92話
「う~ん……」
「どうだ?」
獣人の国の首都、本拠地に近い所まで来ており、ベンさんとテオが中心になって話合いが行われたのだが、その結果、ベンさんの指示に従って万里を見通す眼を使っている。
見えている景色は石垣に囲まれた、パッと見なんとも和風な城といった雰囲気。だけれど一番大きな城が石造りになっていて、少し違和感がある。
石垣も一見上り易そうだけれど『返し』のような作りもあって、いくら身体能力の高い獣人であっても石垣を超えての侵入は容易ではなさそうに見える。
石垣を上らずに考えられる侵入経路は2つ。門を通って狭い道なりの通路を行くか、空を通るかしかなさそうだ。
門を通る通路の幅はおおよそ少数対少数で戦えるように考えられているように見える。
狭い通路、広場、狭い通路、広場という作りが続き、その広場の石垣には小さな門がついていて、通ればショートカットして進めるようになっていて後方支援もし易そうな形。もし軍隊が攻めてきたとしても、単純に物量で攻めきるのは時間もかかるだろうし難しそうに見える。
なんというか『最後の最後まで戦うぞ』というような気迫を作りからも感じてしまう。
道なりに通路を進むと木造の屋敷がいくつかある広場になったのだが、ベンさんが言うには兵隊や家来の使っている場所らしくスルーして視界を先に進める。
また狭い通路、広場、狭い通路、広場と、中心に向かって少しずつ近づいていく四角い渦巻きのような道を進んでみる。
広場の小さな門を全部通ればかなりのショートカットができそうだけれど、堅硬に閉じてさえいれば、渦巻きの進路に従って長く進む必要がある。
そうしてしばらく進むと、一段と広い広場と木造の屋敷が現れた。
「おう。そこだな。そこに狐の子供達が居るはずだ。」
ベンさんの言葉に従って屋敷の中を見る。
「うん……居る……
居るけど……」
「けど?」
テオの疑問を話すように促す声。
「そこらじゅうに何人もいて、みんな同じ顔だから区別が……」
「「「 あ~…… 」」」
テオ、アリサ、フリーシアがうんうんと頷いた。
狼の獣人たちと一緒にご飯を食べたけれど、正直顔で判断できず服装で判断していたのは自分だけじゃなかったようで少し安心する。
「まぁ、ガキの頃は分かり難いよな。」
「……うん。そうなんですよね。」
ベンさんの同意の言葉に『違う、そうじゃない』と思いつつも言い難いので流しておく。
その後、本丸の石造りの城まで調べさせられたけれど、そこにいた狐の子供は二人くらいしかいなかった。
「やっぱり俺が匂いを辿らないと無理そうだな。
多分二の丸に居るんだろうが、最悪本丸まで……か。」
腕を組んで目を閉じて考えはじめるベンさん。
「マコトくんに抱えてジャンプしてもらえれば辿り着くのはできそうよね?」
「あぁそうだな。夜なら鳥の目も少ない。
だが侵入を開始すれば匂いで間違いなく感づかれるから時間との勝負になるだろうな。」
「数を減らす為に班を分けて分散して陽動でもしてみる?」
「私はマコトと行くわよ?」
「マコト様のお側を離れませんよ?」
「無理そうね。」
テオの発案を即時潰された。
閉じていた目を開くベンさん。
「二の丸には俺が入る。その二の丸の四方から来るだろう援軍を俺が狐っ子を捕まえるまで止めてもらう形で行くか。」
「もし、そこに居なかったら?」
「そりゃあそのまま本丸に向かうさ。」
「う~ん……」
「どうかした? マコトくん。」
「いや、これって、どう見ても本拠地襲撃になるんじゃないかと思って……」
「まぁそうだな。」
「その、殺し合いみたいな怖い事にはなって欲しくないんですけど……」
独立を宣言すれば戦争が付き物という事は、なんとなく分かっている。
もちろん戦争になれば、そこには殺し合いしかないという事も。
ベンさんが少し鼻で笑った。
「おう、お前がそういうヤツだってことは分かってるさ。
安心しろ。殺し合いをするのは俺だ。」
『違う、そうじゃない』と思い頭を抱えたくなる。
「ふっ、顔隠してるくせに、分かり易いヤツだなお前は。
いい機会だから少し話をしておこう。」
少し笑ったあと、すぐに真面目な顔になった。
「この国の頂点に立っているのは俺達狼の獣人。領を治めているのは、ほぼ狼の獣人だ。
お前達ヒトには分からんかもしれんが、俺達狼の獣人ってヤツは誇りが大事な種族でな。誇りを汚されりゃあ、その汚辱を雪ぐ為に同じ狼相手であっても命を張って闘う事を厭わない。むしろその為に戦った事を名誉とする事も多い。」
なんだか武士や貴族みたいだ。
「その誇りの中には『家族を守る』っていう誇りもある。
そして俺にとっては領民も家族なんだよ。種族が違おうがな。
今、この国を治めているアド・アンガーのやり方はな俺の家族を将来苦しめる事になる。
だから俺達はいつか戦っていたんだよ。ただその機会がお前らが来たせいで早まったってだけでな。」
強い目を向けてくるベンさん。
「だから戦うのは俺だ。俺達なんだよ。」
肚の座った人というのは強い。
顔を逸らしたくなるほど強くて怖いけれど、逸らしてはいけない気がして耐える。
「まぁ俺は、お前達を少し利用させてもらってるワケだ。
特にマコト。お前が手を貸してくれりゃあ、戦って生き残れる可能性も高い。
俺達だって死にたくはないし無暗やたらに殺したいワケでもないからな。」
どう答えたら、何の言葉を返したらいいのか思い当たらない。
特段の覚悟もなく生きてきた自分が、口を挟んではいけないような気がしてしまう。
「ねぇ、狼の獣人同士が戦うのって何か戦い方に決まりとかあったりするの?」
「ん? あぁ。幾つかあるぞ。」
テオがベンさんに質問した。
質問してくれた事で、自分に向いていた視線が外れ、のしかかっていた緊張感が消えてゆく。
「例えばだけど、相手に言う事を聞かせる為の戦いとかは?」
「昔からあるやり方なら……証人を最低3人おいて決闘とかな。」
「それって相手を殺す必要があったりする?」
「相手が降参しなければ、な。」
「ふぅん。」
テオが髪をいじり始めた。
その様子にベンさんが少し変な顔をしながら口を開く。
「アドと俺を決闘させようってんなら俺が勝つ可能性は低いぞ。
お前達が場を整えてくれようが、アドは強い。」
ベンさんの言葉を聞いているのかいないのか、テオがこちらに向き直る。
「ねぇ、マコトくん。これからベンさん達が長く大変な思いをするのは嫌よね?」
「え? そ、そりゃあ。まぁ……」
軽く微笑むテオ。
「それじゃあ、大きなもめごとを解決する為の説得の時に、ちょっとケンカして怪我くらいしちゃっても……それは仕方ないわよね? もちろん治る程度のだけど。」
ニッコリ微笑むテオ。
「え? ……うん。」
「よかった。
それじゃあベンさん。ちょっと思いついた私の案を聞いてもらえる?」
なんとなく笑顔のテオに不安が過るのだった。
--*--*--
「ふぅ……」
一つ息を吐きつつニッコリと微笑みながら汗をぬぐうマイラお嬢様の姿を眺めながら思う。
この子に一体何があったのだろうかと。
私がトレンティーノ家の剣として血塗られた道を歩む決意をし、それまで名前を捨て『ブラッド』の名を継いでからも、これほどの強者を見たことは無かった。
「ブラッドよ……」
正当にトレンティーノの家と名を継いだギデオン様も、自慢の親衛隊が『赤熊の間』でマイラお嬢様ただ一人に打ちのめされている姿に、白昼夢でも見ているかのような心地のはずだ。
私も私の部下がそうなった時に同じ気持ちだったからよくわかる。
「現実です。お嬢様は我々の想像を超えて強くなられました。」
「……そうか。」
『赤熊の間』はトレンティーノ家の誇る武の象徴の広間。
これまでにトレンティーノ家が代々狩ってきた赤熊が飾られている広間だが、その自慢の広間で、自慢の兵が打ちのめされているのだ。
外部の目が無いとはいえ前代未聞。それに魔力で勝てども力で劣るお嬢様が、ただ一人でやってみせたのだから、実際に見ずして話だけで聞いていればガセネタだと切って捨ててしまうような出来事だ。
「……気持ちいい。」
恍惚とした表情のマイラお嬢様。
あれだけの打ち合いをして怪我一つない完全勝利。
かつて自分よりも強かった者達に勝利する快感は、剣を持ったことのある者ならば誰だって理解できる。勝者の特権だ。
多少の感想が漏れるのも致しかたない。
……若干違う快感な気がするのは気のせいだ。そういう事にしておこう。
「ブラッド……お前がなぜこちらに来てすぐに娘が来たと言うよりも先に親衛隊を集めろと言ったのか、その理由がよくわかった。」
「残念ながら驚くのはこれからです。」
「なんだと?」
「私は馬車の中でお嬢様から話を聞き、何度これからのお館様の苦労を思い溜め息を吐いた事か。正直私には、お嬢様のお考えの全てを理解できませんでした。」
「怖い事を言うな。」
「ただ一つ。確かに言える事は、お嬢様はこの家を心から大切に思い、家の為を思って行動されておられます。
しっかりとお話をお聞きいただけたらと存じます。」
「私の娘だ。そこは心配せずとも良い。
……それと、マイラが今やっているのは……あれはもしかして回復の魔法か?」
「はい。私の部下も回復を受けました。効果は確かです。」
「なんと……わが娘ながら成長が凄まじいな……」
「えぇ。どうやら終わったようです。」
私が言葉を終えると、すぐに座っていた椅子から立ち上がりお嬢様の所へと向かう。
「ご無沙汰しておりました。お父様。」
マイラお嬢様が騎士らしく膝をついて礼をする。ただ、どことなく悪戯をした子供のような、してやったり顔が漏れ出ていて、つい鼻が鳴る。
「マイラ……見違える程の成長だな。一体何があった。」
「お父様。人払いを。」
「部屋を変えるか?」
「いえ、私の客もおりますので。」
「分かった。皆下がれ。」
お嬢様の言った客を獣人と察していて親衛隊すら下げるのだからギデオン様もなかなかに豪胆な方だ。
恐れることなく膝をついたお嬢様の所へとさらに進んでゆく。
「それで? マイラ。」
「お父様。私の話をする前に一つお伺いしたいのですが。」
「あぁ。なんだ?」
「私はお父様の目に脅威と映りましたか?」
「ふん。力は脅威的だな。凄まじいの一言に尽きる。
だが中身はマイラのままだ。お前がお前のままならば俺が自分の娘の事を怖いと思うはずもないだろうが。んんっ?」
「ふふっ」
両手を広げたギデオン様の胸に飛び込んでゆくマイラお嬢様。
「ただいまです。」
「おう。無事に帰ってなによりだ……急に帰ってきたから騎士が嫌になって嫁に行く決心でもついたのかと思ったらコレだ。一体何がどうしたというんだ。」
ハグをし終わると、領主と国の騎士の関係ではなく、親子の関係に戻っているのが傍目にも理解できる。
「結論から言う方が良いでしょうから単刀直入に言いますね。少し覚悟をしてください。」
「……ちょっと怖いな……まさか子供でもできたとか言わんだろうな?」
「そちらの覚悟でなくていいです。もう大丈夫そうなので言いますね。」
にこやかだった顔が、真面目な顔になり雰囲気が変わる。
「壁の向こうに新しい国が出来ます。
そこの兵隊は私くらいに強くなる可能性があります。」
「……は?」
そういう顔になりますよね。
予想通りに呆気にとられた顔をしているギデオン様に、私は失笑を禁じ得ない。
なぜならば、今のお嬢様の言葉は前菜。
メインディッシュはこれからなのだから。
私はこれからのギデオン様の心労を思い、同情せずにはいられなかった。




