第12話 カップルシートでいちゃいちゃの練習
寿司一皿とラーメン一杯。俺のランチは以上だ。
しかもラーメンの一口目は眼球にあーん。俺のランチは異常だ。
回転寿司屋を出て、盛大にため息を吐きつつ「息がとんこつ臭くないだけマシだな」と麻痺した感想を胸中で消化させていると、白土が頭を下げて謝ってきた。
「凌君ごめんね。わたし、ちょっぴりお茶目なの」
お前のポンコツは茶目っ気にカテゴライズして済む次元ではございません。フルマラソンをセグウェイで走っているの自覚してる? それくらい反則級なんだよ。
いっそのこと今ここでキレてしまおうか。怒鳴り散らしても許されるだけの仕打ちを受けたと思う。
「ま、気にするなよ。俺は平気だ」
少し考えたが、やめておこう。
お茶目なの、そう言って申し訳なさそうに詫びる白土を見たら怒鳴る気は一瞬にして消え失せた。
何度でも言おう、可愛いは正義だ。現代では最強のチート能力です。能力名は『可愛いは正義』でどう?
「凌君は優しいっ。あの時も、凌君は優しくてカッコ良かった……」
「あの時ってどの時?」
「あの時だよっ」
あ、もういいです。追及するだけ無駄ぁ。話題を変えましょ。
「お腹はいっぱいになったか?」
「うーんと、お腹八分!」
「まあそれくらいの方がいい。ポップコーンは食べたいだろ?」
「どういうこと?」
飯は惨敗したものの、気を引き締め直してデート開始だ。
「が、その前に白土」
「凌君と二人でデパート! わーいっ」
「はいそれ禁止。お淑やかモードになれ」
怒りはしないが注意はするぞ。
休日のデパート。人は当然多い。辺りには指の数では足りない人が行き交う。
この状況下、同じ学校の奴にバッタリ会う可能性は十分にある。それを忘れてはいけない。もし見られたら俺もお前も困るんだぞ。
再度注意すると、白土は懲りずに「でも……」と言い返してきた。
「でも……わたし、いつも学校でお淑やかモードやってるから今日はのんびりしたい」
「気持ちは分かるけど今は場所が悪い。わーいっ、なんて絶対にNGだ」
「それに今日は凌君がリードしてくれる特別なデートだから……」
「何度も言うぞ。あくまでデートの練習だ」
確かに目的は恋人の気分を体験することだが、最優先なのはお前の正体を隠すこと。
何度でも言ってやる。人前でポンコツを晒すな。
「で、でも、でもぉ……!」
「ここでハッキリとさせておくね。デートの練習は二の次だよ。だから白土、約束してくれ。絶対に泣くなよ」
「っ……うん……」
……気を遣って言葉を選んだつもりなんだがな。
白土が悄然として瞳を拭う。それでも溢れる涙を隠すようにして俯き、前髪がカーテンのように垂れ下がって表情は見えなくなる。完全に意気消沈してしまった。
マジで俺が悪い気がしてきたぞ。俺の中の女子が「ちょっと男子! 女の子を泣かしちゃ駄目でしょ!」と非難してくる。俺の中の女子って何?
この世はどうかしている。一番の被害者は俺のはずなのに。神様にFU○Kを連呼してやろうかしら。
「はあ~……分かっている。ずっと気を張れとは言っていないよ」
中の上レベルに優秀な俺がデパートの中を歩くだけの無能なプランを用意したと思っているのか。ちゃんと考えてきたって言っただろ。
肩を叩き、俺と同じ方向を見るように促すと、白土は顔を上げて潤んだ瞳をパチクリとさせる。
「映画……?」
「そう、映画館だ。あそこならお淑やかモードを解除していい」
真昼のように明るいデパートのフロア内にて、そのエリアだけは薄暗く、数多の柱に囲まれた先にあるのは映画館。
俺のプランはズバリ、映画デートだ。
上映中は静かにしなくちゃいけないし、ハプニングが発生しても暗い館内なら周りに気づかれにくい。デートの気分を味わえて且つ白土のポンコツを隠すにはうってつけの場所であろう。
「ホント……? いいのっ?」
「ああ。だから映画館の中に入るまでは頼むよ」
「うんっ」
沈んだ表情は吹き飛び、満面の笑みに戻った。さっきまで雨だったのに今は晴天だ。フジロックかな? まあ何よりでございます。
元気な返事を最後に、白土が嫣然たるオーラを纏う。お淑やかモード発動だ。
俺と白土は映画館のフロアに歩を進め、まずは売店に向かう。
「ポップコーンはLサイズでいいか? シェアしようぜ」
「うん」
白土は先程までの「うんっ」とは違い、上品で慎ましやかな「うん」で返事をして楚々とした微笑みを見せる。
これは皮肉なしにさすがだなと思う。見た目は決して変わっていないのに、お淑やかモードになった途端に印象がガラリと変わった。この場にいる全員とは言わないが、大半が白土に視線を釘づけだ。すげー。
そのついでに向けられる「隣の男は普通だな」といった失礼な視線を無視し、俺はチケットを取り出す。
「観る映画は決めてある。はいチケット」
「ありがとう。……『追伸:貴方が好きです』?」
今から観るのは恋愛映画。タイトルは『追伸:貴方が好きです』だ。
流行りの感動作らしいよ。豆史が絶賛していたし、日暮が「泣けた~」と言っていた。豆史の意見だけなら信じなかったけど、日暮が太鼓判を押すなら間違いない。
何より、映画館で恋人の気分を味わうならジャンルは恋愛一択である。
「準備はいいか?」
「うん。凌君、行こう」
ポップコーンとジュースを持ち、映画館の奥へ進む。
言いつけを守ってお淑やかモードをキープする白土と共に館内へ入れば、またしても俺の有能ぶりが冴え渡る。
映画のチケットは事前に購入しておいた。通常の席ではなく、カップルシートを予約しておいたのだ。
もし通常の席だった場合、白土の横に誰か座る恐れがあり、その可能性は危険性に直結する。最悪のケースは同じ学校の奴が座ること。館内が暗かろうと、隣に座られたら気づかれてしまう。
よって二人用のソファー型シートをチョイスした。これなら安心だ。俺ってマジ有能~。
「中に入ったから解除していいよね? ……凌君~っ!」
まあしつこく言いますが、こちらの予想を超えるのが白土優里佳なのです。
お淑やかモードは数分で解除された。
白土は席に座ると俺の腕に抱きつき、体を寄せてきた。
「まあその、程々にしてくれよ」
「ここはカップルシートだよね? だからいちゃいちゃしてもいいし、何より凌君とわたしはいちゃいちゃを体験する為に来たんだよっ」
「その通りだけどお前に論破されるとはな」
「凌君の匂い、体温、心音……うっへへぇ」
抱きつくだけでは飽き足らず、頬を俺の胸元にくっつける。得も言われぬ表情と声はいかに白土が有頂天外なのかを表していた。
こいつの言い分は尤もだ。カップルシートなのだから抱きついても問題はないし、デートの練習という俺らの目的を考えれば寧ろやるべきだ。
白土は正しい。正しいけども、これはカップルというよりバカップルなのでは?
「ねぇ凌君、抱っこして……」
「いや既に抱っこしてるような状態だぞ」
体のほとんどを俺に預けているし、足を俺の足に乗っけている。マジでバカップルじゃん。二人用シートの意味は? ソファーじゃなく俺の上に座っていますよね?
だがこれを止める理由が思いつかない。されるがままだ。
興奮と困惑がミックスされて血流が加速し、白土の太ももの重さと感触によって五分五分だった興奮が困惑をKOする。
目にあーんとは別の意味で異常事態だ。彼女いたことない人間が唐突にこんなことされたら興奮するに決まっている。俺の心中は有馬記念のファンファーレを聴くおっさん並みに色めき立っていた。
「凌君、ポップコーンを食べよっ」
尚も白土の勢いは増す。片腕は現在も俺の腕をガッシリと絡め取り、空いた手でポップコーンを一つ掴むと、まっすぐに俺の口元へと近づけてき、はあ?
「またあーんをするつもりか?」
「お寿司屋さんでは失敗しちゃったから今度はちゃんとするっ」
「あ、いや、待っ」
「あーんっ」
密着した今の状態では、あーんを開始して完了するまでの時間はないに等しい。
俺は動揺しながらも口を微かに開く。そこへ白土がポップコーンをそっと押しつけてきた。彼女の指が俺の唇に触れて歯をなぞる。
それは一瞬だったかもしれないし、結構長かったかもしれない。あまりに静かに、でも間違いなく行われた。
「あー、今度はちゃんと出来たな」
「うんっ。どう? 美味しい?」
味なんて分かりません。塩味なのかキャラメル味なのかも分からなかったよ。
なんつー威力だ。これは本当のあーん。いや、箸やスプーン等の媒体をなしに手で直接されたことを考えると本来のあーんよりも凄まじい破壊力だ。一瞬とはいえ、白土の指を咥えた。
うわ、うわうわ、何だ今のは。ガチで恋人っぽかった。俺の中の有馬記念のゲートが開いたぞ。俺の中の有馬記念のゲートって何?
「凌君にあーんが出来た! 嬉しいっ」
「そうですか」
「じゃあ次は……り、凌君がして」
「俺が白土に?」
「あ、あーん」
館内のやや暗いオレンジ色の照明の下、白土は赤らんだ顔をこちらへと向けて口を開く。
とりあえず言われた通り、ポップコーンを手に取って白土の口へ放り込む。
「あーん……」
「んっ。美味しいっ。凌君があーんしてくれたから百倍美味しいよ!」
「んな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。本当に美味しかったし、本当に、嬉しいのっ……! ね、ねぇ、もう一回」
体重を預け預けられ、腕を抱きつき抱きつかれ、俺らの距離はほぼゼロ。
あーんをして、あーんをされる。上映開始までの間にカップルシートで行われるバカップルな行為。
止める理由が思いつかない。思いつかないし、まあいいやと思う。
「ほらよ。あーん」
「あーんっ」
なんか雛鳥に餌をあげているみたいで面白いな。そんなことを考えながら俺は白土と恋人っぽい行為を思う存分にやり続けた。




