90 別行動
「ふむふむ。」
テオ、アリサ、フリーシア、そしてベンさんを背負子に乗せてこっそりと移動しながら、テオが話してくれた話の内容はこうだ。
なにやら狐族の賢い人がベンさんの領内に居るけれど、その人は子供を首都で人質に取られていて味方する事は出来ないらしい。
ただその人を味方に引きこんでおけば何かと役に立つらしく首都のお偉いさん説得の前に是非味方にしておきたい。そしてその狐の人も子供の奪還が出来るのであればベンさんに協力しても良いと言っているとの事。
そこで説得工作の前に、子供を奪還しようという作戦がたった。
居場所については、ある程度所在は分かっており、本人確認についてもベンさんの鼻が利く為そう難しい事ではないらしい。
ちなみに匂いは手紙のやり取りは許されていて、その手紙が本人が書いたかどうか確認する意味合いで本人の匂い付けがされているとの事。
鼻がいい獣人らしい確認方法だと思う。
「むむむ……親子を離れ離れにするとは、なかなかに鬼畜の所業。」
「まぁ常套手段だけどな。」
呟きに背負子の上からベンさんが反応する。
「そうなの?」
「おう。狐には常套手段さ。
あいつら冷酷なことを平気な顔で言う癖に自分の身内に対しては情が厚いからな……俺達獣人の国は色んな種族が居るが歴史も長いから、それぞれの強みや弱みなんてものも互いによく知っててるのさ。
まぁ女狐のヤツが子供を首都に置いてきたのは忠誠の証でもあるって事よ。」
「へぇ? ってことはもし奪還したら問題になるんじゃ?」
「あぁ。忠誠の証として宝物を預けたのに、それをまんまと盗まれちまうような相手なんか忠義立てするに値しないだろう?
簡単に言えば、これは女狐からの試験でもあるわけだ。『それだけの実力があるのであれば認めてやらんでもない』ってな。マコトの作った建物とか見て力だのは充分理解してるだろうに、まったく高慢ちきなヤツだよほんと。」
比較的ゆっくり移動しているので話す余裕がある。
「人質を取る方の立場で考えれば、それだけ優秀とも言えるのよね。
話してみた感じ確かにそう思った。マコトくんに分かり易く例えるなら小隊長がもう一人いたって感じかしら?」
「むぅ、それはなんとも頼もしい限り。是非味方にしておきたいところですな。」
「……情が厚いのに、わざわざ親子が離れて暮らさなきゃいけない選択肢を選ばなきゃいけないって……本当に有能なの?」
アリサがどこか不満そうに呟いた。
確かに本当に優秀なら、自分の望む結果を得るような形に持っていくはずだ。
「ふん。この国は長い歴史があるって言っただろう? 長くなればなるほど、その中枢ってのは複雑になっていくんだよ。
そしてそれは普通に有能な程度のヤツがどうにかできるもんじゃないさ。」
ベンさんがどこか寂しそうにそう言った。
ふと転生前の日本を思い出す。
日本も世界でも稀な長い歴史を持った国だ。その国の中枢に入り込めたとして、たかが一人の人間が国のあり方を変える事が出来るかといえば、それは難しい事だろう。いや、難しいどころではなく不可能だ。
「歴史が長くなればなるほど習慣やしきたりなんかもあるし、慣例に習って進める事も多くなる。なにより周りがそう望む。
そしてそれに従わなければ生きにくくなることだって十分あり得るからこそ、親子諸共生きにくい道よりも離れていても双方が幸せな道を選んだって事かな……」
「ほう? 分かったような口じゃねぇか? だがその通りだな。」
「流石マコト様です! 筋肉とは違ってお考えが深い!」
「ちょ、私はただふと思った事を言っただけで!」
「あらあら。」
女性陣が騒がしくなってきた。
そして日本を思い出した事で、ふと思いつく。
「ねぇベンさん。」
「なんだ?」
「歴史が長いっていうのでさ、ちょっと気になる事もあるんだけど……なんだかこの国の風習とか作物とかが自分の知ってる文化と似てるところがあって、国の成り立ちとかに興味があるんですけど、なにか教えてもらえない?」
「ん~……俺が得意なのは身体を張ることだからな。
歴史についての説明はうまくないし聞かれた事にはっきり答えられる自信も無い。
そういうのは今話しに出てた女狐が得意だから子供を奪還してから聞いてみな。うまく事が運んでりゃあ喜んで授業でもなんでもしてくれるさ。」
「そっか。わかった。」
「おう。」
一路、首都に向けて足を進めるのだった。
--*--*--
「これでいいのか?」
国境の関門から戻ったマイラからフード付きのローブと手錠を受け取り、指示に従って自ら手錠に腕を通したコンが口を開く。
「あぁ問題ない。
本来なら私一人が行って家で話をつけてから戻ってくるべきなのだが、どうにも時間が惜しい……2人には少し面倒をかけるが我慢して欲しい。」
申し訳なさそうに声をかけるマイラ。
「私も兄様も理解していますから安心してください。」
「ヒトの事は好きじゃあない……が、まぁマコトみたいな変わった奴もいるのが分かったからな。
お前がマコトを裏切るような真似はしないのも確信してるから気にするな。」
「兄様……別に照れ隠しなどせずに信用していると言えばいいのに。」
「バッ! ミト! こら!」
兄妹のやり取りに少し鼻を鳴らす。
「ふふっ、そうか。なら信用には信用を返さなくてはな。
一応二人につけた手錠だが鎖に切れ目を入れてある。多分君たちなら全力を出せば壊すこともできるだろう。
もし私の目と手が及ばない所で危機を感じたら構わず壊して身を隠してほしい。もちろんそうならないように私が動くつもりだが。」
手錠の鎖部分を摘まみ持ち上げてみせる。
その鎖には剣で切ったであろう幾つかの切れ目が入っていた。
「これから向かうのは、そのような場所なのですね。」
ミトが一言そう呟く。
「あぁハイラントの国が一枚岩でないように、私達の国も一枚岩ではない。複雑だし、色々あるのさ。
さぁ、あまり時間もない。行こう。」
マイラが踵を返し、その後にコン、ミトが続く。
2重になっている門が一つずつ開かれ一歩ずつハイラントの国からアルスターの国へと進んでゆく。
「これはこれはマイラ様……確かにマイラ様のようですな。」
出迎えたのは兵士達とその前に立った白髪の混じった短髪の男。
「おぉ! ブラッドか!? 久しいなっ!」
「マイラ様が向こうから来た等と連絡を上げてきた時には思わず兵を殴りかけましたが、まさか本当だったとは……」
「あのブラッドが殴っていないとは……丸くなったのでは?」
「ふふ、年も年ですからなぁ……で? 『客』とは、そちらので?」
再開を懐かしむ目から一転して敵を射抜く目に変わるブラッド。
「あぁ、客の中でも大事な客だ。
ブラッドがいるのであれば、お前には話をしておかなければならないな。どこかで話はできるのか?」
「えぇ、もちろんですとも。
……ただ、その客を私の部屋に入れるのはごめん被りますがな。」
「私は『大事な客』と言ったのだが?」
「えぇ。聞こえましたとも。ですが獣でしょう? そこで待たせておけばいい。」
チラリと目をブラッドの後ろに向ければ、憎々しげな視線をコン達に向けている男達の姿がある。
彼らにとって獣人は友人や家族を殺した憎むべき存在だ。ましてコンもミトも狼の獣人。戦いで常に先頭に立って目についていた獣人であり、鼠や兎たちと違って利用することも難しいほどの明確な敵と感じているに違いない。
「はぁ……という事は、私は客人を安心して待たせておくには、兵士達に稽古をつけるなりして足腰立たない状態にしておく必要がある。というわけか……いいとも。鬱憤を晴らすのに付き合おうじゃないか。」
ブラッドが眉間に大きな皺を寄せる。
「正気ですかマイラ様?
ここにいる私の兵は王都のぬるま湯に浸かった兵じゃない。最前線に立つ覚悟と力量を持った兵士達ですよ? それにマイラ様には申し訳ないが貴族に対して礼儀をわきまえない無骨者も多い。
第一この場に何人いると思っているんです。教えたでしょう? 決して自分より多い人数に囲まれるような状況にするなと。」
「あぁ怪我の心配をしているのなら心配いらないよ。全員一緒で構わない。それに教えを忘れたこともないよ。ブラッドに鍛えて貰ったおかげで、私も赤熊を倒す事が出来たからね……まぁ、あの時のは自力とは言い難いけれども。」
「おお。それはおめでとうございます。
ですが、ここにいる者もその私が教えた者達という事をお忘れなく。」
「あぁ、それも分かっている。
でも私もあれからずっと成長したということなんだよ。」
「向こうから来た事である程度は成長しているのは分かっているつもりです。
……ですが笑えませんね。慢心は死に直結する事も教えたでしょう?」
「あぁ気をつけている。冷静に力量差を弁えての事さ。」
ブラッドは頭痛がしたように右手で頭を押さえる。
「はぁ……これは再教育が必要か……貴方のお父様も許してくれるでしょう。」
後ろに控えている男達に向けてブラッドは振り向く事なく一本だけ指を立てて倒すジェスチャーをする。
すると一人の男が前へと出てきた。
前に出てきた男は木剣を足元に投げる。
その木剣を見て首を傾げながら微笑んでみせる。
「別に木剣でなくてもいいんだぞ?」
「貴方を殺せば部下も死にます。殺させたくはないですよ。」
「私に対する気遣いじゃあなかったんだな。まぁ、いいか。いつでもどうぞ。」
開始と取れる言葉を放つと同時に、距離を詰め木剣を横薙ぎに払う男。
どう考えても当たり所が悪ければ致命傷になりえるが、これがブラッドの鍛えた兵という証拠だ。誰であろうと戦いの場に立てば遠慮も容赦もない。
「硬化」
振るわれた木剣を拳で迎え打ち叩き折る。
どよめく男達。
木剣を折られた男も驚愕に染まった顔で目を見開いている。
「ふふ……言っただろう? 全員で来てもらっても構わないと。さぁ、ドンドン攻めてくるがいいっ!」
超笑顔のマイラだった。




