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第24話 正体

 水上コースターをおかわりした後、俺の奮闘が始まった。


 なるべく二人乗りのアトラクションに乗り、白土を喜ばせる。

 かといってそればかりだと日暮に怪しまれるので、四人全員で遊べるものを間に挟む。その際は高所恐怖症を配慮し、ウォークスルー系の巨大立体迷路やカラクリ屋敷をチョイス。

 当然、周囲への警戒も怠らない。

 VRのシューティングゲームだったり、暗い森を進むトロッコ、4Dの映像やキャラクター達の芝居を観るといったシアターやショー形式のイベント等々、こちらの姿を他の人に見られにくいやつを選んだ。


 アトラクション選びは上手くいき、それでも危ない場面が多々あった。

 その度に誤魔化す。水浪が協力してくれたし、白土自身も気をつけてくれてお淑やかモードのオンとオフを使い分けていた。


 ピンチは三人で乗り切った。何より俺が奮闘した。

 一瞬たりとも気を抜かずに周囲及び日暮を警戒。どうしようもない時は俺がわざと大きな声を出して注目を逸らし、全身全霊で任務を遂行。

 気を張った。声を張った。すげー頑張った。


 そして遂にこの時を迎える。


「よくやったよ、俺……」


 時刻は午後四時。

 生徒がメインゲートに集まり、教師が点呼を済ませ、現地解散。


 やっと終わった。遠足は終わった。

 無事に達成した。任務を達成した……!


「始まる前は不安だったけどなんとかなったなぁ」


 先程までいた遊園地を見上げ、一人ポツリと呟いて放心。

 バレなかったし、ある程度は白土を楽しませた。完璧とまでは言わないにしても上出来だ。


「よくやったよ、俺。本当によくやっ……ぐへぇ……」


 全てが終わり、緊張の糸が切れる音が心身の終わりを告げる。

 俺は地面に倒れ込む。


 ……マジで疲れた。ガチでしんどかった。超キツかった。


 今まで色々あったが今回は別格。桁違いの難易度に相応しく疲労感も桁違い。

 肩の荷が下りた途端に全身の力がごっそりと抜け落ち、自分がいかに気力のみで体を操っていたのかが分かる。

 心休める暇すらなかった。白土は二人で楽しもうと言ったが、いや無理無理、そんな余裕ありません。

 だからもう一度言う。何度でも言ってやる。

 俺は奮闘した。マジでガチで超すげー頑張ったんだ……!


「よぉ凌……! ここにいたか……!」


 地面に突っ伏していると、豆史がやって来た。

 怒気を含んだ語気。溶鉱炉のように真っ赤な双眸(そうぼう)。唸り、見下ろし……ああ、お前もか。


「何だ、豆史か」


 一瞥(いちべつ)し、吐き捨てる。

 そんな俺が(かん)に障ったのだろう。豆史が胸ぐらを掴み、尋常ならざる膂力(りょりょく)で俺を持ち上げた。


「何だ? お前こそ何だ。ねぇ凌? お前は俺と回らず誰と一緒にいた? いいや言わなくていい。全て知っている」


 体が宙に浮き、息が詰まる。

 視線を落とせば鬼がいた。豆史が鬼の形相で俺を睨んでいた。


「高嶺の花、ミスコン準優勝、ハーフ美少女。この三人が同じ班だったらしい。園内はその話で持ちきりさ」

「……」

「その班にもう一人いた。男がいた。……凌、お前だってなぁ」

「……」

「貴様ぁ、なんて良い思いをしてやがる! 美少女に囲まれてハーレム主人公気取りか!! テメェこの野郎ぉ!!!」


 激越(げきえつ)した口調で叫び、無数の唾を飛ばす。

 俺のことがムカつくのだろう。怒り狂っている。

 俺のことが許せないのだろう。殺意を放ってくる。


 は……はは……あっははは。


 なんて良い思い? 美少女に囲まれてハーレム主人公?

 ああそうだな。羨ましいよな。何も知らない奴はそう思うだろうよ。


 でもな、違うんだ。

 本当は……本当はなぁ……!


「黙ってないで何か言えよ凌ぉ!」

「あぁん!?」

「!?」


 豆史だけじゃない。園内にいた時もそうだ。

 男共が睨んできた。あいつだけ良い思いしやがってと妬んできた。

 俺がどれだけ頑張ったかを知らず。ポンコツ女子の為にどれだけ精神をすり減らしたかを知りもせず……!


「どいつもこいつも……」

「り、凌?」

「ああぁあぁぁムカつく!!!」

「凌!?」

「ああそうだけど? 女子三人と行動したけど? それが何? 何か文句でも? あ゛あ゛!?」


 俺の奮闘を知らない。白土の秘密も知らない。

 何も、なんっも知らねえくせに好き勝手言いやがる。怒り狂いたいのは俺の方だボケェ!


「ど、どうした? どうして凌の方が怒っているんだ!?」

「下ろせ」

「は、はい?」

「聞こえなかったのか? 今すぐ、俺を、下ろせ」

「あ、は、はい」


 手を離した豆史が尻もちをつく。着地した俺が悪態をつく。


「じゃあなクソ豆野郎」


 気分は最悪。最っっっ悪だ。

 周りの女子生徒が「見て、あれが『発狂の刄金君』よ」とか「ホントだ。今叫んでた」と言い、北津田君が「ちっ、刄金のくせに」と妬む。

 女子から新たなあだ名で蔑まされて男子からは嫌われる。

 何だこの仕打ちは。これが粉骨砕身した俺への仕打ちなのか。あんまりだ。酷すぎる。ああぁイラつく!


「刄金凌」

「……次はお前か」


 駅に向かっていると、いつの間にか水浪が並走していた。

 歩きながら俺の肩をポンポンと叩く。


「お疲れ様でした」

「ホントにな」

「顔色が悪いですよ」

「当たり前だろ。俺は全く楽しめなかった」

「私は楽しかったです。ポップコーン、チュロス、肉てんこ盛りプレート。大満足です。むふー、です」


 ああそうかよ。全部俺が買ったやつだな。


「白土はどこ行った」

「白土優里佳は帰りました」

「そうか」


 三十路教師が車で連れ帰ったのだろう。

 ちなみに三十路は点呼の際に俺にウインクしてきた。今日はありがとうって意味なのだろうけど、ただのトドメの一撃だったよ。思い出したくもねー。

 頭を振ってウインクの記憶を飛ばし、手を振って「水浪もお疲れさん」と告げ、俺は歩く速度を上げる。


「帰りやがるのですか?」

「叫びたい気分だからカラオケに行く」


 さっさと帰って寝たいところだが、溜まったストレスを発散させたい。

 スマホで最寄りのカラオケ店を検索し、俺はふと振り向いて声をかける。


「水浪も来るか?」

「奢ってくれやがるのでしたらお供します」

「じゃあなクソ貧乏ハーフ」

「刄金凌はケチです」

「二度と奢ってやらねーからな」


 水浪と別れ、俺は一人、駅の改札口を抜けた。











 電車で移動。カラオケ店に到着。

 声が枯れるまで歌おう。つーか叫ぼう。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「見れば分かりますよね。なんで聞くんすか。盲目(もうもく)なんすか? 受付の仕事をする前にあなたは別の受付に行きましょう。ほら眼科へレッツゴー」

「うわ……」


 記入用紙にペンを走らせ、やり取りをしているとお姉さんが引きつった顔でバックヤードに逃げ込んだ。失礼な店員だな。

 いや失礼なのは俺か。今のは民度レベルが酔っぱらいのおっさん、イキったヤンキーだった。苛立っているとはいえ、店員さんにあんなこと言っちゃ駄目だよな。

 誰もいなくなったカウンターに頭を下げた後、店内の奥へと入る。ヒトカラの幕開けだ。


「何を歌おうかな……ん?」


 扉に手をかける。

 その時、隣の部屋から聞き覚えのある声がした。


 この声は……日暮……?


 ドアのガラス部分から中の様子を伺う。

 そこにはやはり日暮がいた。

 もっと言えば、室内には日暮しかいなかった。


「そういや点呼が終わったらすぐに帰っていたな」


 日暮もカラオケに来ていたのか。そして俺と同じく一人。すごい偶然だ。


 ……待てよ?

 これは……チャンスだよな?


 遊園地では日暮と遊べなかった。ジェットコースターに乗っただけ。

 でも今、チャンスが巡ってきた。

 こんなの、誘うの一択だ。

 あんなに頑張ったんだぜ? 少しくらい良い思いしてもいいだろ。男子なら一度は憧れる『女子と二人きりでカラオケ』が目の前にある!


 大丈夫、イケる。

 日暮とはジェットコースターで良いムードになれた。俺が誘えば向こうも笑顔で受け入れてくれるはず。


「よし、行こう」


 覚悟を決めた。俺は今から日暮に声をかける。


「そうだな……ちょっと驚かせてみようか」


 向こうは俺に気づいていない。いきなりドアを開けたらビックリするだろうな。

 お? ワクワクしてきた。オラワクワクしてきたぞ。ニヤニヤもしてきたぞっ。


「すー、はー」


 息を整えてみるも、気持ちは落ち着かず、熱が増す。

 この高揚感は何だろう。脅かす側なのにドキドキする。


 ワクワクして、ドキドキして……そこで俺は気づく。


「……そっか。うん、間違いないよな……俺は……」


 俺は、日暮のことが好きなんだ。間違いなく、日暮に恋をしている。

 ちょっと気になる。淡い恋心。そんな風に語っていたが、俺は自分に嘘をついていた。

 ちょっとじゃない。淡くない。


 今、ハッキリとした。

 日暮のことが本気で好きだ。


 白土には悪いけど、でも自分の気持ちに嘘をつくのはもうやめだ。

 俺がワクワクするのは。ソワソワするのは。そしていちゃいちゃしたいのは……日暮、お前なんだ。



 この想い、いつか伝えよう。

 今はまだやめておく。今は日暮を驚かせて、ビックリした日暮に小突かれながらも笑い合ってカラオケを楽しもう。それで十分だ。

 俺はドアを開け、元気いっぱいに部屋に飛び込んだ。


「よお日暮! 奇遇だな! 一緒に歌……」






「ああぁあぁぁムカつく!!!!」






 部屋に飛び込むと、とびきりのシャウトが轟いた。



 …………へ?



「マジムカつく! 何なんあいつ? 何なんマジで! あたしの気遣いも知らんで好き勝手ポンコツしやがってマジ何なん! ああぁイラつく!」


 部屋の中にいたのは、一人の女子。

 マイクを持ち、叫び、怒り狂う。

 ……日暮がマイクを持ち、叫び、怒り狂っていた。


「ムカつく! クッソムカつくんやけど!? そうですねって連呼してヘラヘラして……あぁぁあぁ!」


 痰混じりの金切り声。シワが深く切り刻まれた鬼の形相。充血した眼球は軽く飛び出ている。


 幻覚だ。

 真っ先に俺はそう思った。

 だって、こんなの、日暮じゃない。俺が知っている日暮ではない。


 でも今、目の前にいるのは日暮……日暮、え、え……?


「ホント何なん!? ポンコツのくせに! アホのくせに! あんな奴にあたしはミスコンで負けたん? はあぁ!? 絶対許さんし! あんのポンコツがあああぁ!」


 日暮なのか?

 ち、違うよな?

 こんなの、日暮なわけが……。


「……な、なあ?」

「っ!? 誰!?」

「ひぃ!?」


 こちらを振り向く女子。

 俺は思わず悲鳴を上げた。

 なぜなら真正面から見る彼女の表情は……恐ろしかった。


 そして間違いなかった。

 般若のように恐ろしく、山姥(やまんば)のように悍ましく、怒りと憎しみで顔を歪ませた女性は日暮香織で間違いなかった。


 日暮が……豹変していた。


「なんで刄金がここに……? あぁ!?」


 一瞬だけ動揺するも、すぐに歯を剥き出して俺を睨む。殺す勢いで睨みつけてきた。


 頭がパンクしそうだ。衝撃のあまり意識が吹き飛びそうだ。

 とりあえず……出よう。


「……失礼しましたー」


 俺は部屋を出て、扉を閉める。

 ……ま、まあ? まあまあ、まあ待て。

 もしかしたら本当に幻覚だったかもしれない。疲労のせいだ。うん。重症だな。うんうん。やっぱりさっさと帰って寝るべきだったね。


 さて、帰ろう。

 というか……全速力で逃げよう。


「見ぃたぁなぁ……!」


 扉が開き、伸びてきた手が俺を掴む。

 扉の隙間からは、剥き出しの眼球が俺をロックオンしていた。


「……見テナイヨー」

「しゃーしぃ。嘘つくなや」


 豆史よりも激昂した表情。水浪よりも刺々しくて冷たい声。

 俺の体は引っ張られ、部屋の中に引きずられていく。


「あー……ヤバイ……」

「帰んな。あたしの正体を知ったからには逃げさんけん。この野郎ぉ……!」

「いや、あの……」

「……てゆーかアンタ、あの子の指導係やろ」

「な、何のことやら……って、どうして指導係のことを……?」

「ちっ、やっぱ関係者やったか。そんな気ぃしてたわ」


 舌打ちと歯噛み、表情に嫌悪感が滲み出る。まあさっきからずっと嫌悪感出まくりだけど。

 ……なぜだ? なぜ日暮が指導係のことを知っている。

 しかも、そういえばポンコツがどうのこうのと叫んでいたよな……?


「まさか、お前も白土の指導係……」

「あ゛あ゛ぁあぁあぁ!」

「!?」


 怒り狂う。叫び狂う。


「そいつの名前を言うな! 名前聞いただけでイライラする! があ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!」


 先程の比じゃない。

 ただでさえ変貌した日暮がより凶悪に、より醜悪に、表情を歪ませた。

 化け物のように吠えて、化け物みたいに暴れて……あ、あ、ああ……。


 酷すぎる。あんまりだ。


 日暮が豹変したこと。日暮がヤバイ奴だったこと。

 ただでさえ頭はパニックなのに、さらなる事実が舞い込んで思考が固まってしまう。

 加えて、日暮の絶叫。もう何が何だか……。


 けれど、一つ確かなことがある。

 これだけでは言える。


 終わった。

 俺の恋は……完全に終わった……。

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