往路
一行の道程はその後も何事も無く、陽の落ちる前に宿屋へ着いた。
リード子爵が事前に連絡を入れておいたらしく、準備がなされていたお陰で旅慣れない調査団の者達はすぐに体を横にする事が出来た。
「先生方へばっちまった様だな」
「初日でこれだ。先が思いやられるぜ」
護衛団の面々は早めに軽い食事を取っている。ちゃんとした夕食は後で取るつもりだ。その頃には調査団員も起きて来るだろう。
調査団一行の中でただ一人、ミゲル師だけが護衛団と席をわかち合っていた。
「爺さんは元気だな」
「ほっほっ、若い時分にはあちこち飛び回っておったからの」
そう言いながらチビチビとエールを口にする。心なしか出発前よりも若々しく見えた。
「ふむ、そろそろ来る頃じゃがの……」
ミゲル師が宿屋の扉を眺めていると、程なく待ち人がやって来た。
「こちらに王都からの…」
「おお!こっちじゃ!」
現れたのは三人の女性であった。皆僧服を身に纏い、硝子の様な瞳をしている。
「お初にお目にかかります、わたくしども中央教会より参りました。わたくしはシャンナ、この者達はエレインとミーナでございます」
「遠路はるばるお越しくださり助かりましたわい、儂はミゲル。調査団の纏めをしております。この者達は護衛の衆じゃ」
アレクセイが彼女達に会釈をしながら尋ねた。
「ご協力ありがとうございます……失礼ですがシスター達は今回の調査、危険である事はご承知ですか?」
「もちろん、存じております。わたくしども皆死地に向かうのですね」
シスター・シャンナは事も無げに言った。口調は楽しむかの様に軽やかで、顔に貼り付いた様な笑みが浮かんでいる。
「わたくしども回復魔法・防御魔法の他、対不死者対策を修めた僧兵でございます。世の理を乱す輩と闘うは教義に適う事、闘いに死するは教義に殉じる事ですわ」
アレクセイは彼女達の瞳の奥に浮かぶ狂気を感じ取った。
つまり彼女達は狂信者なのである。中央教会はおそらく厄介払いに送り込んだのだろう。
「いや、心強い限りじゃ!よろしく頼みましたぞ。おぉ、長旅で疲れましたろう?部屋は用意されておりますからな」
「ご安心下さいませ、それでは少し休ませて頂きますわ」
ミゲル師がすかさず会話の主導を取り、軽く終わらせた。
彼女達の姿が奥に消えると溜め息を一つつく。
「気色の悪ぃ女どもだぜ。爺さんアレ大丈夫なのか?」
ランドが眉をしかめる。
「全くのう……あまり教義に触れるでないぞ?面倒になるからの」
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夕食は賑やかだった。
少し休んだお陰で調査団員達の顔色も良くなり、護衛達と語り合う姿が散見された。
疲れは警戒心を失わせる。しかしこの時は良い方向に向かった様だ。
合流したシスター達は騒がしいのが苦手らしく、食事を早めに済ませると他の者達に交ざる事も無く部屋に戻っていった。
調査員も護衛も事前に彼女達への注意を聞かされた為、引き留める様な真似はしなかった。特殊な思考の持ち主は敬して遠ざけるに限る。下手に触れて危険を呼び込む必要は無い。
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「兄様、先に休むわ。兄様ももう寝た方がいいわよ」
食事を終えて団員達がそれぞれ割当てられた部屋に消え、マリアも奥に消えた。
食堂にはパーティーのリーダー達だけが残っている。
「なぁアレクセイ」
「アレックスでいいよ、なんだいハンナ?」
「アンタ貴族やろ?なんでこんな話に乗ったん?」
ハンナにしてみれば貴族やその縁者が危険に踏み込む理由が解らない。
貴族というものは命令をする立場の者であると認識している。自ら剣を振るう必要があるとは思えなかった。
「そうだね……私の姓はバルファスという」
「バルファス?城塞の名前と同じ?」
「そう……私の家と城塞の領主だったバルファスは親戚…まぁ親戚みたいなものなんだ」
アレクセイはエールを口に運び、それから続けた。
「昔は『砦のバルファス』と『山向こうのバルファス』と云ったものさ、領地が隣だから間違えないようにね。で、私は次男で爵位と領地は兄が継ぐ。私は自分の身を立てないといけない」
「そいつぁ大変だな」
さして同情する風でも無くブラスが口にした。
「あの城塞を調査するのはいつまでも戦略拠点を遊ばせておく訳にいかないからだ。調査が成功すればあの城塞は生き返る、使える様になる」
「ははぁ、つまりアンタ城塞の主になろうって事かい?」
アレクセイはにっこりと笑った。
「権利は主張出来るからね。城塞を手に入れられれば断絶している『砦のバルファス』の爵位も引き継ぐ事が出来る。私とマリアには後が無いんだ、それが無茶をする理由さ」
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それからの四日間、何事も無く一行はブエナ山の麓にある村に到着した。
道中一度、山賊らしき姿が目撃されたが、一行の身なりから隊商の類いでは無いと判断したのだろう、襲ってくる事は無かった。
「まずは一休みじゃな。山に登るには遅かろう」
「荷物はどうしますかね?お城まで運びますか?」
馭者の一人が尋ねた。
彼らの仕事は本来ここまでだが、城塞までは距離がある。
「済まんが城門の前まで運んでもらえるかの?手間賃は出すでな……護衛の何人かでテントを張ってやってくれ。それから」
「ミゲル先生、私が一緒に行ってきます」
調査団の一人、ピート師が志願した。彼は魔力の研究をおこなっている。噂に高い呪われた城塞を早く間近で見たい様だった。
「……城門の中に一人で入るでないぞ?」
「ははは、そこまで無謀じゃありませんよ」
分散して積まれていた荷物を三台の馬車に積み直し、山道を登る。ランドと四人の護衛が荷下ろしの為について行った。
「さて、儂らは打ち合わせをしておこうかの」
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山道は意外に幅が広くとられていて、馬車が横に並べられる程だった。
城塞から騎馬が進軍する事態、戦を踏まえての造りであろう。
もっとも、百年の月日が道を荒し、街道とは比べ物にならないほど馬車は揺れた。
「馬に乗ってくるんだったぜ」
ランドがこぼしたのも無理はない。馬の背であればこうも尻が痛くなる事もないからだ。
「旦那さん方、着きやしたぜ」
彼らの前に高い城壁がそそりたっている。馬車は城門の前に停まった。
「なかなかの威容ですね。城壁もほとんど崩れていない」
「よう先生、感心してないで荷下ろし手伝えよ」
「これは失礼。あぁ、城門の側に下ろしましょう」
夜露をしのぐ為のテントを設営し、中に荷物を運び入れる。
「城門の中にテント張った方がよくねぇか?獣に荒らされそうな気がするぜ」
「やめときましょう、中は魔力が滞留してます……これを」
ピート師は掛けていた眼鏡を外しランドに手渡した。
「……ぅお!?」
「魔力が赤く見えるでしょ?城壁の中は凄いですよ」
眼鏡は大気に混ざる魔力を霧の様に赤く映していた。なるほど確かに城門から覗く城塞の中は輝くほど濃い赤に見える。
「まぁ、これだけ魔力が高いと獣は近寄りませんね、荷物はやはり門の外で良いですよ」
「……あんたよくこんなもん掛けてられるな?」
目がきつかったのかランドは目頭の辺りを揉みながら眼鏡を返した。
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