75 ぐったり
「知らん。」
『戦いの原因はなんですか?』の問いに対してコンの回答は簡潔だった。
『えぇ……』と思いつつ、シュッとした顔だちをしているアルマがコンと同格のリーダー且つコンよりも理知的に思えたので同じ事を問い掛けてみる。
「知らん。」
「えぇ……」
つい落胆を隠しきれずに声が漏れた。
だがこちらの落胆の様子など気にする様子もなくコンは胸を張りながら口を開く。
「俺らは兵隊! 上がやれと言った事をやるだけよ!」
堂々と社畜宣言を放ったコンに対して賛同するように狼たちがウンウンと大きく頷いていた。
ちなみに何をやれと言われていたのかと問えば『敵を討て』だそうだ。
どうしたものかと思い悩んでいると流石のテオ女史。
こちら側が若干一名を除いて敵意が無い事を説明し、今回の進軍の理由を知る人との取次ぎの話をこぎつけてくれた。
コンの指示に従って使いの狼が走っていき、そしてしばらくの狼たちとアリサの拳での語りあいの後、コンと同じくらい身体の大きい狼がやってきた。
その狼の姿が見えると同時にコンもアルマも、そしてその他の狼たちも片膝をついて頭を垂れる。
だがその狼は頭を垂れるコンに向けてつかつかと足を進め、そしてコンの前で立ち止まった。
気配を察したコンが顔を上げると同時に拳がめり込む。
「うひぃ!」
つい声が漏れた。
殴られた当人が一言も声を出していないのだが見ているだけで痛そうなパンチ。無抵抗な人に対する暴力とか勘弁してほしい。
「負けておめおめと生きながらえるとは! この恥さらしがぁっ!」
「……面目ない。」
殴られて尚、すぐに身体を起こし頭を垂れるコン。
言い訳も何もせず、ただまっすぐ向き合うその姿に男らしさを感じる。
だけれども殴った狼は怒り治まらずという雰囲気しか発しておらず、気が付けば勝手に身体が動いていた。
「ま、ま、ま、待ってください……」
「関係ないヤツぁ黙っとれっ!」
「はい。」
素直に返事をする。
だって怖いんだもの。
姿が狼でも発している言葉は人の言葉、人の言葉での怒声はかなり怖い。
なんせ無抵抗にパンチするくらいの暴力マシーンだ。迫力がパない。
「コン! お前はどいつに負けたんじゃっ!」
「そこのちんこいのと、筋肉です。」
「なぁ~にぃ~?」
ギロリと殴った狼の目が二人を捉える。
だが捉えられた二人はションボリしていた。
「ちんこい……」
「筋肉よばわりが浸透してる……」
若干落ち込んでいる二人を目にした狼が更に怒りを露わにする。
「アレに負けただとぉ!? しかも二人に? ……かぁ~~っ!」
心底呆れた様な声を出しながら頭をふる狼。
その様子を見て、テオがフリーシアにこっそりと耳打ちをした。
その耳打ちを聞いてフリーシアはうんうんと大きく頷く。
「よりにもよってあんなちんこいのにとは……情けない。」
「小っちゃくないもん。」
「あああぁあああ!」
やってきた狼は、しっかり回された。
--*--*--
「……ありゃあ……ムリだわ。」
「すみません。親父殿。」
「いや、こっちもよう聞かんで……すまんかった。」
『もうやめたげてよう! バターになるから! なっちゃうから!』とフリーシアに泣きつくまで入念に回転させられた狼が、ぐったりと横になっている。
そしてその横で、コンとアルマが心配そうに声をかけていた。同じ気持ち悪さを味わった者同士、察する物があるんだろうと思う。
「お前さんら……何が目的だ?」
ぐったり横になったままの体勢で問うてくる狼。
威厳も消えかけているおかげで逆に話し易いように思える。
狼の問いに誰が答えるのかキョロキョロしてみると『どうぞどうぞ』とテオや小隊長がジェスチャーをしてくれたので頭を掻きつつ答える。
「えっと……今回の戦い……進軍してきた理由が知りたくて来ました。」
「あ?」
横になりながらも、ひくっと表情を変化させたのが分かった。
明らかにイラっとしたような雰囲気。
だが、その態度を見たフリーシアも、それ以上にイラついた表情に変わってゆく。
「あ? マコト様に対してなんですかその態度? 回しますよ?」
フリーシアの言葉にすぅっと狼の表情が無の境地のように凪いでいった。
そしてそれを見ていたコンとアルマの表情も同様にすぅっと凪いでゆく。
よくみれば、3人の尻尾も力なくペタンと落ちていた。
なんとなく落ち込んだ犬を連想してしまい、可愛そうな気持ちになってしまい慌てて口を開く。
「フリーシア、いいから! 全然気にしてないから! 平気だから!」
慌てて口にしたせいか、そう言われたフリーシアも余計な事をしてしまったと感じたのか、すぅっと悲しげな表情へと変わっていく。
だけれどここでフリーシアを気にしていても話が進まないので、少しだけ慌てつつも横たわる狼に改めて問う。
「とりあえずまだこちらに敵意はありません。
出来れば戦いとか起きて欲しくないし、進軍の理由を知れたら嬉しいんですが……」
大きく鼻から息を吐きだしながら、ようやく身体を起こす狼。
「進軍の理由は単純。こちらがそっちの動きを掴んだ。それだけよ。」
「こっちの動き?」
「おう。ヒトどもが戦いの準備をしとるゆうからな。喧嘩を売られりゃあ買うのが我らの有り方よ。」
「……は?」
思わず小隊長を見る。
だがすぐに首を横に振った。
「私はそういう情報は持っていないよ。
国が戦いに動くだのの話があれば、私がここに居る事は無いはず。
それに我がトレンティーノ領は防衛に重きを置いている。攻め込むのは国からの要請が無い限り有り得ない。
もしかすると私が知らない事もあるかもしれないけれど、マコト殿なら我が領が戦いの準備をしているかも確認できるんじゃないか?」
そう言われ、すぐに万里を見通す眼で国境付近に意識を飛ばし確認する。
国境付近の兵士達に緊張感は無く、それに人数は維持に最低限しか配備されていないように思えるし、進軍に備えているようにも見えなかった。
「ん~? 戦う様子はなさそうに見えるけど……そちらの勘違いってことはありません?」
「はぁ? お前の言う事なんぞ信用できるわけがないだろうが!」
「おま?」
『お前』呼ばわりされた事に、またもフリーシアがイラっとしたような顔に変わり、それを見た狼の顔がすぅっと凪ぐ。
もう表情の変化は一切無視し考える。
現状を考えれば確かに狼の言う事は最も。敵だと思っている者の言葉を『はいそうですか』と信じる者はいないだろう。
はて、どう説明したものかと考えていると、ニッコリと深い笑顔を作った小隊長が肩をたたいた。
「マコト殿ぉ。ここは実際に見てくるのが一番手っ取り早いんではなかろうか?
ほらあの背負子を使って移動する方法であればマコト殿なら、うちの領の誰にも気づかれないように領内の様子を彼らに見せる事が出来るだろう?
もし彼らが暴れるようならマコト殿も鎮圧してくれるだろうし心配はしていないよ。うん。そうだ。私達は邪魔にならないように、その間はここで待っていよう。待っているからできるだけ早く済ませておくれ。」
「なるほどっ!」
流石小隊長殿。
百聞は一見にしかず。
自分の目で確認するのが最も信頼できるはずだ。
「うん! 実際に見に行きましょう! 案内します!」
「「「 は? 」」」
普通であれば捕虜にされるなどの心配をするのだろうけれど、彼らには敗者に権利無しといった気風があるようで、フリーシアに回されたコンとアルマ、そしてコンを殴った狼こと、コンの親父さんのベンは話に乗り実際に確認をしにゆくことになった。
そして3人掛けに改良した背負子を土魔法で作り出して、コン、アルマ、ベンの順に座ってもらい、急ぎ足で案内を開始した。
尚、国境周辺の雰囲気が分かる所に辿りついた時、コンとベンが早々に「ヒト側に戦いの様子無し」と声を揃えて訴えるのだった。




