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孤高のハンター ~チートだけれどコミュ障にハンターの生活は厳しいです~  作者: フェフオウフコポォ


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 アリサが羞恥心から悲痛な叫び声を上げた頃、小高い丘が目の前に出現した事で更に思考停止状態を一層強めていたマイラも、ようやく自分を取り戻し始めていた……というよりは、ベンがやってきて目の前に広がる光景を眺め、あんぐりと口を開いた為、ベンが正気を取り戻し説明を求められる事態になる前にその場を離れたいという気持ちから行動を始めざるをえなかった。


 いざ動こうと状況の整理を始めてみれば、マコトに指示を出し素早く動いたテオの姿は既に無く、代わりになにやらおろおろと右往左往しながらまごついているマコトの姿。


「ま、まずは事態が落ち着かせなくては!」


 親子揃って口を開いて呆けているベンとコンに聞こえるように言葉を放ち、マコトの下へとさっさと移動する。


「お、おお、お、お、おおお、お」


 近づいてみれば言葉にならない程の小さな声を放ちながら、まるで子犬がプルプルと震えるかのようなマコト。

 その姿は進むべき場所は分かっているにも関わらず、そこへ進むべきかどうかを悩んでいるような姿にも見えた。


「マコト殿! マコト殿! どうした!?」

「あ、あああ、あ、あ、しょし、しょしょ、小隊長殿ぉー! ふ、フリーシアを、お、落ち着かせてと言われたのですが、フリーシアが! フリーシアがめっちゃ怒ってて怖いっ!」


 見なれた布を巻いた顔の動きから、今フリーシアがいるのは小高い丘の中。つまり自分達の今立っている場所の下にいる事が分かる。

 私には作りだされた小高い丘の地面しか見えないことから、おおよそ能力でフリーシアが今どんな状況で何をしているのかを探り把握したのだろう。


「怒っている? ……ちなみにフリーシアはどんな感じで怒ってるんだい?」

「壁を削ろうと叫びながら魔法を乱発してますぅっ! ガンガンアリサの方向に向けてドリル状の魔法打ちこんでてめっちゃ怖いっ!」

「とりあえず待っても当分鎮火しなさそうな事は分かった。そしてフリーシアが私が何を言っても聞かないレベルだろうこともね……ちなみになんでフリーシアはそこまで激昂しているんだい? 原因が分かれば対処もできる。」


「そ、それは……その、ア、アリサに自分が顔を見られて――」

「はっ? え? もしかしてマコト殿の顔を? あのフリーシアが夢中になったという顔をかい!?」

「は、はい……」

「アリサはどうなったんだ!?」

「そ、その、あの……その…………あのう……」

「マコト殿! 今は一刻を争う事態なんだからしっかり話してくれ。

 10秒あげるから、ゆっくり深呼吸して経緯を簡潔にまとめるんだ。緊急時こそ情報の把握が重要なのだから。」

「は、はひ。」


 すー、はー、と手の動きをつけてゆっくり深呼吸をし、しばし黙りこむ。

 落ち着いたであろう頃を見極め声をかける。


「……で?」

「顔を見られてアリサにキスされて頬を何度も叩かれたらフリーシアが激昂しました。」

「……ん、」


 返事をして軽く頭を抑える。


 頭を抱えた理由はいくつかある。

 一番大きな理由は、あまりにくだらない理由過ぎたことだ。


 普段なら笑って流す。大いに望まれるであろう反応もしよう。だが今は敵国の真っただ中。そして私は秘密裡の取引の交渉中だった。

 歴史的に見ても価値があるかもしれない話し合いが、そんな理由如きで中断されたのだ。ガックリきて当然だろう。


 ……我が家はずっとこの獣人の国ハイラントと戦い続けてきた。

 お父様も、おじい様も、おじい様のお父様も、ずっとずっと延々とトレンティーノ家は血を流し相手にも流させてきた。そんな血塗られた歴史がある。

 そんな立場にいる家だからこそ自国の政略にも巻き込まれ、我が家は苦悶と共に成り立ってきたのだ。


 そんな家だからこそ、私はそこから逃げ出したいと考えているわけであるが、別に家が嫌いなわけではない。

 今この場にいるのも、そんな家であっても愛しているからこそだ。


 数奇な運が巡り、この仄暗い歴史に楔を打ち込む可能性となる話し合いを行う事できたにも関わらず、たかが痴話喧嘩如きに水を差された。

 とてもじゃないけれど、溜め息を堪える事を我慢できはしない。


 ――だけれども、すぐに頭を切り替える。


 今、私がこの立場にいることができるのは、全てマコト殿と出会ったからこそ。

 そう強く頭に念じる。


 出会ってから行動を共に動いていなければ、私が能力的に成長する事も無かったし、この状況に立つだけの力を得る事も無かった。

 であれば、そのマコト殿が原因で痴話喧嘩が起こったとしても、怒れるはずもない。


 例え歴史的に価値ある話が潰れたとしても、そんな話など元々なかった事と考えればいいだけの事。

 それになにより本当に話が潰れたかどうかは、まだ分からない。

 逆。逆に考えるんだ。


 逆に考えれば、あの強い獣人達を相手に圧倒する程の恐ろしい力を見せつけているのだから、交渉をより優位に進める為に力の一端を見せたと考えることだってできる。

 それにここまでやったのであれば、この後どんな失敗をしようが、もう心象のマイナス具合に大差はないはず。


 そして、この現状に関しては私に責は無いはずであり責任はアリサとフリーシアとマコトにある。だからうまく立ち回れば良いだけのこと。


 そう思考をまとめてから目を開く。


「よしマコト殿。全てわかった。とりあえず理解はした。

 きっとアリサはテオが何とかしてくれるはずだから私達はまずフリーシアを止めよう。」

「は、はい!」


 マコトの肩に手を置く。


「そしてフリーシアを止める事が出来るのは……マコト殿。君だけだ。」

「はい! ……ぇぇえっ!?」


「なぁに心配する事は無い。簡単なことだよ。あのフリーシアのことだ。単純に抱きしめて一声かけてあげればいいのさ。」

「だっ!?」


「かける言葉はそうだなぁ……『僕の為に怒ってくれて有難うフリーシア。でも可愛い君にこんな姿は似合わないよ。どうか可愛い顔を見せておくれ……』こんな感じでいこう。」

「ふぁっ!?」


「さぁ復唱したまえ。」

「お、おぉ!? ぼ、ぼぼ――」


「ほら照れない。ここはベン殿の家でフリーシアとアリサはあろうことか粗相の真っただ中なんだよ? つまりアリサとフリーシアの評判がどんどん悪くなっているんだ。早く止めた方が良いことは分かるだろう? 止めることこそがアリサやフリーシアの為なんだよ? だからマコト殿も恥ずかしいとか言ってられないだろう? ほら、『僕の為に怒ってくれて有難うフリーシア』。はい言って。」


「ぼ、僕の為…に、お、怒ってくれて有難う、フリーシア。」


「よーし良いよ。はい、『可愛い君にこんな姿は似合わないよ』」

「きゃ、きゃわいい君に、こんな姿は、にあわニャイよ。」


「うん、いいね。『ほら、顔を見せて。』……はい。」

「ほら、顔を見せて。」


「よし全部くっつけてもう一度。『僕の為に怒ってくれて有難うフリーシア、可愛い君にこんな姿は似合わないよ、ほら、顔を見せて。』はい。」

「ぼ、僕の為に怒ってくれて有難うフリーシア。か、可愛い君に、こんな姿は似合わないよ。ほら顔を見せて。」


「グッジョブ! もう一回。」

「僕の為に怒ってくれて有難うフリーシア。可愛い君に、こんな姿は似合わないよ、ほら、顔を見せて。」


「オーケー完璧だ! よし、後はフリーシアを真正面からギュッと抱きしめて今の言葉を言えばいいだけだ。」

「だ、だきしめ、るのは、ちょ、ちょっと。」


「うん。大丈夫。抱きしめると言っても拘束だよ『拘束』。フリーシアがこれ以上暴れて自分で自分を傷つけちゃうかもしれないだろう……マコト殿もフリーシアが怪我をするところなんて見たくないだろう?」

「そ、それは、はい。」


「よーし、じゃあ早く拘束して大人しくする魔法の呪文を唱えてきたまえ! ほら行った行ったっ!」

「ふぁっ、ふぁあい!」


 勢いで背中を押すと止めなきゃいけないと思っていたせいもあるのだろう素直に動き出していた。

 にゅう、っとまるで砂を漏斗に入れたように穴が開き始めたので少し後ろにずれ距離を取る。


 ずずずずっと穴が大きくなってゆくと、フリーシアの叫び声もボンヤリと聞こえ始めマコト殿がその声に固まるのも見えた。


「クソ筋肉っ! マコト様に守られるだなんてぇ! ああああっ!」


 獣がいた。

 昔、まだ力のない頃に赤熊に会った時の気持ちを少し思い出してしまう。


 手をアリサのいるだろう方向に向けて、ギンギンと壁に魔法を連続で当て続けている。

 当たる音から相当固い壁だろう事が分かるけれど若干削れてきているから恐ろしい。


「……ほら、行った行った。」

「あう」


 完全に様子に飲みこまれて足の止まったマコト殿に近づいて押すと、どべちゃ、と音を立てそうな感じで落ちた。

 だが壁の向こうのアリサの事しか見えていないのか、フリーシアの気が横に落ちたマコト殿の方に向く事は無い。


 その様子に不安そうに何度もチラチラとこちらを向くマコト殿。

 ジェスチャーで『ほら行け、行け』と催促をしつつも内心で『行けるかなぁ?』と不安が過る。


 だがマコト殿は少しのまごつきを見せたが腹を決めたのか、ぎゅっと横からフリーシアを抱きしめていた。

 抱きしめられた事で、流石に気が付いたのかフリーシアの魔法が止まる。


「おぉっ!」


 つい『よくやった!』の気持ちから声が出た。


 だが、待てども待てども魔法の呪文が聞こえてこない。

 そしてマコト殿の顔だけが小さく右往左往してこちらをチラチラと見ている気がしたので、再度『ほら言え、言え』とジェスチャーで催促する。


「お、怒ってくれて、有難う、で、でも、か、可愛い君に、似合わない。」


 惜しい。大分省略されていた。

 それにどもっているから伝わったかも少し微妙にも思える。

 伝わらなかったらアドリブでの対応になるが彼にアドリブは難しいだろう。


 魔法の乱発は止まっているから私も下に降りた方が良いかもしれない。

 そう判断してすぐに降り、用心しながら固まった状態の彼らに近づく。


「ん?」


 少し様子がおかしい気がして、ゆっくりと遠巻きに抱きしめられているフリーシアを覗き込む。

 すると両手を胸の前に小さくたたみ、真っ赤になって小さく震えていた。


 どうやら自分からグイグイと押す癖がついていたフリーシアは、逆に向こうから来られた事で、どうしたらいいか分からない状態に陥ったのだろう。

 力強く抱きしめた状態でマコト殿もまた固まっている事から、2人とも揃ってどうしたらよいか分からなくなっているのだ。

 完全にさっきまでのアリサへの怒りが置き換えられてしまっている。


 つい2人の様子におかしくなり鼻が鳴る。

 腹いせに少しからかってもいいだろう。


「ん~。マコト殿。もう少しちゃんとフリーシアに声をかけてあげた方がいいんじゃないかなぁ?」

「ふ、ふぇ!?」

「ほら、さっき言っていた言葉もなんだかつまりながら言っていたようだし、ちゃんと顔を見ながら言ってあげたらいいんじゃないかなぁ?」


 慌てたようにフリーシアの顔を見ようと抱きしめるのを緩めて下に顔を動かすマコト殿。


「ふぐっ、」


 変な声を漏らした。


 その反応も当然だろう。フリーシアは元々顔立ちが良い。

 その可愛い顔を赤くして小さく戸惑っていれば、その可愛らしさたるや相当なもの。そんな顔を見た男の心境など想像に易い。

 

「ほらほら~、もう一回言いなよ~。フリーシアも聞きたがってるよ~?」

「あ、あ、あ……」

「ほらほら~。」

「ぼ、僕の為に怒ってくれて……有難うフリーシア、可愛い君に……こんな姿は似合わないよ。」


 本心が大分混じっているような口調に聞こえた。

 口説きに近い雰囲気になっていて思わず口笛を吹く。


「……ふにゃあ。」


 フリーシアが腰砕けに崩れた。


 立っている事もままならないようで慌てて抱き留めている。

 もうフリーシアも違う事に頭がいっぱいで大丈夫だろう。


「ご、ごめんなさい……マコト様……私……私、無我夢中で。」

「い、いや。大丈夫だよ……ごめんね。フリーシア。」


 あらやだ、いい雰囲気。

 二人の関係も少し進展しちゃったりするかも。


 口を押えてニヤニヤしていると、ポツリポツリと雨が地面に落ちる音が聞こえた。

 

「ごめんなさい……あの技使っちゃいました……」

「……いいんだよ。

 ……? あの技?」


「マコト様が教えてくれた、急激な上昇気流のヤツ……」

「急激な……上昇気流?」


 覚えが無い様子で上を向くマコト殿。

 つられて上を向くと、どんよりとした雨雲が広がっていた。今にも降りだしそうだ。


「竜巻……上昇気流……一帯の急激な気圧変動……」


 記憶を探り、今の状況とすり合わせをするかのようにポツリポツリと言葉を漏らすマコト。


「局所集中的に気圧が高くなっているので……そろそろ崩れるかと。」

「あっ、なるほど! ダウンバースト的な事が起こるのか!」


 合点がいったのか嬉しそうに口を開いた。


「はい! それですマコト様!」

「なるほどな~! やっぱりフリーシアって賢いなぁ。アリサを竜巻で囲んだのも風で攻撃っていうのはフェイクで中心部を減圧とか真空に近い状態にして攻撃するのが本命だったんでしょ? 」

「流石マコト様! 仰る通りです! 私の魔力が尽きた場合の事も考えての攻撃でした!」

「自然現象をうまく利用したんだなぁ……凄いなぁ。」


 一気に和んだ様子になった二人と、その会話に引っかかる物があった。


「あの2人とも、ちょっといいかな? そのダウンバースト的な事ってなにかな?」

「あ、はい。フリーシアが高く積み上げた物が崩れるんです。」

「ん? ちょっとよくわからない。もう少し分かり易く言うと?」


 フリーシアが『邪魔しやがって』という雰囲気で視線を向けながら口を開いた。

 

「要は、私はアリサを囲むように天高く伸びる砂の柱を立てたと思ってください。砂の柱ですから当然私が支えなければ崩れるということです。」

「ん? ん? つまり? ……具体的に言うと、この後どうなるんだい(・・・・・・・・・・)? 私達も、近くにはベン殿もコンもいるのだが?」


 ようやく今の状況を思い出したのか、マコトが固まる。

 固まりつつも、口を小さく動かし告げた。


「……嵐が来ます。」


 この日、ベンの領地は嵐に襲われた――



--*--*--



 ――というわけなんですソフィア様。」

「馬鹿げてるわ! 嵐を生み出す魔法なんて聞いた事もない!」


「ですがトレンティーノ領にいる密偵の中には魔力の動きを感知した者が何名もいます。

 事実であるとすれば獣人が魔法を覚えたか、人が発動させたかとなりますが――」


「獣人は魔法は使えない。だからこそ人が乗り込んで魔法を放ったことになる……

 獣人をつかった小競り合いが阻まれ…人外と思えるような魔法を使う人間……」


 ソフィアは渋い表情のまま考え、そして一息吐いて口を開く。


「マイラがカーディアに居るか確認をして頂戴。一刻も早く。」


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