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第23話 嫉妬

 日暮とジェットコースターに乗った。

 一緒に乗り、共に笑い、大いに楽しむ。素敵でウフフな、素敵で甘美なひと時を過ごした。

 最高。最っっっ高だ。

 はい一生の思い出~。心のフォルダに永久保存~。

 誓います、来世になっても忘れないと。家畜に生まれ変わろうとも忘れない。あの至福のひと時を思い返してブヒブヒ鳴いてやるよ。


 しかも、しかもだよ?

 日暮は言った。あたしも刄金君と二人で乗りたいな~、と。

 つまり少なからず俺に好意を……。

 いやぁ、参っちゃうぜ。なぁおい~。まさかの相思相愛? 困っちゃうなぁ、たまらんなぁ、えぇおい~。そりゃ、ねえ? えへ、えへへ、えっへっへぇ。どうしたらいいんだろうね~。うーん、うふふーんっ。だって刄金君、ユリやフラヴィアとは二人で乗っているのに、あたしと乗ってくれないもん、だってさ。え~? おいおい~? ちょちょーいっ。勘弁してくれよ~。そんなこと言われたら、ぬはー。でゅふふっ。ぬほほぉ~。


「お、お客様? お待たせしました」

「ブヒブヒ~」

「ひっ……」


 注文した品を受け取り、きちんとお礼を述べたらお姉さんが引きつった顔でバックヤードに逃げ込んだ。失礼な店員だな。


「刄金君、こっちのテーブルだよ~」


 今すぐ行くブヒよ~!

 俺は日暮が手を振って呼ぶテラス席へと向かう。


「あ、ユリが頼んだの、期間限定味のプレッツェルだね」

「そうですね」

「一口ちょ~だい。あたしのグリルシュリンプのバゲットサンドと交換しよ~」


 現在、俺らのグループはランチタイム。

 白土はハンドルみたいな形のドーナツを、日暮は焼いたエビを挟んだサンドイッチを食べる。

 女子三人の輪に俺も加わり、白土に話しかける。


「白土の美味しそうだな。俺にも一口くれ」

「……」


 目が合った。声は届いた。間違いない。

 だが白土はプイッと顔を逸らし、俺を無視した。


「白土?」

「……」


 あからさまなシカト。ツンとして立つ山の如し。

 ……なぜだ?

 実のところ、合流してからずっとこの調子なのだ。俺に対して冷たい。


「なあ水浪」

「ジューシーで美味しー!」


 こういう時は仲間に聞くべき。

 しかし頼みの水浪は肉てんこ盛りプレートに夢中で俺のヘルプに気づきもしない。

 お前も無視かよ。聞けよ。それ買ってあげたのは俺だろうが。

 ……さて、どうしたものか。


「これ美味しいね~」

「そうですね」

「午後からはどれに乗ろっか?」


 日暮とは普通に話す。冷たいのは俺に対してのみ。

 俺にだけってことは俺が原因なのだろうけど……え、何かやっちゃいました?


「そうですね」

「水上コースターはどう? 面白そうだよ~」

「そうですね」

「あはは。あたし、お手洗いに行ってくるね~」


 日暮が席を立った。

 店内に入っていくのを見届け、さあ今がチャンス。

 俺は水浪を揺すりまくる。


「なあ水浪、なあおいって」

「触らないでください。汚らわしいです」

「白土の様子がおかしいぞ」

「優里佳様が変なのは前からです」


 それはそうだけど。

 でもこんな白土は見たことがない。今は普段の変とは違う変なんだ。


「うー!」


 うわなんか鳴ったぞ。サイレン? 田舎のサイレン? 正午のお知らせ?


「刄金凌のせいです」

「そうみたいだな。でも俺は何もしてねーぞ?」

「分からないのですか? あなたは中の上レベルに鋭いと自負してやがるのですから自分で気づきやがったらどうです?」


 うわ煽られた。言葉にトゲがある。こいつもなんか怒っているんだよなあ。

 ……俺のせい、ねえ。

 急変したのは合流後から。それまでの間に原因があり、俺が何かやらかしたのだろうけど……。


「うー! むー!」


 駄目だ、皆目見当がつかない。あとうるさい。


「あぁ、そういえば刄金凌はデリカシーがなかったですね。そんな人間に気づけるわけがないですね」

「まだ貶すの? そろそろ泣くよ?」

「欠落したあなたに泣くという機能がありやがるとは驚きです」

「なめんな。戦地から帰ってきた飼い主と再会する犬の動画で号泣するから俺」

「そうですか。どうでもいいです」

「もういいだろ……教えてくれよ」

「やれやれです。では、ヒントを出します」


 ひと息ついた後、椅子を引く水浪。

 次の瞬間、俺に身を寄せてきた。


「は?」


 接近した水浪は俺の耳元に手を添え、もう片方の手を俺の足に置く。

 ビックリだ。近い。近いって。急にどうした。

 すぐ傍には水浪の顔。流水のようにサラサラと、聖水のようにキラキラな髪からは白土とはまた違った良い香りがする。

 少し首を動かすだけで互いの顔が触れ合いそうになるミリ単位の至近距離で、水浪はロウソクの火も消せないような息遣いで囁いた。


嫉妬(しっと)です」


 ……嫉妬?

 と、俺が問い返すよりも先にテーブルが激しく揺れた。


「フラーちゃん! 近い!」


 見れば、白土がテーブルに両手をついて立ち上がっていた。

 目はギラギラと燃え上がり、ワナワナと震える全身に伴って髪の毛先が逆立つ。

 おい水浪? 余計に炎上させているぞ?


「この通りです」


 その言葉を最後に水浪はスッと離れ、白土の元へ移動した。


「ま、まさかフラーちゃんも凌君を……ふ、ふーっ!? ふうぅー!」

「ご安心ください。私はゲイツと石油王以外の男性に興味はないです」


 目に見えて怒る白土。敵愾心(てきがいしん)と歯を剥き出して水浪を威嚇(いかく)

 その一方で表情には焦りと不安が表れていた。


 怒りと焦り……あ。

 その時、細く眩い光線が俺の頭部を貫通した。推理漫画のアレ。

 白土の反応。水浪のヒント。合点がいった。


 なるほど……嫉妬、か。











 視点を変えると色々と見えてきた。

 もし俺が白土だったなら。

 好きな男と遊園地ブヒブヒ~、といった具合にワクワクさんだ。

 だがその男子は自分がレコーディング中に別の女子と二人で遊んでいた。

 それをどう思うか。その答えは水浪がくれたヒントそのまま。


 嫉妬。


 そう、白土は嫉妬していた。拗ねていたのだ。


「お、意外と楽しいなこれ」

「……」

「いい加減こっち向けよ」

「……」


 二人乗りの水上コースターに乗る俺と白土。

 子供向けの乗り物らしく、激流や急降下とは無縁の低速で洞窟内を進む。四方八方にはファンタジーなオブジェや建物が埋め尽くされ、絵本の世界に飛び込んだかのよう。目で楽しむアトラクションだ。

 本来なら喜んでもらえるはず。

 けれど白土は未だに膨れっ面。二人きりになるとベッタリくっついてきたくせに今は距離を空ける。


「何か言えよ」

「わさび」


 ……わさび? なぜ唐突にわさび?

 意味を探ろう。脳内の検索バーに『わさび』と打ち込む。

 スペースキーを挟み、すると『わさび ツーン』と表示された。え、そういうこと?


「分かりにくいな。ツーンって言えよ」

「ツーン!」

「そ、そこまで声を張り上げなくても」

「ツーン!」


 あー面倒だ。このままだとゴールに到着してしまう。

 丁重に接するのはやめだ。単刀直入に言おう。


「白土、イエスかノーでいいから答えて」

「……」

「俺が日暮と遊んだのが嫌だったんだろ」

「……うん」


 水上コースターは軽く揺れ、波がトプンと音立てる。波紋のように広がる音に溶け込んだ声を俺はしっかりと聞き取った。

 やっぱり。だと思った。

 原因は分かった。答え合わせは終了。

 次は俺の番だ。単刀直入に謝ろう。


「俺が悪かった。ごめん」

「……どうして凌君が謝るの?」

「お前を楽しませるのが目的なのに俺だけ楽しんだ」


 逆の立場で考えてみる。

 例として、俺がトイレに行っている間に日暮と豆史が二人でジェットコースターに乗ったとしよう。

 Q.俺はどうする? A.豆史ぶっ殺す。うんまあこれも正解だけど。

 当然、嫉妬するよな。逆の立場なら俺だって拗ねる。


 ましてや白土は信じていた。

 楽しめる時間を俺が必ず作ってくれると信じ、お淑やかモードになるのを嫌がらずに待っていた。

 その期待を俺は裏切ってしまった。自分だけ楽しんで、白土を楽しませてあげないどころか怒らせてしまった。

 ……俺、まあまあクソ野郎じゃね?


「これからちゃんとするよ。だから機嫌を治してくれ」

「……」

「だ、駄目か……?」

「……」

「うぐ……」


 そ、そうだよな。許さないよな。

 ああ、どうしよう……。


「うん」


 再び揺れた。

 揺れたのは水上コースターのみ。

 なのに俺の肩も揺れた。いや、触れた。

 気づけば白土が距離を埋め、俺にピッタリとくっついていた。


「許してくれるのか……?」

「わたしの方こそごめんね」


 とろけきった満面の笑みでもなければ、お淑やかな微笑みでもなく、苦笑い。決まりの悪そうな顔を赤らめて謝ってきた。


「……お前こそ、どうして謝るんだよ」

「凌君はお化け屋敷では優しくしてくれて、コーヒーカップでは暴れて注目を逸らしてくれたよね。凌君は頑張ってるのに、香織ちゃんと遊んだだけでわたしは拗ねちゃった。うーとかむーとかツーンとか言っちゃった」

「でも俺は」

「いいの。ごめんね、任せっきりなのに偉そうにしちゃって。だから凌君、もう謝らないで」

「……でもやっぱ俺が悪いから……」

「いいのっ! わたしも悪いっ!」

「そ、そうか?」

「そうなのっ! わたしも悪いっ。えっへん!」

「いや威張ることでは……」


 胸を張って鼻高々。自分も悪いと言って踏ん反り返る。な、何この子?


「ねぇ凌君。二つ、お願いしてもいい?」


 戸惑う俺を置き去りにし、白土は喋る。

 こうなっては白土のペース。まあ大体いつもこいつのペースだけど。

 でも素直に聞こう。

 こいつがあっという間に機嫌を治したことに圧倒されながらも、なぜだか俺はほんの少しだけワクワクしていた。


「何?」

「凌君はわたしの為に頑張ってるよね。でもそうじゃなくてね、わたしの為だけじゃなくて、二人の為にって思ってほしいの」

「二人って……お前と俺?」

「うん。わたしと凌君。わたしを楽しませるのではなくて、二人で楽しもうよ。わたしと凌君、二人でっ」


 急に元気になったかと思えば、こんなことを言う。俺を気遣っているのか、はたまた本心なのか、この場をまとめる良いことを提案する。

 拗ねていたくせに。ポンコツのくせに。

 こいつは……やっぱり変な奴だな。

 もう一度、改めて思った。

 白土って変な奴だし、すごい奴だ。


「ああ、その方が良いな。そうしよう」


 俺が頷いてみせ、白土も笑顔で応える。


「うんっ。じゃあ、二つ目のお願いを言うね」


 そして白土は……再び頬を膨らませた。


「香織ちゃんと二人で乗るの禁止」

「……ん? 白土?」

「他の女の子と乗っちゃ駄目。くっついても駄目っ。フラーちゃんでも香織ちゃんでも駄目だからね!」

「え、まだ拗ねてる……?」

「二度とわたし以外の女の子と遊んだらいけない! 分かったっ?」

「うわまだ怒ってるじゃん……」

「あ、当たり前だもん。だってわたしは凌君の彼女だもんっ。うー! むー! わさびー!」

「わ、分かったよ」


 水上コースターは緩やかにゴールへ到着した。


「あっ、終わっちゃった。……凌君」


 袖をクイクイ。こちらを見上げる白土。

 物欲しげな瞳とまだちょっぴり膨らんだ頬を見て、ああこいつもう一回乗ろうと言うつもりだなと察した。


「もう一回乗るか」

「うんっ」

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