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第13話 緊急事態2

 手紙には彼女の想いが綴られていた。


 何もなかった僕の日常に、生きることがつまらなかった僕の前に、彼女は現れた。


 今なら言える。彼女との出会いは運命だったと。

 最初は鬱陶しかった。彼女のことが苦手だったし、僕のことは放っておいてほしかった。

 僕と一緒にいても楽しくない、そう何度も注意した。その度に彼女は、そんなことないよと言って微笑む。僕が嫌がっても決して離れようとしない。傍に居続けた。いつも笑顔だった。


 そんな彼女に惹かれていった。共に過ごす時間が楽しくて嬉しくて、心地良かった。

 今ならハッキリと言える。君と一緒にいられて幸せだった。


 でも、もう遅い。

 彼女は難病を患っていた。

 彼女は……遥か遠くへ……行ってしまった。


『貴方がこの手紙を読む頃には、私はもう貴方の傍にはいません』


 いつかは別れの時が訪れる。僕の元から離れていく。

 分かっていたのに、人は脆くてつまらない生き物だとしか思っていなかったのに、今になって涙が止まらない。もっと一緒にいたかったと今になって思う。もっと優しくしてあげれば良かったと今になって後悔する。

 いつも微笑んでいた彼女が最後に見せた、あの悲しげな表情が忘れられない。


『今まで一緒にいてくれてありがとう』


 手紙には彼女の想いが綴られていた。

 二人で行った場所や様々な出来事、他愛のない会話の内容も細かく書かれていて、そこには溢れんばかりの想いが詰め込まれていた。

 ……僕も同じだ。君との思い出が数えきれない程にある。君への想いがたくさん、いっぱい、溢れんばかりにあるんだ。


『もう会えないけど、せめて最後に……』


 最後の一文。涙が止まらない。溢れる涙と想いが止められない。こんなにも悲しくなる。訳が分からなくなる。

 今ならハッキリと言えるのに。僕にとってどれだけ大切な存在だったか思い知ったのに。生きることがつまらなかった僕を君は救ってくれたのに……!


『最後に、一つだけいいですか?』


 君に会いたい。一緒に笑いたい。君と一緒にいられるなら僕は……僕は……っ。

 それはもう叶わない。

 だからせめて最後に一つだけ、僕も伝えたい。


 僕も、僕も同じだよ。君と同じ想いなんだ……っ。


『追伸:貴方のことが好きです』


 僕も君のことが好きだ。大好きだ。世界で一番愛している。


 絶対に忘れない。死んだ後も忘れない。

 君との日々、笑顔、温もり、君に関する全てのこと。

 手紙を読み終え、空を見上げる。


 必ず伝えに行くよ。だからその時は、



 また笑顔で僕の傍にいてくれますか―――






「ぶ、ぶええぇん……悲しいお話だったよぉ……!」


 暗かった館内をオレンジ色の光が照らし、他の客は出口へと向かう。

 その間、白土は声をあげて泣きまくっていた。両の瞳からは絶え間なく無数の涙が流れ続けてさあ大変。

 白土が号泣して鼻をすすり、俺は早急に残りのジュースを啜る。


「男女が出会い、互いを好きになって、でも最後は永遠に離れ離れ、か。ありがちな終わり方だったな」

「永遠、ぐすっ、じゃないよっ。二人はまた会える。彼女はお空で待っているはずだから……びええぇん……!」

「とりあえず白土、俺の上から降りて。あと離れて」


 切ない悲恋の物語。俺的には「ラストにタイトルを回収したのは上手いなあ」程度の感想しか出ないが、白土の感受性にはドストライクだったらしく、感動のあまり涙と鼻水をドバドバ出す。

 上映前にポップコーンを食べさせ合いっこした後、上映開始からも白土は密着し、俺の上に座って俺の腕に顔をくっつけたままだった。

 おかげで俺の腕は涙と鼻水まみれ。ねっちょりネチョネチョ。片腕だけ局地的大雨でさあ大変なのだ。おまけに上映中ずっと白土を乗せていたせいで太ももが痛い。


「えっぐ、今日もバスタオルを持ってくれば良かった」

「アホなことほざくなとツッコミたいが、確かにその通りだ」

「悲しいお話だったね。……凌君はずっとわたしの傍にいてくれる……?」

「さあどうだろうな」

「っ……ぐすぅ」

「まだ泣くの? お前の涙の貯水量すごいな。宮ヶ瀬ダムかよ」


 俺の腕がさらにずぶ濡れになる。腕を生やした直後のネイルさん状態だ。戦闘力は落ちていないが気力はガタ落ちです。俺いつも気力を失ってんなあ。

 ま、被害は俺だけで済んだし、白土のポンコツは他の客にバレなかった。映画デートは大成功ってことでそろそろ出ましょ。

 俺はフラつきながらも席を立ち、未だ腕にくっついた白土を引っ張り上げる。


「え……も、もう出るの?」

「俺ら以外の人は既に出たぞ」

「……」

「なーんすか?」

「だって外に出たらまたお淑やかモード……」


 か細い声を漏らし、引っ込みかけた涙がまた瞳に溜まる。まーたそれですか。今日だけで何回ダムを放流する気?

 言っとくが時間はない。長居すると清掃員が注意しに接近してくる。館内にいても、館内から出ても、どちらにしてもお前は直ちにお淑やかモードをオンにしなくちゃいけないの。


「頑張ってくださいな。行くぞ」


 俺らは映画館を出る。外のフロア内には数多の人が観た映画の感想を言い合ったりして盛り上がっていた。やっぱ人が多い。

 つーことです。ほら泣き止んで離れなさい。急げ急げハリーハリー。


「り、凌く」

「泣かない。喚かない」

「……うぅ」

「俺はトイレに行く。白土はどうする?」

「私も行く」

「じゃあまた後でな」

「うん……」


 白土が涙を拭ってお淑やかモードになったのを確認し、トイレの前で別れる。

 しばしの自由時間だ。解放された。やっふー。


「つっても、ここからどうしようかな」


 俺は温風機に腕を突っ込んで頭を悩ませる。他の人が「なんでこいつ腕を乾かしているんだ?」といった奇異の目で見てくるのは気にしない。


 映画は無事に終わった。恋人の経験を得られて良かった。俺の目論(もくろ)みは達成された。

 で、じゃあ次は? 今からは何をする?

 現在時刻は午後二時前。帰るにはちと早い。けどここからはノープラン。俺は映画後の予定を考えてこなかったのだ。

 ツメが甘いよな。でもこのツメの甘さとやや計画性に欠ける感じが中の上レベルのクオリティって気がして誇らしい。夏休みの宿題を早々に八割方終わらせて残りは最終日になってから慌ててやる、みたいな? いかにも中の上っぽいよね~。うふふ~。


「うーん。お淑やかモードになるのを嫌がっているから、あいつがデパート内でどこか落ち着ける場所があればいいんだが……思いつかねえなあ」


 困った困ったこまどり姉妹。言うてる場合か~。

 かといって時間をかけても妙案は思いつきそうにないし、いつまでも温風機を独占するわけにもいかない。ひとまずトイレから出よう。


「お待た……白土?」


 男女トイレ前の通路。白土の姿がない。ああ、まだなのね。待ちましょう。

 俺は壁にもたれかかって腕を振り回す。行き交う人が「なんでこいつ腕を振り回しているんだ?」といった奇異の目で見てくるのは気にしない。うるせえ、まだ乾かないんだよ。白土の涙と鼻水はすごいなあと思います。


 ……そういやあいつ、トイレに行く前、すげー悲しそうな顔をしていたな。今日は喜と哀を何往復としているが、さっきのは特に辛そうだった。

 なんだろう……頭から離れない。どうも気になる。


「にしても遅いな」


 あいつの表情は一旦置いとけ。白土がトイレから出てこない。

 俺がトイレにいたのは五分。出てからもう五分が経った。男子トイレに比べて女子トイレが混むことを踏まえてもそろそろ出てくる頃合いのはず。

 もしかして……大? いやそれは違うね。あいつは恥じらいなく「うんち」と言うが、うんちはしない。だって美少女だから。可愛い子はうんちをしないって聞いたことあるもん。照橋さんも言ってた。


 大じゃないならなぜ遅いのだろう。まさかトイレで何かポンコツな失態をしたとか……?

 しかし中の様子を伺おうにも、男の俺が女子トイレに入れば即アウト。変態のレッテルを貼られてしまう。築いてきた中の上の経歴にキズがつく。

 しゃあねえ。こういう時は、あいつだな。


「水浪、出てこい」

「呼びやがりましたか?」


 名前を呼ぶと、一瞬にして水浪が姿を現した。

 シルバーブロンドの髪がサラリと舞い、青い瞳はまるで水晶のように澄んでこちらを見つめる。今日も何を考えているか分からない無愛想で無表情な顔をしてるね。


「やっぱ監視していたか」

「私は白土優里佳の従者です。暇があれば常に傍にいます」

「そんな時間があったらバイトしろよ貧乏ハーフ」

「しています。あなた達が寿司を食べたり映画を観ている間にボールペンを組み立てまくりです」

「あっそ。ご苦労様。早速だが、白土がトイレにいるか見てくれ」

「分かりました。ところで刄金凌、私はお腹が空きました」

「お前が言いたいことは分かった。ポップコーンな」

「サイズは任せます。Lサイズとかでいいですよ」

「ガッツリ所望してるじゃねえか。分かったから行ってこい」


 水浪は涎を拭い、スーッと女子トイレの中に入っていく。

 ともあれ水浪がいてくれて助かった。あとは白土がトイレの中にいれば問題はない。まあもし中にいなかったらマズイけど。


「大変です。白土優里佳がいません」


 フラグ回収が早すぎる件について。

 戻ってきた水浪が瞳を全く揺らさずに淡々と告げる。白土が女子トイレの中にいなかったと。


「マジかよ……どこ行ったんだ」

「トイレに入ったのは確かです」

「監視していたんだろ? トイレから出てくるところは見ていなかったのか?」

「私も白土優里佳と同じタイミングでレコーディングに行っていましたので」

「レコーディング? ……あ、音入れってことね。もしかして水浪は大だった?」

「刄金凌はデリカシーがないです」

「ああそうか、お前もうんちしないよな」

「刄金凌はマジでデリカシーがないです。訴えます。訴えられたくなければ」

「待て待て俺も悪かった。そんなことより……これって相当にマズイ、よな……?」


 白土がいなくなってしまった。一人にさせたら何をしでかすか分からないポンコツ白土がどこかへ行ってしまった。

 ……ヤバくね?


「大変です」

「どうするんだよ」

「参った参った舞の海です」

「言うてる場合か!」


 なんてことだ。白土が迷子になってしまった……!?

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