78 ベンの屋敷
獣人の国、ベンの領地の屋敷にお邪魔する事になったので移動に同行させてもらう。
通りすがった農村の家々を見れば藁葺の屋根に土壁と、どこか昭和時代の田舎のような光景を思わせないでもなかった。
だけれども、よくよく見てみれば日本家屋とは違い、なんとなく雑な海外の家屋のような印象に変わる。
住んでいる人が鼠の人や兎の人らしく、多少の穴からの風などどうとでもなる程度には寒さに強いのだろう。
ただ、それでもやはり日本を心に持っている自分にとって、パッと見で日本の原風景のように見える景色には、どこか心に訴えかけてくるものがあり親近感も沸く。
なにせ藁葺という事は米。
米が食べられる!
しかも品種は細長いインディカ米ではなくジャポニカ米に近く好みの米!
味は甘みの少ない米でしかも5分つき米のような感じだったから良く噛む必要はあるけれど、精米さえすれば銀シャリが頂ける可能性すらあるのだ。
さらに離れていても海もある! 海があるとなれば塩辛だって食べられる!
塩辛を銀シャリでパクリなんて考えると今から涎も止まらない。イカがあれば尚最高だ! イカの一夜干し! イカがあればイカの魚醤だってあるだろう! いや、魚が取れれば魚醤はある! 間違いなく!
海外製の魚醤とか半端な魚醤を食べたせいで魚醤というのは生臭い物だと思っている人も多いけれど、本当に美味しい魚醤は臭みではなく香り程度になっていて、さらにうまみ成分が濃厚だから本当にたまらない味なのだ。
特に最も美味しい一番搾り的な魚醤は1年かけてもちょっとだけしか取れないからこそ作っている知り合いでもいない限りは手に入れる事すら出来ない。
「――コト様」
魚醤があるとなれば、それで野菜や魚を炊いた物もまたいい味を醸し出して、米に合う。
やっぱり米に合う! できれば卵ごはんとかも行きたい! 毒食べてもお腹壊さないらしいし食べよう! でも卵はこの世界だと貴重品の部類になってたりするのかなぁ? するんだろうなぁ! エッグタルトが高級宿で出されるくらいだもんなぁ!
「マコト様」
もしかすると鰹節とか作ってたりするなら出汁巻なんてこともあり? ありだよね! 鰹節って確かインドとかでも使われてたって聞いた事あるもんね。もちろん質は全然違うらしいけど乾燥させたものから出汁を取るっていう文化は結構万国共通な感無きにしも非ずだし、もう鰹節系の出汁もどきがあればそれで出汁巻一択! 海苔もあれば焼く時に一緒に巻いて切ると『の』の字に見えちゃうような感じにしたりなんかして! ん? 海苔?
「マコト様?」
いやいやいや、海苔と魚醤があったらもうそれだけで佃煮もどきできるじゃん! 佃煮をご飯に乗っけたら最高ですよっ! ご飯がおいしいですよ! いやいやいや! おぉっと待てよ! 佃煮と来たら茸の佃煮は外せんよ! 甘辛くしてご飯をああああ! 柔らかいお米にぬるっとした濃い目の汁が絡みついてコーティングするように、ハフっ! ハフ! ですよ!
「……マコト様」
あぁふわっふわに炊きあげた、炊き立てのピンと立ったお米! 口に含んだ瞬間に温かく広がる米の甘い香りと、もちもちしっとりとした米の感触。噛むごとに口の中に米の甘みが溢れだして、口の中が米の味でいっぱいになった瞬間に濃い味の物を入れる! するとまぁああああ! コラボレーション! 天下無双のコラボレーション! そして濃くなった口にお米の柔らかさをインしてああぁ最高! 柔らかいの最高ぉおお!
「って、柔らかい! 何してんのフリーシア!」
「マコト様がなかなか気づいてくれなかったので、気づいてもらおうと思いまして。」
いつの間にか手がフリーシアの胸に移動されていたので、慌てて引きはがす。
確かにボーっとご飯の事を考えていたけれど、なんだかコンを味方に付けて以降、フリーシアが強気な気がしてきてちょっと怖い。
でも正直嬉しいし嫌じゃないからビクンビクン。
「エフン! えっと、ゴメン。どうしたの?」
「いえ、どうやらベンさんの屋敷に到着したようです。」
「えっ!?」
ふと左右に顔を振れば、瓦の乗った屋根のある大きな平屋。
門があり、塀越しに蔵らしき建物が敷地内にある事も分かる。
「いつのまに!」
「何言ってんだかマコトよ。おら、さっさと入れよ。案内する。」
様子を見ていたのかコンが先導して歩きはじめたので後に続く。
「えっと、ベンさんは?」
「親父はアド様に書状を記しにすぐに部屋に行ったさ。いきなりお前らを連れて行く訳にもイカンだろう?」
「あ、そうなんだ。」
「マコトお前、ぜんっぜん話聞いてないだろう?」
「あ、はい。」
「いやそこは言い訳くらいしろよ……まぁ、いっか――」
このあとコンに案内され、そして全員まとめて1室が割り当てられ、お付兼監視と思われるお手伝いさん的な狼さんも付く事になった。
自由に休憩していろと言われて放置されたので、アリサはあっという間に横になって体力の回復を、テオや小隊長はお手伝いさんと何やら話を始めた。多分情報収集を計ろうとしているのだと思う。
そしてフリーシアはもちろんピッタリと横についてくる。
まるでバスケットボールのマンツーマンディフェンスのようだ。
プレッシャーが凄い。
そして正直そうされるのが嫌じゃないのがまた困る! 14歳になったと言われた事でハードルが一段下がってしまった気がするのだ! だがまだ犯罪だ! NOタッチなのだ! フリーシアはロリータなのだ!
葛藤とプレッシャーの板挟み。
この板挟みから逃れるべく、テオや小隊長と話をしているお手伝いさんの所に混じる事にした。
「あの、その毛並を撫でてみたいって言ったら失礼な感じになりますか?」
「「「「 えぇっ!? 」」」」
狼さんだけではなく、テオや小隊長、フリーシアからも声が上がった。
だってモッフモフが居るんだもの。触ってみたくもなるでしょうが!
--*--*--
徐々に覚醒して行く頭。
「よーしよしよしよし――」
眠りから覚めていく気配を感じると同時に、聞こえてくるアイツの声。
また何かおかしなことをしているのかもしれない。
変な背負子で運ばれて、ひたすら殴り合いをしてまた移動してと動きっぱなしだった為、眠り続けても問題は無いだろうけれど、アイツの妙に嬉しそうな声の原因を知っておかないと気になって休めない。
ごろっと転がり寝ぼけ眼を向けてみると、アイツはなんと狼を拘束していた。
事態が急変したのかと思い慌てて起き上がり駆け寄ると、どうにも様子がおかしい。
なぜならマイラもテオもフリーシアも、ただじっとそれを見ているだけ。
なんとなく思い過ごしである事を察し、ゆっくりとテオの横に座る。
「くぅっ!」
「よーしよしよしよし! よーしよしよしよし!」
「えぇ……」
狼が抵抗しようとしているのだろうけれど、ガッチリと固められている。あれは逃げられない。
「ねぇ、姉さん……何してんの? アレ?」
「うっ、うっ」
「よーしよしよしよし! よーしよしよしよし!」
「マコトくんがね『撫でてみたい』って言ったのよ。」
「ふっ」
つい鼻が鳴る。
なんとなく犬と同じ目線で見てる感は感じていたけれど、本当にその目線で見ていたようだ。そしてその後の話の流れも想像がついた。
「『撫でられるものなら撫でてみなさい』って言った結果……かな。」
「また言葉の通り、素直に受け取ったわねぇ。」
「よーしよしよしよし! よーしよしよしよし!」
「やめ……やめ…ろぉ……」
「よーしよしよしよし! んん~? 本当に止めていいのかなぁ? 気持ちよくない?」
「うぅっ!」
「よーしよしよしよし! よーしよしよしよし!」
チラっとフリーシアを見れば、あからさまに不機嫌だ。
いちいち言わんとする事が分かりやすすぎて困る。
「も、もう殺せぇ……」
「よーしよしよ――えぇ……」
あからさまにガックリしたような雰囲気になりすぐに離した。
アレは傷ついた時の反応だ。
まさか本当に嫌がっているとは思ってなかったんだろう。こっちの方がまさかだ。
ガックリ落ちこむマコトと、涙ぐみ鼻を啜っている狼。
多分この狼は女の子だろう。男の狼と殴り合っていたから雰囲気で分かる。
立場を置き換えれば私が抵抗虚しく獣人に身体中を撫でまわされたような感じだろうか? それは確かに泣きたくもなる。
「すみません……でした……」
我に返ったのかガックリと肩を落としながら謝罪を口にする彼。
夢中になると視野が狭くなるのは本当に悪い癖だ。
「……いえ、あの……やれるものならやってみろなどと侮っていた私が悪いのです……自分で言ったにも関わらず申し訳ありません……」
大人な対応に感心しつつ、一人と一匹が落ち込む不幸な結果が出たころで近づいてくる気配を感じそちらを向く。
「おう待たせたな……ってなんだこの雰囲気?」
コンだ。
正直かなり強い狼だった。
マイラにこっそりと回復をお願いした位には強かった。
強化しなければ戦えない程には獣人との膂力の差を感じたけれど、その他の狼はコン程は強くなかった事で、彼が特別強いのだろう事は十分に理解できたのは幸運だった。多分私は並みの獣人であれば負ける事は無い。
ただ父であるベン、そしてその上のアドという者は更に強いと考えると、中々厳しいものがある。
「あにさまー!」
撫でられていた狼がコンに駆け寄り縋りつく。どうやら妹だったらしい。
という事はベンの娘でもあるということだ。また余計な火種が……
「てめぇら……ミトに何しやがった……」
ぞわっと来る程の眼力。
流石は狼と思ってしまう。
「ごめん。撫でた。」
彼がすぐに声を発した。
珍しい程の行動の速さと決断力に思わず向き治る。
「ちが、違うのです兄様――」
「なぁ~にぃ! おうコラマコト! てめぇ表に出やがれ!」
「……はぁい。」
落ち込んだ状態で、コンに言われたまま後に続く彼。
ミトと呼ばれた狼が慌てながら、助言をして欲しそうにこちらを見たので、私達は一旦みんなで顔を見合わせる。
もちろん全員が彼がどうにかされる事は万が一にもないだろうという共通認識があり、このまま流れに身を任せる事にした。
塀の中の広い庭に出ると臨戦態勢が整ったと言わんばかりのコンの姿。
それと対照的にショボンっと落ち込んだままの彼。
「覚悟しろよ!」
「……コン、一つだけいい?」
「なんだ! 命乞いは聞かねぇぞ!」
「もし……もしなんだけど、勝負したとして……勝ったらコンでも良いから撫でていい?」
「てっめ! 好きにしろや!」
私達は全員同じ事を思った。
『まだ撫で足りなかったんだ』




