依頼
「諸君らには調査団の護衛をお願いしたい」
貴族らしい初老の男性はそう言って辺りを見渡した。
ギルドの経営する宿屋、その一階にある食堂の長い粗末な卓に集まったのは、それなりに名の知れたパーティーのリーダー達である。
パーティーを代表してこの依頼の説明を訊きにきたリーダー達は、それぞれ組の知恵者を相談役として同席させていた。
その数、およそ十組。パーティー一組が五~六人とすれば数的にはロザリア王国軍の中隊規模になるだろうか。
「調査団の人数は十名、皆学究の徒である。多少魔法の心得を持つ者もおるが、緊急の用に叶うほどでは無い。そこで諸君らに護衛を依頼したい」
「リード卿、宜しいか?」
説明をしていた男性をさえぎったのは隣に立っていた好好爺然とした老人。
田舎屋敷の庭にでもたたずんでいるのが似合いそうな風情だが、力を感じさせる目をしている。
「今、儂らの護衛とリード卿は仰ったが、正確にはそうでは無い。儂らの取りまとめた調査の成果、書きおこした文書をリード卿へ届けるまでが仕事じゃ」
「……ちょっといいかい?」
集まった者の一人が老人に声を掛けた。
「つまり護衛対象は爺さん達と報告書?…でいいのかな?」
「少し違うの、儂らの護衛も必要じゃが、最悪報告書を届ける事を優先せい。儂らを放り出してもな」
老人の言葉に辺りがざわめく。
「……聞いての通りだ。調査団の人員は皆覚悟を決めている。報酬だが……金貨五十枚」
ざわめきが更に大きくなった。
金貨一枚で倹しく暮らせば半年は過ごせるのだから当然だろう。
「……全員で、かい?それともパーティーで?」
「一人につき金貨五十枚。後金無しの前払いでだ」
あまりに高い報酬に、集まった者達は息を飲んだ。
しかし……
おもむろに一人が立ち上がった。彼の相談役も続く。
「悪いがウチの組は抜ける」
初老の貴族を冷ややかに睨みながら彼は続けた。
「その金額で前払い?それは俺達の生還率がゼロと云ってる様なものだ……お前らも考えた方がいいぜ」
報告書の護送が最優先であるなら、逆に自分達が囮として使われる可能性があるという事。
盾になるならともかく囮とされたならば生還は難しい。
彼とその相方は食堂を出て行った。
初老の貴族は彼らを目で見送ると、残る者達に口を開いた。
「彼らの判断を否定はしない。諸君らの中で依頼を受けられないと感じた者は断って構わない」
「なぁ、貴族さんよ?アンタ、自分の手下は居ないのかい?そいつらにやらせたら?」
「残念ながら私は文官でね、荘園領主でも無い。あぁ、報酬は心配するな。国の予算から捻出する……意味は解るな?」
つまり、前払いの金を持ち逃げする事は出来ないという事だ。
そんな真似をすればギルドの籍を抹消されるだけでは済まないだろう。下手をすれば反逆の罪を着せられる。
「……調査場所は何処?」
相談役の一人らしい女が訊いた。魔法使いらしい。
「ブエナ山にあるバルファス城塞跡じゃ」
老人の一言に、ガタガタと椅子が鳴った。
食堂で一番大きな卓に残ったのは四人のリーダーとその相談役だけだった。
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「話を詰めましょうか?……リード…子爵様でよろしかったかしら?」
場が落ち着いた頃、先程調査場所を訊いた女魔法使いが口を開いた。
「まず、報酬は経費込みなのかしら?」
「旅費にかかる馬車の手配や宿代はこちら持ちだよお嬢さん。調査場所での糧食などはそちらで準備してもらいたい」
大口の経費は持つという事だ。冒険者達が用意するのは備品消耗品の類いだけとなる。
「……なら、皆さんのパーティーは何人構成で『何向き』なのかしら?」
「ずいぶん仕切るなお嬢ちゃん、まぁ話が早くていいがな」
体格のいい男が話を受けて答えた。
「俺はランド、俺のパーティーは七人構成で元は傭兵だ。隊商の護衛なんかで食ってる、魔法使いはコイツだけだ」
ランドの組は戦闘向きらしい。
「次は俺かな?俺はブラスだ。うちも戦闘寄りだがダンジョン潜りがメインだ。五人でやってる。防御型と回復役をこなす魔法使いが一人づつ」
「僧侶ではないのね?」
「なかなか雇えるもんじゃないぜ?」
三人目のリーダーは女性だった。相方も女性だ。
「ウチんとこは野外の狩り専門でな、三人でやっとるんやけど魔法使いとかおらんねん。皆弓使いや」
「おいおい、話聞いてなかったのかよ?城塞だぞ?」
ランドが呆れた声を出した。確かに彼女の組は専門外に聞こえる。
もっとも、ランドは自分の組の価値を高める為にわざと言っているフシがあった。
「ええやん、斥候役はウチらに任せとき。そっちは居らんやろ斥候。あ、ウチはハンナや」
ハンナと名乗った彼女もランドに負けていない。自分達の有用性をアピールしてきた。
「ふん……で?そっちは?」
ランドが残る一人に水を向けた。女魔法使いの組のリーダーだ。
身なりの良い若者だった。物腰から貴族の子弟に見える。
「私はアレクセイ、こちらのマリアと二人です」
「全員で十七人ですわね……回復役がまるで足りませんわ。子爵様、僧侶の当てはありませんか?」
マリアと呼ばれた女魔法使いはリード卿に尋ねた。パーティー構成を訊いたのはどうやら回復役の数を確認したかったらしい。
「ふむ……諸君らの人員も少ない事だし、こちらで手配しよう」
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数日後、馬車の一団が王都の門をくぐり街道へ出た。
馬車の車輪が街道の石くれを弾きながらゴトゴトと回る。馬の蹄が乾いた道に砂ぼこりをあげた。
六台もの馬車が連なりながら走る様は隊商かと見紛うほどだ。ランドの組は皆馬に乗り道中の護衛を務めている。
「こんだけゾロゾロ進んでちゃ、山賊どものいい的だぜ……ようハンナ!ブラスも!ただ乗って無ぇで辺りを警戒しとけよ」
「……親分面すんなってんだ」
馬車は一台につき馭者と四人が乗っていた。この馬車のサイズならもう二~三人は大丈夫だが、道中、それに探索時に使う物資が場所を取っている。
一行の中にリード子爵の姿は無い。
彼は調査団と護衛集団とを繋ぐ為に動いていたのであり、王宮で働く役人貴族である。この様な長旅に出る余裕など無いのだった。
また、馬車の一台には誰も乗っていない。今夜泊まる宿屋で合流する僧侶達の分だった。
「好天に恵まれましたな、御大」
「左様、予定通り進めそうじゃ」
リード子爵の依頼の説明に同席していた老人──ミゲル師──が空を仰いで雲の流れを確かめた。
この時期を過ぎれば夏の雨季が到来する。作物には恵みの雨だが、旅には仇となる。
「よう、ここらで昼にしようぜ?丁度川がある」
バルファス城塞までの旅は五日の予定だ。何事も無く進めたお陰で初日から距離を稼ぐ事が出来ている。
「あ~、腰にくるわ」
「おい、水を汲んどけ」
「今この辺りだ……夕方前には宿屋まで行けそうだな」
冒険者達それぞれがやるべき仕事をこなしている間、調査団の面々は早々と糧食を取り出しながら会話をしている。
雇い主側であるので仕事を任せているのだろうが、冒険者達を待たずに食事を始めようとするあたり、気がきいていない。
致し方無い部分はある。
調査団の面々はよく謂えば学究肌、悪く謂えば社交性に難のある者達であるし、旅の初日という事もあり、護衛団とは他人行儀になりがちであった。
「これ、お主ら!護衛の皆が立ち働いておるのに少しは待たんか!茶の一杯沸かすのが礼儀というもんじゃぞ」
ミゲル師にたしなめられ、調査団の面々は火をおこして湯の用意をした。
「悪いね、先生方」
ブラスが愛想をふりながら焚き火の前に座る。他の者達も仕事を終えて集まる。
ランドの組の半分とアレクセイと名乗った若者が見張りに立っていた。
「マリアちゃん、旦那様は?いいの見張りなんかさせて」
ハンナの組の一人が訊いた。皆アレクセイが貴族の縁者でマリアが従者であるとみていた。
「別に。確かに主従だけれど、実際には兄妹だから」
「え?どゆこと?」
「アレックスは本妻の子って事」
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