74 くっころ
「くっ……ええい殺せっ!」
「喜んで。」
「まってぇ!」
コンが言い放つと同時に笑顔で剣に手を伸ばした小隊長を慌てて止める。
「は、は、は。冗談だよマコト殿。」
「いや、その変な笑い方は、あからさまに『嘘ついてます』って言ってるようなもんでしょう!?」
鼻からフスーと息を漏らしながら小隊長が腕を組んだ。
「彼が自分から言ったのを叶えてあげようと思っただけなんだけれどね。それに私の領に攻め入る気でもあったようだし。」
「おうっ! このコンに二言はねぇ! ……折角の初陣にも関わらず……戦う事すらできず負けたなんて恥もいいところよっ! ……ただ、一つだけ頼む。俺の嫁と戦ってねぇヤツラは帰してやってくれ。」
コンの言葉に狼たちが一気にザワつく。
「アンタっ!」
「コンさん! 俺らまだ戦ってもいねぇのに負けなんて認められねぇ!」
「うるせぇっ! こんなちんこいガキに俺が手も足も出なかったんだ! おめぇらがどれだけやれるっつぅんだ!」
「……ちんこいガキ……」
フリーシアがちょっとだけしょぼんとした顔になる。
だいじょぶ。胸のことじゃない。だいじょぶ。気にしなくてだいじょぶだから……と内心だけで思っておく。
「よし分かった。」
「だからまってぇ!」
コンに縋り付いた狼たちに対する情も無く小隊長の手が再び剣に伸びたので、また止める。
「は、は、は。冗談だよマコト殿。」
「二回目! 二回目だからっ!」
「はぁ~。」
とうとう小隊長が大きく溜め息をつきながら下を向き、そして小さく首を振って呆れたような顔に変わる。
「だって仕方ないじゃないか。
彼らはウチに攻めてくるつもりだったみたいだし……それに、これまでも何度となくウチの領民の血が流れている。その血を流したのは大抵がこいつらのせいなんだよ?」
「はっ! 戦場にあがりゃあ血が流れて当然だろうが! それにお前らだってウチのもんを殺しまくってくれてる癖によく一方的に被害者面が出来るもんだ。」
殺伐アンド一触即発のような淀んだ空気が漂い始め、どうしたらいいのか分からず、まごついてしまう。
「はいはい。それじゃあ私がとりあえず現状をまとめるわ。」
差し伸ばされた救いの手に『テオさーん!』と言わんばかりの感激の眼差しを送ってしまう。流石頼れるテオお姉さまやで!
テオお姉さまは小隊長殿に向けて口を開く。
「とりあえず、マコトくんは殺し合いは嫌って言ってるから、これを基本の線として進めたらいいでしょう? 血が上った貴方に任せてたら結局乱闘になって終わりってことになりそうな気もするから、いいわよね? 小隊長様?」
「……仕方ない。任せよう。」
テオはどっかりと胡坐をかいているコンの前へと進む。
「ええと、コンさんだったわよね? とりあえず私達は戦う意思はないの。」
「ふん! うちの縄張りに足を突っ込んでおいて戦う気はないだ? どの口が言うか。」
「う~ん、それは単純な話でね……詳しくは言わないけれど、あそこに目隠している彼がいるでしょう? 彼の力であなた達が戦う準備をしているのを知ったから、隣の領地を治める血筋の小隊長様の発案であなた達が戦うつもりなのか、それとも訓練なのかを探りに来たら見つかっちゃったっていうだけなのよ。」
「はぁ?」
「マコトくん。ちょっと証明してあげてもらえる?」
ポカンとした顔の狼たちの顔が一斉にこちらを向いた。
うーん。犬はやっぱりかわいい。
「マコトくん?」
「あ、はい。 ……って、証明って、どうやって?」
「例えば……この先に進むとどんな人がいるとか?」
「あ、はい。えっと……」
万里を見通す眼で狼たちのやってきた道の先の詳細に探る。
「ん~。い……狼さんたちと同じ顔の人たちと、猫っぽい人達の集団がいますね……ん? あと、狐っぽい人も一人? ……ここから3キロくらい先かな?」
「おまえ今『犬』って言おうとしてなかったか?」
「言ってません。」
無表情なコンの問いに、つい即答で返す。
もちろん狼たちが全員同じ顔をしてこっちを見ていたので顔は逸らしている。
「なぁ、言おうとしたよな?」
「言ってません。」
「そんなのどっちだっていいじゃない。」
やり取りに呆れたような声をボソリと漏らしたアリサの一言をコンが拾わないはずがなかった。
「そこのアマ! そっりゃあどういう意味だこら! 俺たちは誇り高き狼の一族! 犬っころと同じように扱われる侮辱を受けてまで黙ってられねぇぞ!」
「あ、あ、あ、」
「そうだそうだ」と控えていた狼たちからも声が上がり、自分の失言で戦いに向けての燃料を投下してしまった事に気づき、とりあえず慌てる。
対してアリサはニヤリと口角を上げ、余裕すら感じる佇まい。
「へぇ? ならどうするっていうの?」
「やってやんぞコラァ!」
やり取りに今度はテオがため息をつく。
「まったく……折角話し合いをしていたのにアリサ? あなた、ただ力試しがしたくなったんでしょう?」
テオの言葉に少しだけ悪びれたような笑顔を作るアリサ。その姿にテオは再度深く溜息をつく。
「はぁ……じゃあコンさん。一つ提案なんだけれど、ウチのアリサと戦ってみてくれない?
あの子、いつも軽くあしらわれてたから、強いと噂の獣人を相手にどれくらい戦えるか試してみたいようなの。
もちろん一方的になるようだったら止めさせてもらうけれど……」
「あぁん? よくわからねぇがやってやろうじゃねぇか! 女相手だ。ハンデとして牙は使わねぇでおいてやる。」
「だって、アリサ。」
「あら? 意外と紳士。」
そう言いながら進み出るアリサ。ゆっくりと立ち上がるコン。どうしていいかわからずうろうろする拙者。
ドンという音が鳴るとともに、コンの懐に入り込んだアリサが拳を腹めがけて打ち込む。
驚いた顔をしながらも間一髪身体をひねり、かろうじて防具を掠るだけに収めたコン。
すぐにアリサめがけて爪を振るう。だけれどアリサも紙一重で躱して見せ、双方同時に距離を取った。
「はぁん? 見た目のわりにやるじゃあないか……」
コンが薄く笑う。
「やっぱり私……強くなってた。」
ニヤリと笑うアリサ。
「フフ」
「フハハ」
互いに笑いあい、そして殴り合いが始まる。
もちろん見ていられずに顔を手で覆って隙間から眺めるのだった。
--*--*--
「やるじゃねぇか! しっかしなんだ? 固ぇ身体しやがって! ほんとにメスかお前!」
「そっちこそ! 木を殴ってるみたいな感触だったわよ。あと……失礼なことを言うヤツはこうだ。」
「ごぼあ!」
隙だらけのボディーにリバーブローを放つアリサに一切の躊躇も容赦もなかった。
なんとなく認め合って打ち解けあった感があったからこその隙だったのに、ひどい。相当気を抜いていたのか悶え転げるコン。
アリサはこの冬、とにかく魔力の体術転用含め、身体能力の強化を目標として動いており、肉弾戦において4人の中で最も強く成長していた。
今の闘いの中で剣を使っていなかったのも、剣を使って本領を発揮したら確実に命のやり取りとなっていたこと……そしてアリサの剣の切れ味からも、その結果はすぐに想像できる。
「はいはい。これで双方気が済んだ? そろそろ話を進めてもいい?」
テオの声に、にわかにザワつき始める控えていた狼たち。
「お、俺も戦いたい。」
「私も」
「俺も」
アリサとコンの闘いを見ていたことで血が騒いでいる狼が多いようだ。
「お? やるか?」
アリサもまだ余裕があるのか、それとも単純に気分がノってきているのか挑発的な言葉を返す。
その反応を見て狼たちも『いいぞいいぞ!』と言わんばかりの雰囲気。
だが、そんな盛り上がりに水を差すように、冷気が包み込む。
「そろそろ話を進めても……いいわよね?」
テオが笑顔で再びそう口にする。
狼たちもなんとなく冷気がテオが発しているものだと感じ取り、不気味さを感じたのか興が逸れていた。
そんな中、コンの妻のアルマが口を開く。
「そういえば、その目隠しのオスが、うちの本隊のことを言い当ててたね?
アンタら来た理由は、とりあえず納得するとして、結局のところ私達が戦うつもりだと返答したらどうするつもりなんだい?」
その言葉にテオが意見を求めるようにこっちを向いた。
「え?」
いつしか全員の注目が集まっている。
だが全員といってもテオ、アリサ、小隊長にフリーシア。そして狼たち。
知った顔と犬なので、そんなに緊張はせず、自分の考えをじっくり検討する事ができた。
結局今のアルマの言葉は『殺し合いを拒んでも、結局殺し合いに発展するだろう。その場合アンタたちはどう動くつもりだ?」という問いなのかもしれない。
「とりあえず、今回の戦いの原因はなんなんですか? それ次第かと。」
気が付けば正直に思ったことを口にしていた。




