。俺の腕をガッシリと掴み&絡み取り、舌先丸めた甘ったるい声を弾ませうっとり。
毎度のことながら白土の機嫌が良い。
何がそんなに嬉しいのやら。平日ほぼ毎日一緒に下校ぉぅしてるだろ。
「なあ白土、俺らの姿は周りに人がいたらどう思われると思う?」
上機嫌なのは別にいいが、腕を掴むのはやめてほしい。そのせいで歩幅を合わせなくてはならず、俺も強制的にスキップを刻むことになる。
男女が小粋に陽気なスキップですよ。かなりシュールでかなり面映ゆいんだが?
「深夜のコンビニでたむろする人、大体ヤンキー♪ アニメで名前が長い人、大体貴族ー♪」
「聞いてる? てか何その歌」
「どこに寄ろっか? 公園で泥団子作るっ?」
「GW中の公園は人が多いから駄目だ。つっても家族連ればかりか? いや待て、十歳下の従姉妹の世話を頼まれてヒロインと三人で遊びに来たという主人公的な同級生がいる可能性も……」
「凌君がブツブツ言ってる。変なのー」
「変な歌を歌った直後の奴に言われたくありません」
「あっ、河川敷だ。凌君行こっ」
「うーんマイペース。マジねーっす」
言いたいこと言ってトークを散らかした挙句、唐突に目的地を決めて俺をグイグイ引っ張るぐえー。当然スキップしながら。やれやれ、である。
……そろそろヤバイ頃合いだと思うんだよなあ。
「凌君早く早くっ」
「なあ白土、今こうしている最中も危険と隣り合わせだと理解してるか?」
「隣り合わせ? うんっ、凌君とわたしは隣り合わせ! むふふーっ」
「あ、はい。もういいっす。俺一人で考えます」
危機感ゼロの白土。雨の日の大佐よりも使い物にならないと見切りをつけ、俺はおルンルンなスキップを強いられつつどうしたものかと頭を悩ませる。
最終目標であり最難関のポンコツ矯正を筆頭に、ついさっき三十路が不穏に告げたミスコンの件。やることは社畜のデスク並みに山積みだ。
だがまず真っ先に解決すべきことがある。懸念が一つある。
それはズバリ、帰路について。
「良い天気だねっ。お日様がぽっかぽっかレモンっ」
「河川敷で何するんだ? キザなセリフはもう言わねーぞ」
「大丈夫だよ。『夕日が目に染みるぜ』は録音したのを毎日聴いてるからっ」
「毎日聴いているそれのどこが大丈夫なの? 頭大丈夫?」
「いつ聴いても凌君の『夕日が目に染みるぜ』がわたしに染みるの。朝起きた時、お風呂に入った後、そして寝る前に」
「あ、一日一回じゃないんだ? じゃあマジで大丈夫じゃないなおい。つーか何回も聴くのにどうして夕方には聴かないんだよ。そこは外すなよ」
「もちろんっ。凌君の『夕日が目に染みるぜ』はわたしの生活に外せないっ!」
「頭のネジも外さないでほしいものだよ」
彼氏教師になっておよそ三週間。下校やデートを含め、俺と白土が一緒にいる姿は今のところ同校の生徒には見つかっていない。
「GWもデートしたいなっ。明日はお暇?」
「明日は用事がある」
「明後日は?」
「法事がある」
「そっか。じゃあその次の日は?」
「工事がある」
「そっか……残念……」
「言っておいてあれだけど、信じるなよ」
が、これまでは運が良かっただけ。そろそろ誰かと遭遇するだろう。
なぜならハプニングは慣れた頃に起きると相場が決まっている。
運転、浮気、ノーダメ縛りプレイ。これらに似て、最初は上手くいっても無意識に気が緩んだ時に大事故が発生する。そして発生したらもう手遅れ。スキップしているところを見られたら一巻の終わりでしょ?
「なら今日のうちに満喫するっ。一緒にお日向ぼっこしよっ」
「りょー」
「凌君がりょーかいしたっ。ぷぷぷーっ」
「自分で言ってウケるなよ」
よって今一度気を引き締め、今一度しっかりと考えるべき。
デートは場所を選べばなんとかなる。やはり問題は帰路。
一緒に下校するのをやめるのがベストだが、果たして白土が素直にりょーしょーするだろうか。いーやしないね。多少は聞き分けが良くなったとはいえ、駄々をこねるはず。
さてどうする? 名案が浮かべばいいんだが。
「まずは並んで座るのっ。その次は寝そべるっ。最後はわたしが凌君の膝の上でうへへぇ。むぎゅーってやってうきゅーってしてうへへっへぇ~っ!」
「……お前はいいよな、頭の中がお花畑で。俺が頭の中でどれだけ思考を働かせているか知らないだろ」
こちとら拙劣な会話をこなしながらもお前の為にあれこれ考えているんですよ?
「凌君とむぎゅーうきゅー」
「はいはい分かったよ。いくらでも付き合ってやる」
「えへへっ」
駄目だ。簡単に名案が思い浮かぶかよ。そもそもパッと思いつくならとっくの前に対策をし終えている。
ま、要検討だな。GW中に考えればいい。今はアホの子の相手に専念しよう。
グイグイ引っ張られてぐえー。白土と共に河川敷を降りていく。
「んー良い感じだ。もっと滑ろう」
その時、足元から陽気で呑気な声が聞こえた。
河川敷の道の端、芝生の斜面を登る一人の男子。こちらに向かってきている。
その男子とは、豆史だった。
……あばばばば!?
いや待て!
豆史は顔を下げている。まだ俺と白土を視認していない。
でもこのままでは見つかる。このままだと……っ!
「あーっ! 川でギャルが水遊びしてるぞー!」
「マジでか!?」
まさに刹那。脳が瞬時にして最適解を出す。
俺は誰もいない川を指差し、声を張り上げた。
普通の人ならそんなこと言われても信じない。というかまずは声の主を注視するだろう。
だが豆史は普通ではない。馬鹿でアホだ。
俺の狙い通り、豆史は躊躇なく体ごと捻って川の方を向いた。はい馬鹿ぁ! こいつアホぉ! でもサンキュー!
隙を作れた。今のうちだ。
「白土、分かっているよな」
「ギャルがいるの? わたしも川で遊びたいっ」
いねーよ! なんでお前も信じているんだよ!? お前もアホなのかよああアホだったねお前も!
「こっち来い!」
「ひゃう!?」
白土を抱きかかえ、豆史とは反対側の芝生にスライディング!
「いいか、いつかの生徒指導室での緊急事態と同等のヤバさだ」
「凌君にお姫様抱っこされた……!」
「よく聞け。落ち着いて俺の話を」
「ね、寝そべるのは並んで座った後って言ったでしょっ。まずは並んでお日向ぼっこ。その次に寝そべってその後にむぎゅーうきゅーをするのっ」
「聞いて? ねえ聞いて!? 大ピンチなんだぞ!?」
「も、もう凌君ったら、いきなり寝るなんて。……いいよ。腕枕してほしいな……キュンっ……」
「お前だけ寝てろ! つーか伏せていろ!」
白土の頭を押さえつけ、俺はすぐに立ち上がる。
「んだよ、ギャルいないじゃん」
文句を垂れる豆史が再び斜面を登り始めた。
急いで芝生を這い上がり……っ、間一髪、ギリギリだった。
道のど真ん中。俺は豆史の前に立ち塞がる。
「よう豆史!」
「へ? あ、凌だ。奇遇だね。何してるの?」
「さ、散歩だ」
俺が答えると、豆史は疑いもせずケラケラ笑った。
「お爺さんみたいだのぉ」
気づいていない。一安心だ。
俺も笑い返してみせる。そして同時進行で心臓をバクバクとさせる。
油断した……俺すげー油断してた!?
ほら気を緩めた途端にこれだよ。豆史と遭遇してしまった!
またしても運が良かっただけだ。豆史じゃなくて他の生徒だったら完全に終わっていた。危ねええぇ……!
……しかも窮地はまだ続く。
咄嗟に白土を隠した。豆史の位置からだと斜面に伏せた白土の姿は見えないけれど、一歩でも近寄られたらバレてしまう。
どうなると思う? もし豆史が白土を見つけたら。
間違いなく発狂するだろうし、何なら俺を殺しにくる。こいつは即決で友情より憎悪に身を委ねる奴だから。
なんとかしなければ。どうにかして逃げる隙を……!
「豆史こそ、ここで何をしているんだ」
男が取り乱すな。親父の薄っぺらい教えを思い出し、笑みを絶やさず問いかける。
「俺は河川敷で滑っていたのさ。ほらこれ」
すると豆史は平然と答え、脇に挟んだダンボールを見せてきた。
動揺して気づくのが遅れたが……は? ダンボール?
「ダンボールで滑っていた?」
「まぁね! 前に言ったよね。俺、天気の良い休日は滑っているのさ」
そういえば河川敷の坂をダンボールで滑っているとか言っていたような……え、本当にやっていたの?
「本気で言っている?」
「ん? そうだけど?」
サラリと肯定し、カッコつける豆史。
いや、サーフィンをやっていましたよみたいな顔するなよ。お前が脇に挟んでいるのはダンボールだろ。
こいつマジか。こいつマジでダンボールで滑っていたのかよ。どんだけ暇なの!?
「あー、よくここでやっているのか?」
「うん、芝生がノッてる時はね」
波がノッてるみたいに言うな。
「恥ずかしくねえの?」
「全然? 民放で生中継されても平気さ!」
「中継されたとして誰が観るんだよそれ」
「せっかくだし見てくれよ。俺の華麗なダンボール滑りをさ!」
俺に会えたのが嬉しいらしく、豆史は意気揚々と準備を始める。
重要なファクターなのか、ダンボールの位置を何度も調整。唾で濡らした指先を掲げて風の向きを確認。
慣れた動作と真剣な表情。こいつが冗談抜きなのが伝わってきた。
高校生がGWにダンボールで滑る……超絶アホだな。
でも良い。これは良い流れだ。作戦が思い浮かんだ。
俺は豆史の肩を叩いて鼓舞する。
「おう見せてくれ。お前の勇姿を」
「へへ、任せろ!」
「よっ、さすが豆史。カッコイイぜ! 最高!」
「お? おぉ? 凌が褒めてくれる。嬉しいよ!」
「俺も嬉しいぜ! きゃー素敵~! 豆史の良いところ見てみたーいっ」
「よっしゃ行くぜぃ!」
セッティングを終え、豆史がダンボールの上に立つ。
よし、このまま滑っていけ。その隙に俺は白土を連れてこの場を離脱する!
「楽しみだなあ。早く見たいぜ! ワクワクさんだぜ!」
「て、照れるからやめてよ。でも……へへ、嬉しいな。パブリックビューイングでも観てもらいたいよ!」
「何万人を苛立たせるつもりだよ」
「へ? 何か言った?」
「何万人も沸き立つって言ったんだ。それ程の魅力がお前にある。マジすげーぜ豆史! イカすぜ豆史! ほぉう!」
「ほぉう! うっほぅ!」
何がほぉうとかうっほぅなんだか。お前はあっほぅだよ。
「さあレッツゴーだ!」
「行ってきまぁす!」
なんとかなった。後はこのアホが滑るのを待つのみ。ふう良かっ……。
「凌君? もういい?」
……なんてことだ。白土がこちらに上がってきた。
顔を出し、俺らの方を向く。
まさに今、豆史が滑り始めようとした瞬間に……。
「風も芝生も良し! それじゃあスタート……って白土さん!?」
白土の姿を、豆史が見た。
直後、目を大きく見開き、大きく仰け反る。
バランスを失い、豆史は転倒した。
「あばばばば!?」
そのまま斜面を転げ落ちていく。急速に回転とスピードを増して落石のようにゴロゴロと痛々しく。
そして下の平地に叩きつけられて……豆史はピクリとも動かなくなった。
ここから見た限り、地面に頭を思いきり強打したような……。
「凌君? 今、人体が激しく打ちつけられる嫌な音が聞こえたよ?」
「……気のせいじゃね? さあ行こうぜ」
俺は白土の背中を押し、そそくさと逃げた。




