69 小さな動き
ミレーネと交渉を終えたマイラ達が街へと戻った。
テオはアリサと共にマコトの所へと戻ると、なぜか風呂上りの妙に爽やか笑顔を浮かべるマコトが待っていた。そして『急に入りたくなったから』となぜか慌ただしく言い訳を口にしながらクナイを渡してきたので受け取る。
渡されたクナイは貴重な地竜の鱗に魔力を込める事で溶解し固めた物から削り出して作り上げられた物であり、そんな代物の存在はこれまで見たことも聞いた事もない。
さらに手に取ってみれば凄まじい切れ味だけでなく魔力を籠めた地竜の鱗同様、所持者の魔力を補填する効果を変わらずに有しているという事実。アリサはクナイの切れ味を見て苦悩よりも喜びが勝ったが、テオは現物を見たことで苦悩が勝ってしまう。それもある意味当然の事。
恐ろしい程の切れ味を持ちつつ、魔道具としても一級品。そんな物を所持していると知られたならば命すら狙われかねない代物。
様々なデメリットを想像し受け取りたくない気持ちになりつつも、それを作り出した男がニコニコしながら『貴方の為に作りました』といった雰囲気を醸し出していれば友好関係維持の為にも断るという選択肢を選べるはずもない。笑顔の仮面をつけて喜んでみせる。
だが作り出した男はさらに頭の痛い事を言う。
「まぁコレはとりあえず失敗したインゴットから実験で作った試作品なんで。もし要らなかったら捨ててください。」と。
『試作品でこれって事は本制作だとどうなる?』『要らないわけがないでしょうが!』『捨てれるか!』と疑問や不満が一斉に沸き起こり頭痛へと変わる。
テオは現品が3本あった事から頭痛を共有できそうな新たな被害者としてマイラを巻き込む事を決めた。
数日後にミレーネと地竜の鱗関連素材の受け渡しを約束通り済ませ、鱗と爪の欠片を手に嬉々として去っていくのを見送った後、マイラに時間をもらいクナイを渡し説明をする。
テオから物を渡され説明を受けたマイラももちろん頭痛に悩む事になるのだった。
だが、ここにきて怒り心頭は居合わせたフリーシア。
惚れた男が自分以外の女に手ずから作り上げた短刀を贈ったなど許せるはずもない。
テオに同行してマコトの居る森へと向かい「マキョトしゃまぁああああ!」と泣きついた。
さらに厄介な事に、毎度ガードの弱いアリサからテオのアクセサリーがマコトから贈られた地竜の鱗を元にして作られた物であることも聞きだしたからさぁ大変。自分だけ貰っていないフリーシアの泣きっぷりたるや凄まじく、森に新たな獣が生まれたかと思わせるような大騒ぎ。
泣きつかれたマコトにしても贈ったクナイは一人で大切な時間を過ごす言い訳の為に適当に作っただけの物で思い入れも無く、とりあえず『クナイって投げるよね』程度の気持ちで数本作って渡しただけなのだから興味もない。そもそもアリサが欲したから作っただけでありまさか分け合うとは思っていなかったのだ。
だが事実としてフリーシアを一人をのけ者にしてしまうような原因を作った事を反省し、ボロボロ泣くフリーシアへの後ろめたさから特別に地竜の鱗インゴットからペンダントヘッドを作り出して、それらをプレゼントする事にした。
もちろんそのマコトの言葉を聞いてフリーシアの泣き声は止んだ。
だが、実際作り上げる運びとなった事で、またマコトの悪い癖が発動する。
匠。
匠モードに変わってしまったのだ。
最初は金属を適当な形にカットするだけのつもりだった。
ちょっとベンダントトップに相応しい形、シンプルな形に整えて面取りするだけのつもり……
だが贈り物として実際にペンダントの形を作り上げてしまうと思ってしまう。
『ここ……もうちょっと良くできるんじゃね?』『こうしたらかっこいいんじゃね?』と。
少しの粗でも見つけてしまうと気になって仕方が無く『ちょっと』のつもりで修正をする……その『ちょっと』がもうダメなのだ。悪魔の誘いなのだ。罠なのだ。
結局、加工に夢中になりアトリエに籠って地竜の鱗金属加工に打ち込んでしまう。
そして加工に熱中していれば、さらに悪い事に新たな発見もあるもの。
地竜の鱗が溶解した時に岩と融合した事実から試しに再度溶解させて垂らしてみれば見事に溶けた地竜の鱗が他の物質と融合したではないか。この発見から土魔法で作り上げ元々ある程度の製品のような形に仕上がっているブレスレットに、溶解した鱗を垂らす事でオシャレ魔道具を量産できてしまう技術を確立させる事に成功。
もちろん融合と言っても垂れた鱗が固まるのだから一部が融合している状態でありボコボコとして見栄えが悪く美しいとは言えない。
余計な部分は切り飛ばせばいいのだが、新しい技術が出来上がったことでテンションも上がり、毎度おなじみ浮かれポンチで次々とモノを作り出してゆく。しばらく作り続けていれば、やがて溶接を見る職人のように作り上げた物を眺めては『スが入っている』『融着が甘い』『ビードが不細工』とそのままの状態での出来を選定し始める始末。
アリサが狩った肉が大量にあったから腹を満たすに困ることもなく、自分の納得のいく出来に仕上がるまでソレは続くのだった――
そうしてたっぷり時間をかけて出来上がったブレスレットと当初作っていたペンダントヘッドがフリーシアの手に渡り、全てが丸く収まった。
だが、まだ誰も知る由もない。
『マコトの土魔法で作られたブレスレット』に『不純物の混じっていない鱗を融合させて』作られた魔道具の効果を――
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一方、ソフィアの恋愛指南書に釣られて手伝う事になったビーナと、オルワ、ブルナの双子のハンター達は、ソフィア達が王都に戻った後、普段とは違う動きを見せていた。
彼女達はソフィアの判断の下、マイラ達よりも一足早く森から街へと戻った。
そしてその足でソフィアは水運ギルドを束ねるヴィニス・アークラム・ハギンスの邸宅に、彼女たちを連れて行き、そこで初めてハンターの乙女達は、これまで親しく話していたクライアントが想像していたよりもずっと権力者である事理解し青ざめる。
ソフィアはヴィニスに書面に記してあった通り『フリーシアから手を引かせること』を再確認しつつも、マイラの情報をヴィニスから仕入れる。
するとやはり銀流亭に男の影。強力な魔法使いの情報は得られなかったけれど、その男が無関係なはずもないと判断し、ハンターの少女達に「知人の貴族であり未婚の乙女であるマイラが、よからぬ男にたぶらかされているかもしれない」と、男の身辺を洗う協力を命令ではなく、あくまでも友人としてお願いするのだった。
もちろん乙女たちが断れるはずもない。
別に恋愛指南書その2や、夜の指導書その1が効果絶大だったわけではない。
権力者との伝手ができることに、お願いを聞く謝礼金、そして王都に行った際に『え? これが私?』と声が漏れる程におしゃれをさせてもらえる事が約束された事が大きかったのだ。断じて夜の指導書が欲しかったワケではない。乙女たちの興味は別にそこにはなかった。違うのだ。本当にそれじゃあない。
ヴィニスにはマイラが勘づく可能性から、この件に関しては動かず、自分の息のかかった少女たちの支援を命令し、そしてソフィアはカーディアの街を離れたのだった。
ビーナ達は考えた。
ターゲットの居場所は分かっている。
彼女たちはハンター。狩人だ。寝床が分かっているのであればやる事は一つ。
罠を張る。
水運ギルドを取りまとめるヴィニスの情報網は広く、すぐに銀流亭に勤める女中と接触することができた。そしてまた活動に際して融通された資金も豊富だった事から女中の協力を取りつけ色での篭絡を目論む。
協力することになったのは『リティカ』
過去、マコトの部屋を訪ねた事もあり、朝食を取っていた際に花を進めたこともある女中だ。
彼女にしてみればマコトは金のなる木。
なぜそう判断したかというと、銀流亭内ではマコト絡みで発生した金銭は全て貴族が立て替える約束になっている事が知らされていたからだ。それも当人にはチップすら催促してはいけないと強く言われるほどに。
つまり銀流亭内での飲み食い、そして花を買った費用、諸々全て間違いなく支払われ、しかも一冬の長期滞在。
傲慢な素振りもなく、一度関係してしまえばいいように扱えそうな雰囲気を察していた。
自分の言いなりになったら金子になる物を強請れば、貴族の金がバックにあるのだから、買えない物はないだろう。
その物を売れば、この冬だけで一生安泰なほどに稼げるかもしれないと考えたからだ。
リティカは男を満足させる自信があった。
男など最中に限界に達して果てたふりをして眠り、翌朝しおらしく「こんなの初めてです……」と囁き「胸が張り裂けそうな気持ちも初めてです……お金などいりませんから、お側に置いてください」と目を潤めて寄りかかればそれだけで落ちる。
元々篭絡しようと思っていた男。
その男の情報を集めて話すだけで、さらに金になるのであれば渡りに船。乗らないはずもなかった。
朝や昼は見目麗しいメイドが控えるけれど、夜は男だけ。冬の夜は長いからこそ焦らずともチャンスも多かろう。
が、
「……っていうか、いないし。」
折しもアプローチしようとしたのは匠モードの際中だったのだ。
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区切りが付き、そんな思惑が渦巻く銀流亭に久方ぶりに戻ってきたマコト。
アリサやテオ、マイラそしてフリーシアはしばらくの間、念のために別行動をしている為同行していない。
ホールに入ると紳士な執事さんの姿は無く、ボーイさんが「おかえりなさいませ」と声と笑顔をかけてくれる。
なんとなく帰ってきた感が沸き起こると同時に、ある感情が沸き立ってくる。
目ざとくマコトを見つけたリティカが側により口を開こうとした。
が、それよりも先にマコトの口が開いた。
「料理が食べたい……」
食い気。
いかんせん森の中で過ごし過ぎ、結局これまでの一人サバイバルと同じような食事しかしていなかった。
ここにはちゃんとした料理がある。それを知ってしまったからこそ食べたかったのだ。
すぐにリティカが笑顔と共に返答する。
「かしこまりました。ご案内いたします。」
歩きながらも頭を占めるのは料理の事ばかり。
そしてこれまで食べた中からチョイスすれば間違いなく食べたい物が食べられる事に気が付き脳内で味を反芻しメニューを歩きながら決め、口を開く。
「注文は『エストラゴンの香る野鳥のバター炒め』を2人前、『肉と野菜の麦がゆ』『エッグタルト』……あと『赤ワイン』を肉に合わせた物でお願いできますか?」
「……かしこまりました。」
リティカは今晩のメニューのおすすめをしながら少しずつ距離を詰めようかと思っていたけれどマコトに隙が無かった。
結局この日、食欲を満たした後、ぐっすり眠れるベッドを恋しがったマコトはすぐに部屋へと向かい、リティカには給仕の仕事しか残らないのだった。
だが、もちろん席を立つギリギリのタイミングでリティカは再度花の必要を問うた。
が、なにせマコトは肝心な『花』も暗喩する意味ではなく物質としての『花』と理解してしまっており興味などなく、「あ、いりません」とふられるのだった。
リティカにしてみればいかにも一夜を共にした雰囲気を十分に醸し出した状態で花の話題を出したことで花の暗喩を理解していないとは思っておらず、まだマコトが花の意味を理解していないことに気づいていなかった。
そしてもし理解したとしてもコミュ障のマコトが「もしかして一晩か、か、身体を買えるんですか!?」などという質問をできるはずもない事を理解できるわけもない。
リティカの野望達成は、まだ遠い。
「おやすみなさい。」
お腹を満たし、ベッドに入り、銀流亭に戻ってきたことをシミジミと幸せに感じながらマコトは眠りにつくのだった。




