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第17話 そこにいたのは

 大変だった土曜。寝まくった日曜。そんで月曜が訪れる。

 俺は廊下を歩き、紙パックにストローを突き刺す。


「やっぱ朝はこれだね」


 味良し、コスパ良し、大正義リプトンと肩を並べたこともある紙パックジュース界の貴公子。その名もアロエドリンク。

 イチローの朝カレーよろしく俺の朝はアロエドリンクから始まる。


 その昔、絶大な人気を誇ったこいつは突如として製造が終了した。ファンは嘆き、当時は幼子だった俺もグレートブルーホールに沈む思いだったのを覚えている。

 しかし一年前、運命の再会を果たした。なんとウチの高校ではなぜか今もアロエドリンクが販売されていたのだ。

 どこで仕入れてくるんだよ、といった疑問は無粋(ぶすい)である。細かいことはいい。神ってる。この学校に入って良かった。


 優雅にアロエの粒を啜り、二年一組の教室に入る。

 するとクラスメイトの北津田君が近づいてきた。


「よぉ刄金」


 彼と話したことはほとんどない。体育のバスケで「スクリーン! そこスクリーン!」と指示し合う程度だ。バスケ部に呆気もなくボールを奪われて二人して苦笑したことくらいしか思い出がない。

 そんな北津田君が馴れ馴れしく話しかけてきた。何の用だろうね。


「何?」


 自分の席に座り、問いかける。

 横に立つ北津田君は……ほくそ笑んでいた。


「土曜日、デパートにいたよな」

「……」


 そこで分かった。全てを理解した。声が妙に浮き立っていると思ったがそういうことか。

 あの日、こいつもデパートにいた。館内放送を聞いていたんだ。


「高校生にもなって迷子になるなよ」


 馬鹿にしに来たらしい。噴き出しながら俺を見下ろす。

 しかも北津田君だけじゃない。数多の視線が俺に向けられており、他のクラスメイトもニヤついていた。


「違うんだ。俺が迷子になったのではなくて」


 誤解を解こうと口を開くも、言葉途中で口を噤む。

 駄目だ。迷子になったのは白土なんだ、とは言えない。あの日の苦労が水の泡になってしまう。


「言い訳するなよ刄金ぇ」


 ……なるほど。自分の置かれている状況と注意すべき点を一から十まで把握したよ。

 真実は話せない。成す術がない。俺は迷子のレッテルを大人しく受け入れるしかないのだ。なんてことだー。


 ま、別にいいけど。


 確かに恥ずかしいが、俺が迷子になったと勘違いされているイコール白土を守れたってことだろ? あいつのイメージはノーダメージ。ちょっと韻を踏みつつ椅子にもたれかかって堂々としよう。

 いくらでも俺を貶せばいい。そこまで仲良くない級友から馬鹿にされても俺の中の上メンタルなら余裕で耐えられるぜ。


「え~? 刄金君、迷子になったの?」


 俺の冷静な判断は(おおむ)ね正しいと言える。

 ただ一つ、誤算があるとしたら……あ…………。


「ちょっとビックリだな~。幻滅しちゃう」


 やや離れた位置でこちらを見てくる女子グループ。

 そこにいたのは、日暮だった。

 眠たげな瞳をいつもより細め、憐憫(れんびん)の眼差しで俺を見て……がはっ!? 呆れたように笑って……ぐはっ!


 ご、誤算だ。大ダメージだ。

 他の連中はともかく、日暮だけは違う。ちょっと気になる女子に嘲笑(ちょうしょう)されるのは……げはっ、ごはっ!?


 紙パックを握り潰し、机に突っ伏す。

 最悪だ。日暮の中で俺の評価が下がった。あ、死にたい!


「クラスメイトとして恥ずかしいぜ」


 尚もコケにしてくる北津田君がムカつく。白土に会釈されて気絶したお前よりはマシだろうが。

 ああ、クソ。最悪の気分なのだから放っておいてくれ……。


「迷子になるし成績は悪いし、刄金は本当」

「白土さんに会釈されて気絶した奴よりはマシだよ北津田君」


 颯爽と現れた一人の男子が北津田君の言葉を掻き消す。

 俺は顔を上げる。珍しく真面目な顔をしたイケメンは「そこどけよ」と付け加えて鞄で北津田君を押し退けていた。

 そこにいたのは、豆史だった。


「ぼ、僕は気絶なんかして……うぐ……」


 見る見るうちに顔が真っ赤になり、北津田君は逃げるようにして去っていった。

 豆史は目尻を吊り上げて不快感を示し、拳で机を叩く。


「何だあいつ、凌のこと馬鹿にして。気に食わないね。豆をまこう!」

「節分か。豆じゃなくて塩な」

「それより『迷子の刄金君』って本当?」

「そんなあだ名がつけられているのかよ……」

「何か事情があったんだね」


 アホ面を浮かべ、豆史は俺の脳天を叩く。

 普段と変わらない表情。恒例の挨拶。他のクラスメイトとは違い、豆史だけは俺に対していつも通りだった。


「俺を馬鹿にしないのか?」

「凌がマジで迷子になるとは思えないからね」

「色々と事情があったんだ」

「だろうね。お疲れ」

「あれ? 豆史って案外良い奴?」

「俺は激しめに良い奴だよ」


 激しめにって強調はどうかと思うも、気が楽になった。

 こいつは馬鹿にしてこない。俺の代わりに北津田君へ怒りをぶつけてくれたことが嬉しかった。


「豆史のことを親友と呼びたくなったよ」

「へへーん!」


 豆史は笑い、俺も笑みを返す。友情っていいねっ。


「まぁそれは置いといて……なぁ、凌?」


 と、豆史がまた拳を机へ叩きつけた。先程よりも強く、威圧的に。

 笑っていたはずの顔が歪み、眉間にシワが寄る。歯軋りと舌打ちの音を重ね、豆史が俺を睨みつけ……え?


「豆史?」

「迷子の話はいい。聞くところによると、デパートの放送で凌を呼び出したのは水浪さんらしいね」

「そうだけど、それが何?」

「つまり凌は水浪さんと一緒にいた。男女が二人、休日に、デパート。……凌、お前は、いや貴様は……貴様は水浪さんとデートしていたのかぁ!」


 静かな口調だったのが徐々に声量が上がり、最後は轟音シャウト。

 鬼の形相。悪魔の咆哮。ビックリだ。豆史がキレた。

 あまりの剣幕に思わず俺は椅子を引いて距離を空ける。


「声を荒げてどうした。落ち着けよ」


 宥めてみるも無意味。空けた距離もすぐに詰められ、眼前の男はヒートアップしていく。


「どうしたもこうしたもないよ。羨ましすぎる! 水浪さんと? デート? 水浪さんとデートぉ!? 俺が河川敷の坂をダンボールで滑っている間にそんなことしていたの!?」

「お前とことん休日を無駄にしているのな」

「先週、俺との付き合いが悪いと思ったら……まさか水浪さんと付き合っているの!?」

「付き合ってねえよ」

「だとしても休日にデートするくらい仲が良いんだろ!?」

「いやデートは水浪じゃな……あー、なんでもない」

「アハン? いやいや凌? 俺達は親友だろ。白状しろよ」


 親友は撤回させてくれ。目が血走った奴と友達になりたくないです。つーかキレすぎだろ。


「何だよ、さっきは優しかったのに」

「ハッキリと言っておこう。俺は凌が迷子になった云々は心底どうでもいいのさ。凌が女子とデートしていたってのが純粋にムカつくんだ!」

「やっぱお前良い奴じゃねえ。最低だなおい!」

「うるせー! ねぇ俺には教えてよ。オフの日の水浪さんはどんな感じ? どんな服だった? どんなデートをした? 全部言えー!」


 ……これはこれでめんどいな。

 豆史は俺が水浪と二人でデパートにいたと勘違いしている。本当は白土とのデートだったんだが。

 でもそれは言えないし、言っても信じてもらえない。仮に信じてもらえたところでこいつの怒りがメラゾーマからメラガイアーになるだけだ。


「狐に小豆飯とはこのことだね―――彼女を作る気配がなかったやれやれ系の凌が―――俺に内緒で女子とキャッキャしているとは―――許せない―――」


 眉間に無数のシワを寄せて893なフェイス。睨みつけてくる目は鷹よりも鋭い。お、おいおい、ザ・ファ○ルのキャラみたいな顔しているよ―――どうしよう―――


「刄金凌」


 俺のフルネームを呼ぶ声。パッと横を見る。

 そこにいたのは、水浪だった。

 瞬時に理解した。助けに来てくれたのだ、と。そしてタダではないと察した。


 俺はすぐに財布から百円玉を取り出し、素早く渡す。

 一秒で交渉は成立した。水浪は口元を拭い、豆史に声をかける。


「海月豆史」

「あ―――? って、水浪さん!? 水浪さんが話しかけて……うっほぅ!」

「私と刄金凌は付き合っていないです。デパートで会ったのは偶然です」

「水浪さんが俺に話し、うっほぅ! ありがとうございまっほぅ!」


 会話になっていないものの、豆史は大喜びで水浪の方を見る。その隙に俺は教室を出た。

 あの調子なら豆史は大丈夫だろう。水浪に感謝だな。まああいつが俺を犠牲にする案を実行しなければこんなことにはならなかったけどなあ!


「どこかで時間を潰すか」


 そういやアロエドリンクを握り潰してしまった。

 もう一本買おう。朝から酷い目に遭ったのだから二本目を買ってもいいよな。

 教室を出て、階段を上がる。



「凌君」



 階段の踊り場。声をかけられた。俺は振り返る。

 そこにいたのは、白土だった。

 しかも、なんてことだ、お淑やかモードを解除していた。


 俺は急いで辺りを見渡す。上への階段。下への階段。

 幸いにも誰もおらず、踊り場にいるのは俺と白土だけ。


「危ねえ……てか学内で話しかけるなよ」

「すぐ終わる。早く渡したかったのっ」


 そう言った白土はもう俺の目の前に立っていた。跳ねる二つ結びの髪が射し込む朝日によって輝く。白い肌はさらに白くなる。

 思わず体が仰け反ってしまう。ビクッとしたのか、ドキッとしたのか、それは定かではないが、眼前にいる白土に対して平常心を乱された。

 と、白土が両手で俺の手を包み込む。そっと握りしめ、何かを乗せてきた。


「これは……?」


 手に乗せられたのは、折り紙で作られた……スーガだった。


 ……ん? はい?


 スーガ? 水魔神スーガだよな? ……意味が分からない。


「ついでに残り二つも作ってきたっ」


 白土はスーガに続いてサンガとヒューガも渡してきた。

 青色、茶色、緑色。俺の手を埋め尽くす三色の三体。


「リードシクティス・プロブレマティカスはサイズが大きくて学校に持ってこられなかったの。だから凌君が好きなのを作ってきたっ」


 いやあの余計に意味が分からないのだけど?

 困惑する俺に対して白土は笑う。

 こいつも一応は辺りを気にしているのか、ソワソワと周囲に目を向けつつ、でも俺に向けてニッコリと笑った。


「前に言ったよねっ、今度作った折り紙を持ってくるって」

「そういえば言っていたような」

「土曜日のデートもすごく楽しかった。そのお礼。凌君にプレゼント!」

「俺に?」

「バイバイ。また放課後」


 俺が手元に視線を落としていた間に白土はお淑やかモードになっていた。

 踵を返して階段を下りていく。あっという間にいなくなり、俺はその場で立ち尽くす。

 えーと、何だったんだ……?


「ゲートガーディアン……」


 試しに三体を組み合わせてみる。原画通り、上から雷魔神、風魔神、水魔神の順番で。

 すると三体は接合部分で綺麗に合わさり、真のゲートガーディアンが完成した。ATK3750。これはどこからどう見てもゲートガーディアン。誰が見てもゲートガーディアンだ。


「……何このクオリティ」


 白土はポンコツだ。だから趣味の折り紙もポンコツだと思っていた。

 なのにこのクオリティは何だ? 完成度が高すぎる。ポンコツのくせに折り紙は上手なのかよ。それはそれでポンコツだなおい!


「はあ~。……あいつらしいけど」


 土曜日のお礼。そう言って笑った白土は嬉しそうだった。

 ホント呑気な奴だ。俺は『迷子の刄金君』と馬鹿にされて大変なのによ。


 と、その時、予鈴が鳴った。

 慌てて階段を下りる。微かに微笑みを浮かべながら。


 白土が学内でも堂々と話せるようにしてあげる。人目を気にせず無邪気に笑えるようにしてやるんだ。ポンコツを治し、本当の高嶺の花に育てる。

 やたらと完成度の高い折り紙を持ち、俺は教室に入った。今週も彼氏教師として頑張ろう。


「どこに行っていたのさ凌。ホームルームが始ま……それは何?」

「ゲートガーディアンだ」

「お前なんで急にゲートガーディアン持っているの!?」

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