8 短所は隠そう
干し肉を噛んでいると少しずつお腹が満たされ、それと同時に心も落ち着きを取り戻してゆく。
一息吐いて、ようやく一人反省会を開催した。
思い返してみれば街の人と自分では違う所がたくさんあった。
すれ違った操舵手も、自分を見て叫んだ女の人も布の服を着ていたのだ。
「やっぱり恰好がおかしかったでござるかなぁ……」
だが操舵手の人は挨拶をしてくれたし、叫んだ女の人も最初に恰好を見たときは怪訝な顔をしたくらいだったから、少しおかしいくらいで常軌を逸した装いという事はなかったと思う。
じっくり思い返すと、女の人が叫んだのは風が吹いて邪魔な前髪が視界から消えた時だった。
つまり自分の顔を見られた瞬間に女の人は叫び声をあげたのだ。
「まさか……拙者、悪魔の如き目つきをしているのでござろうか。」
いや、まさか。と思いつつも水たまりに映る顔はいつも歪んで見えていた。まさかあれは歪んでいるのではなく元の目からして歪んでいたのかもしれない。
あの神殿のやる事。
チートでウフフな異世界生活を夢見た拙者にサバイバル野生生活の異世界生活をプレゼントしてくれる神殿のことだ。
『ちょっとしたスパイスだよね』くらいでそれくらいの事はやりかねない。
「むぉぉお! やってくれましたな神殿! 拙者の顔は相当にヤバイでござるな! 特に目がヤバイに違いないでござる! これは隠さなくては!」
神殿の仕打ちに対策を考え始め、すぐに思いつく。
「そういえば、あのパンツ素材に使った繭……あれは肌触りも良く吸水速乾にも優れ、さらに汚れにも強いという正しく下着に持ってこいな素材でありましたが、引っ張ればそこそこ伸びて繭越しにも奥が見えた気がしますな……人前に出るときはあれで目隠しをしたら良いかもしれませぬぞ! むむっ! こうしてはおられませぬ! 繭を採取してくるでござる!」
まだ街に入ること自体を諦めているわけではないので、すぐに準備に取り掛かる。
パンツ素材の虫の繭は、神殿に教えてもらった方法は中を全て焼き殺すことだったけれど、実はあの繭は虫たちのコロニーで内部は大量の虫の居住空間となっている。だから、少し穴を開けて水魔法で中の虫を押し流して必要な分だけを採取しておくと、また時間が経てば切り取った繭は復活し何度でも素材回収が可能となるのだ。
そのやり方に気づいてからは繭のある場所は定期採取の場所としてしっかりと記憶しているから、すぐに素材を手に入れることができる。
さっくりと繭を水の刃で15cm×100cmほどの布状に切り取り洗浄し、バッサバッサと振って乾かす。
鼻の上から額にかけてを隠すように繭を鉢巻を巻くようにしっかりと結ぶ。
「むふぅん! 予想通りでござる! 見える! 見えるぞっ!」
多少視界は悪くなれど繭は薄く、目を覆っても前を見る事が出来た。それに普段から前髪で隠れる視界に慣れている為、まったく問題にならないほどに見えた。
「ふむ……これはなかなか。
これで少し動き回って行動するのに問題がないか調べてみるでござるかな。」
マコトは狩りの為、すっと消えるように気配を消した。
--*--*--
私はテオドラ。
ハンター内では『世話焼きテオ』として知られていて、私自身その響きは嫌いじゃない。
私が世話焼きと言われるようになったのは、一人の女の子の面倒を見て、もう6年にもなる事が大きい。
ただ……善意から面倒を見ているのではなく贖罪の意味が強いのは私と彼女以外は知らない。
そして別に知ることでもない。
6年前、私は一人の男の命を奪ってしまった。
まだ18になったばかりで血気盛んだった私は、人の忠告を無視し自分の魔力の腕と力を過信したのだ。
結果、赤熊を怒らせ逃げ惑う事になり、そして私を助けようとした一人のハンターに助けられた。
彼は知恵を使って赤熊の意識を逸らして私を滝の裏に隠す事に成功し、彼も戦闘を避けて洞窟に逃げ込んだ。
だけれど私が無茶な攻撃をしていたせいで赤熊の怒りは収まらず、どうやっても私たちを見つけようとしていて、隠れていてもいずれ見つかてしまうのは明らかだった。
その時、彼は唐突に12歳になる娘の話をし、そして赤熊に立ち向かっていった。
私は手を出すこともできず、ただ戸惑い見ていることしかできなかった。
それでも彼は見事にバスタードソードを使い深手を負わせる事に成功する。
だけれど彼もまた深手を負い、そして赤熊と共に滝に落ちていった。
私はそれを見てようやく正気に戻り、滝に落ちた彼を探した。
だけれども見つけることはできなかった。
私の慢心が腕の良いハンターを殺したのだ。
失意に打ちのめされ後悔し、そして彼が語った娘のことを思い出した。
私は彼に万が一を託されたことに気づき、それから贖罪として彼女の為に過ごしている。
そして私のような後悔をしてほしくない気持ちから、ハンターとして慢心しそうな年頃の子たちに、それとなく気づかせるよう振る舞っているのだ
その結果が『世話焼きテオ』
皮肉にも、そんな二つ名のおかげでハンターとしての仕事に困ることは無く、ハンターになりたがっていた彼の忘れ形見を十分に鍛えることもできている。
ただ、名前が売れる事の弊害は結構多い。
「で、そこで私はこう剣を振るい! 見事に仕留めたのですよ!」
「はぁ……それは見事ですね。」
血気盛んに話しかけてくる軽装の男。
依頼主に絡む人間で、尚且つ貴族お抱えの騎士という事もあり、無難に返答することしかできない。
今回は貴族お抱えの騎士団からの依頼で案内役を行っているのだけれど、内心は報酬につられて失敗したという気持ちでいっぱいだ。
チラリと横眼でアリサを見れば明らかに仏頂面。
彼女もまた話しかけてくる騎士にうんざりしている。
メリナは苦笑いだ。
ハンターの男達と騎士の連中の常識は違う。
それも経験として知っておくことは無駄じゃないけれど、ここまで長い期間男達の察しが悪いのも珍しい。
思わずため息をつき、後方を進む人間に目で『なんとかしろ』という意識をぶつける。すると、その人は小さくため息を吐いて口を開いた。
「お前たち無駄口を叩くな。あまりに緊張感がなさすぎる。」
「すみません小隊長。
……ただ、全然獣が襲ってこないのでどうにも。」
「折角の腕が錆びてしまいそうで、ははは。」
苦笑いを浮かべて減らず口を叩く男達。
またしばらくすれば彼らは私達に話しかけてくるだろう。
もう一週間も共に過ごしているのだから、男として堪えきれないものがあるのはわかるけれど私達は遊びに来ているわけではない。
静かになった事で気を取り直して魔力を使って警戒と探索をする。
今回の依頼は、貴族間の会議で議題に上がった森に現れた『燃える大蛇』の調査。それに加えて熊系の狩り。
貴族たちが力の象徴である熊の毛皮を手にしたがっていることは有名だけれど、正直こんな男達で狩れるとは思えなくなっている。
そもそも騎士は対人戦に優れているけれど、獣と相対するのはハンターの方が優れている。
彼らは人よりも獣の方がもっと怖い事を知らない。彼らのように貴族の世界に関わる者にしてみれば、人の方が高尚であり、獣は所詮すべて畜生だと思っている伏がある。
慢心や油断は命取りだ。
ただぞろぞろと続く人数だけは多いから狩ることはできると思う。何人の犠牲が出るかは分からないけれど。
そんなことを思いつつ、また進路を少し変える。
そんな私の行動にアリサが小さくため息をついた。
その理由はわかる。いい加減その立派な腕とやらを振るわせてあげたら? と思っているのだろう。でも私は、私が率いている以上、無駄な死人は出したくない。だからこそ獣を避けて『燃える大蛇』の方へと進んでいるのだ。
その時、ふと違和感が走る。
アリサを見れば、アリサもまた厳しい目をし、私を見て一つ頷いた。
感じるのは敢えてこちらに向かってくる獣の気配。
そしてそんな無茶なことをする獣は大抵が力に自慢のある化け物のような獣で間違いない。
「気を付けてください。大物が来ます。」
私とメリナはすぐに手近な木に上る。
「ははっ! ようやくですな!」
「鈍る前で良かった。」
この期に及んでふざけた言葉を吐く男達に苛立ちが増す。
「今すぐ口を噤んで備えて。じゃないともう街には帰れない。」
思いの外に冷たい言葉が流れたけれど、もう男達を気にしている場合じゃない。
この気配は忘れない。
「赤熊が来る。」