表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/51

第11話 二回目のデート

 課業中はお淑やか白土を遠目に観察し、放課後は生徒指導室でポンコツ白土に勉強を教える。

 この五日間はまさに疾風怒濤(しっぷうどとう)、14年スペインのパス回しの如く、目にも止まらぬ速さで過ぎ去っていった。

 あっという間に今日は土曜日。時刻はえーえむじゅーじ。

 先週と同様、白土が来るのを待つ。俺はいつになったら休めるのだろうね。


「凌君っ!」


 高校生にして休日出勤の鬱さを感じていると、白土が来た。

 私服姿は今回もあらやだ美しいプラス百五十点。そして直後の減点はなし。白土はバスタオルではなく汗拭きシートで額を拭く。前回注意した甲斐があったと思いました。

 汗を拭き終えた白土が前髪を手でさっと整え、笑みをこぼす。


「ごめんね、待った?」

「いや俺も今来たとこ」

「えひひ~。今のやり取り、恋人っぽいっ」

「まあ今のはそうだな」

「うんっ」

「うんちと言わなくなっただけで俺は感涙しそうだよ」


 今から白土と二回目のデートの練習だ。

 先週はラーメンとカラオケによって胃と耳にダメージを負い、それ以上にメンタルに大打撃を受けた。ぶっちゃけ中六日では気力を回復しきれていない。平日もこいつの相手をしていたし。

 なるべく疲れたくない。なので今回のデートプランは全て俺が決めてきた。特に飯に関しては完璧だ。


「今日は凌君がミスリードしてくれるんだよね?」

「ああ、お前のポンコツを隠せるプランを考えてきた。ちなみにミスリードじゃなくてリードな。俺に読者を巧みに騙す文才はねえよ」

「あ、そうそうリード! リーリーリーっ」

「そのリードじゃない。二塁を狙うな」


 マズイな。ポンコツのエンジンがかかり始めた。

 俺は手招きして、こちらへ寄ってくる白土と共に歩みを進める。移動開始&デート開始だ。

 すると早速、白土が俺の腕に抱きついてきた。


「えへえへぇ」


 腕を絡めて体を寄せる。漏らす声はだらしなくて甘ったるく、その声と息は服を貫通して俺の肌に染み込んでいく。

 包み隠さずに心情を語るなら、美少女に抱きつかれてやっほぅ、である。やはり白土はボディタッチが多く、少なからずキュンとしてしまう自分がいた。

 でも駄目だっての。お前はそんな顔をしてはいけない。

 俺は掴まれた腕を前に突き出し、白土の手を振りほどく。


「くっつくなよ。通行人がいる可能性がある」

「え……凌君とわたしは恋人……」

「だから恋人っつー設定な。本気にするなよ」

「で、でも」

「仮に恋人だとしても、お前は人前では高嶺の花として振る舞わないといけないだろ」


 偽りの姿だろうとも、白土は高嶺の花。人前では常にお淑やかモードでいなければならない。恋人の雰囲気を学ぶ云々の前に、最も優先すべきは今のようなふにゃふにゃ笑顔を見せないことだ。

 俺はそれを三十路ロープ使いに口酸っぱく注意されたし、白土自身よく分かっているはず。キャラの切り替えはちゃんと管理してくれ。


「……うぅ」

「は、はあ? 泣くなよ」

「でも……でもぉ」


 白土は駄々をこねる。涙目でこちらを見上げてきた。出たな、必殺の上目遣い。

 俺はTASさんよろしく1フレームの速さで顔を逸らして回避する。


「泣き止めよ。早くお淑やかモードになれ」

「…………うん……」

「行くぞ。まずは飯だ」

「……」


 さっきまで喜び浮かれていた表情は完全に消え失せ、生気も消える。悪い意味での白い顔になり、白土は俯いて俺の一歩後ろをトボトボと力なく歩く。

 ……俺が悪い感じになってね? なぜにどして? キツイ言い方をしたけど、でもそれは白土を思ってのことであり、俺は正しいはず。


「死人みてーな顔するな」

「……」

「あー、いいから行くぞ」

「……うん」


 そもそもおかしい。どうして白土は落ち込むんだ。お淑やかモードになるのが嫌なのか? 学校では常にそうしてきたんだろ? 苦じゃないだろうに。

 駄目だ、分からない。白土は黙ってしまった。なんか気まずい。

 良い感じに始まったデートは雰囲気が悪くなり、俺も足取りが重くなってしまう。


 あーあ、早く機嫌が直るといいんだが……。











「美味しいっ!」


 杞憂(きゆう)だった。白土の機嫌は簡単に直った。改めて感情変化の速さに感嘆。

 道中の悲しげな表情とは打って変わり、白土はイクラを食べて笑顔になる。


「お寿司大好きっ」

「好きなだけ食べていいぞ」

「うんっ」


 こいつチョロイな。何はともあれ良かった。俺は安堵し、あぶりとろイワシを頬張る。

 やって来たのはデパートの中にある回転寿司の店。

 開店直後とあって店内に客はほとんどいない。周りを気にせず食べられるし、クセが強いラーメン屋に比べたらチェーン店の寿司屋は圧倒的な安心の品質と安定のクオリティである。

 我ながら良い店と時間帯をチョイスしたと思う。まあ俺が寿司を食べたい気分だったという理由が大半を占めているんだけどね。


「さて、次は何を食べようかな」


 ここなら落ち着いて過ごせる。白土の機嫌も直ったし、ゆったりと食事を楽しみましょう。


「と、取れない……? 助けて凌君っ! お寿司の蓋が取れないよぉ!」


 さすが白土だ。俺の安寧(あんねい)を秒で粉砕した。

 レーンを流れるお寿司に被せられた透明の蓋。コツを掴むまでもなく持ち上げれば蓋が開く構造なのに、白土は開けることが出来ずに焦っていた。


「皿の端を軽く持ち上げるだけでいいんだ。そうしたら蓋がパカッと開く」

「あ、開かないっ……このままだとお寿司がわたしのエリアから逃げちゃう! り、凌君~!」

「……俺が取ればいいんだろ」


 身を乗り出して白土が欲するマグロを取る。なんとか間に合った。


「ありがとうっ」

「次からはタッチパネルで注文しなさいな」

「分かったっ。ねぇ凌君、この『おあいそ』って何? 美味しいのかな?」

「それはタッチするな。俺はまだ一枚しか食べていないんだぞ」

「ひぎゅ!? おワサビがお辛い……ひゅうぇ……!」


 特に飯に関しては完璧、ここなら落ち着いて過ごせる、と言ったな。あれは嘘だ。

 機嫌は直ってもポンコツはそう簡単には治らない。

 次々と問題を起こす白土をその度に助ける。俺の食事は一向に進まず、食した寿司は未だに二貫。

 まあね? この一週間で慣れましたよ。たとえ周到(しゅうとう)に準備してもそれを容易に超えるのが白土優里佳。一緒にいて落ち着けたことなんて一度たりともないのだから。


「白土、お茶を飲め」


 諦めがつけば後に受けるダメージは減る。俺はお茶を注ぎ、白土に渡す。

 と、その前に息を吹きかける。

 どーせこいつは「ひぎゅ!? お茶がお熱い……!」とか言って悶えるだろう。冷ましてあげることで次ターンの負担を減らす作戦だ。


「ありがとうっ。……凌君がフーフーしてくれたお茶……凌君がフーフー、ふー、ふーふうふぅふぅーふうーっ」

「落ち着け白土。シンプルにヤバイ奴だ」


 おあいそをタッチする前に119をタッチしたくなったぞ。

 白土は冷めたお茶とは対照的に熱く荒い息遣いで湯呑を凝視する。目が怖い。

 いや、目が可愛い。ぐわっと見開いた状態でも白土は可愛かった。

 マジかよ。なんでこいつはどんな奇天烈な行為をしても画になるんだよ。見た目が可愛すぎて何をしても許されてしまう。最強じゃねえか。

 ここら辺が豆史とのレベルの違いを感じさせる。豆史も容姿は良いが、アホな言動のマイナスをカバー出来る程の超がつくイケメンではない。ランクで例えるなら、白土と豆史はSSとAくらいの差がある。どちらも頭はランクFだがな。ちなみに俺は容姿も頭もC。中の上っぽいでしょ?


「ずずっ……えへ、凌君が冷ましてくれたから十倍美味しい」

「そりゃ良かった」

「わたしが火傷しないよう気を遣ってくれたんだよね。嬉しいっ」

「お、おう」

「お礼に、わたしが凌君に何か食べさせるっ」


 白土がタッチパネルを操作する。何か食べさせる、と言って。

 察するに、白土が俺に食べさせるって意味だろう。


 つまり……あーん、だ。


 あーん。それは、ラブコメ漫画やアニメでよくありがちなイチャイチャの王道である。

 付き合っている男女が教室でやっていたのを見たことがある。ラブラブだなあと思ったし、こいつら体の内側から爆発しねーかなあとも思った。

 第三者が見れば爆発しろと妬むし、当人も爆発するくらいの幸せを味わう、それがあーん。

 それを白土は俺にすると言ったのだ。


 ……あ、ヤバイな。


「どれにしようかな……う~ん迷うっ」


 包み隠さず本音を言うなら、美少女からあーんされてうっほぅ、だよ。恋人っぽい体験も出来て一石二鳥。

 だが忘れてはいけない。白土はポンコツ美少女だ。

 こいつのことだ。恐らく俺の口にではなく、眼球に寿司を押しつけてくるくらいの予想外な行動を取るに違いない。眼球にあーんはヤバイよ?

 けど諦めて覚悟すればダメージは少ない。眼球へあーんをしてくるなら瞼を閉じればいいだけのこと。


「凌君にあーん……うへへぇ♪」


 心の準備はできた。俺の人生初あーんが眼球へのダイレクトアタックなのは受け入れてやる。悲しいけど人生のアルバムに記録してやるよ。

 一応は口を開き、両目は固く閉じる。覚悟を決め、白土があーんをするのを待つ。


「じゃあ、あーんっ」

「あーん」

「あ、待って。わたしもフーフーして冷ますっ」

「……冷ます?」


 思わず俺は目を開く。


「ふー、ふーっ」


 すると、湯気が見えた。

 そして、麺をフーフーする白土が見えた。


 白土はラーメンを持っていた。


 ……ここでもラーメンかよ!?

 そりゃ昨今の回転寿司はサイドメニューが充実してラーメンもあるけど、あーんをするのにラーメンを選ぶか普通? どんだけラーメン好きなんだよ!


「これで熱くないっ。はい、あーん!」

「熱い熱い熱い眼球が熱い!」


 そんでやっぱ予想通り、白土は俺の眼球にあーんしてきた。

 だがラーメンは予想外だ。予想外すぎる。

 反応が遅れてしまい、開いた目にラーメンがダイレクトアタック!


「ご、ごめん! り、凌君、大丈夫?」

「……さすが白土だ」

「凌君に褒められた……え、えへぇ」

「とりあえず『おあいそ』を押して」

「分かったっ」


 初デートの時とほぼ同じだ。違うとしたら前回は胃、今回は目にダメージを負ったことか。メンタルは変わらず大打撃だよおのれぇ。

 俺は残りのラーメンを秒で食い終えて席を立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ