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9 赤熊とハンター&騎士

 木に上り、赤熊の方を見据える。


 確実に近づいてきている脅威に心の奥底で冷たい物が生まれ、それが意識や思考を縛ってゆく。

 冷たい物はトラウマを刺激し、足先や指先はどんどん冷たくなり、自分の身体から少しずつ自由が奪われていくような感覚を覚える。


 恐怖。


 私は一拍だけ目を閉じて小さく息を吸い、ゆっくりと時間をかけてそれを吐きだす。

 息を吐き出す際に、恐怖も一緒に出て行ってしまえと強く意識し、身体の自由を取り戻す。


 あれから経験を積み、一角のハンターに成長した。

 滝の裏で怯えていた女はもういない。


 そう自分に言い聞かせた。


「騎士団! 一拍だけ動くな!」


 小隊長の声で強張りを取る儀式は中断される。だけれど十分に身体は動くレベルを取り戻していた。

 そして大物が来るというのに動くなと号令をかけた小隊長が恐怖で正気を失ったかと思い目を向ける。


「堅牢!」


 小隊長の掛け声と共に12人の騎士団に光が注ぎ、一瞬騎士団の身体が光った。

 木に登っている私とメリナにはその光は届いていないけれど、近くにいたアリサの身体は騎士団同様に光り影響を受けている。


「襲撃に備えろ!」


 再び号令をかける小隊長と、その言葉にしっかりと行動で反応を返す騎士団。

 アリサは遊撃手として彼らの後方、横に広がる形で構えている。


 アリサの顔を見る限り光の違和感などは無く狩りに問題は無いようだ。

 おおよそ身体能力強化系の魔法だったのだろう。


 小隊長が女性である事は、これだけの期間同行していれば嫌がおうにもわかってしまい、おおよそ魔力を駆使した戦法の為に必要な人材なのだろうことは分かっていたけれど、これまでは実際に戦闘になっていなかった為、彼女がどうやって戦うかなど知る由も無かったのだ。


 騎士団がハンターの常識を知らないように、ハンターもまた騎士団の常識を知らない。


 存外、騎士団は口だけではないのかもしれないと思い直しながら、前方から迫りくる脅威に対して弓を引いた――



--*--*--



「むむむむむむっ!? ムムッ!?」


 マコトは赤熊を追いかけていた。

 慣れない視界の為に『俺らは抵抗すんで! 拳で!』で学んだ『熊殺しアッパー』を当てる事が出来なかったのだ。


 攻撃は失敗し、命拾いした赤熊は『びゃあああ! 森のヤバいヤツが狙ってきたぁあーー!』とばかりに逃げ出した。

 スピードにのった赤熊の速さは森の中でも100キロは出ているんじゃないかと思うほどに異常な速さを持っている。木に当たろうがその巨体のパワーで逆に木をなぎ倒してしまう程。本気で逃げる赤熊を追う事ができる者などいない。


 だけれど視界に慣れる為にも『熊殺しアッパー』で狩る事を決めているマコトは、先回りしようと行動し、そしてとうとう見つけてしまった。


「ニニニニ、ニンゲンでござるぅぅっ!! しかも大量! ひゃあああっ!」


 木の上で右往左往し慌てる。

 慌てながらも観察する。


「ムムムッ!?」


 ポニテさんがいた。


「ぴゃあああああ! ポニテさんだーー!! でもまた違う男連れてるー!」


 精神的支柱(じさくフィギュア)と同格にまで進化していた脳内恋人のリアルの姿が、男をとっかえひっかえ森に連れ込んでいるという余りに尻軽ビッチ。


 現実と妄想の格差ショックでマコトは木の上で昏倒した。



--*--*--



「はぁっ!」


 矢に魔力を乗せ限界まで引き絞ったつるを解き放つ。

 木を倒しながら向かってくる赤熊と距離がある内に、その勢いを止めようと矢には火の魔法が籠められている。


 矢は赤熊の手前で爆発を起こした。

 距離がありすぎて赤熊に的中とまではいかないけれど別に外れても問題はなかった。まずは赤熊の勢いを殺すことが必要だった。


 だけれど赤熊は爆炎を突き抜けて進み続ける。

 その勢いは全く死んでいない。


「『赤』熊って名前は伊達じゃないわね!」


 少しの焦りを抑えこみ、再度弓に矢を継がえる。

 私が矢を放つ前にメリナの放った矢が赤熊の手前に落ち、そこをぬかるみへと変える。

 赤熊の勢いはぬかるみに足を取られ、少しだけ落ちた。だが4つ足で走る熊の勢いは中々に強い。


 私はぬかるみの位置を探らせないように爆発を起こし、メリナはそれに合わせ赤熊の勢いを削いでいく。 だけど、それでも赤熊は止まらなかった。


 どうやら赤熊は木に居る人間を後回しにして、地上にいる人間を勢いのまま片付けるつもりらしい。


「止められないっ! かなりの勢いで来るわっ!」


 バキバキと音を立て迫る赤熊。

 騎士団との接触は目前に迫っている。

 爆発の矢を物ともしない赤熊にこれ以上できる事はない。


 後は自信満々の騎士団に任せるしか道は無かった。


「総員構えっ!」


 盾を上と下に隙間なく並べ、わずかな隙間から剣を突き出す騎士団。

 相手の勢いを逆手に取るつもりなのだろう。前方特化のファンランクスの陣形。


 私はそれを目視した瞬間、諦めにも似た溜息を漏らす事しかできなかった。





 パッカーン!





 そんな音と共にはじけ飛ぶ騎士団。

 木をなぎ倒す赤熊の突進を真正面から受け止めれば、そうなるのも当然だ。


 毛皮に多少の傷をつける程度しかできなかった騎士団の対策。

 予想外に予想通りの結果となった事で私もメリナも、ただ口を開けてみている事しかできなかった。


 唯一の救いは、吹き飛ばされている男達が五体満足でいる事くらいだろうか。



 そんな中、アリサがはじけ飛ぶ騎士団を避けながら()を振るった。

 狙いを定めた突きは魔力の刃を乗せ、赤熊の弱点である目を狙い、そして突ききる。

  

 女でありながら父親の影響を色濃く受け幼少の頃から剣を使っていたアリサ。

 私が魔力の使い方を教え込んでからもそれを剣に転用し、父親と同じバスタードソードを使う彼女ならではのスタイルを作り上げていた。

 その切れ味は鋭い。


 だけれど弾け飛んだ騎士団の男との接触でアリサの剣の勢いは半減していた。


 赤熊は自分が傷つけられた事を理解し、大きく顔を振ってアリサのバスタードソードごと吹き飛ばす。そしてブレーキをかけて向き直り、そして震えあがるような咆哮を放った。


「ゴォオオオオっ!」

「しっ!」


 だが、その大きく開いた口を狙いすましたように、小隊長のバックソードが貫いていた。



--*--*--



「はっ!? 人間ボウリングの音で正気を取り戻して見れば、獲物が横取りされていたでござる!」



コミュ障が他人の手助けなんてできるわけはなかった。

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